<寝床さがして10平米>
「なぁ、どこで寝りゃいいんだ?」
聞こえてきたのは、間の抜けた慶次の声。
結局、押し掛けてきた慶次の頼みを断りきることが出来ずに、オレは一緒に暮らすことを認めてしまった。別に今さら1人増えようが変わりゃしないだろ、と楽観的に考えていた部分も少しある。
しかしその日の夜、早速bigなproblemが発生したのだった。
「寝る場所がねぇな」
元親が来た時と同様の問題に直面したのだ。
既に主のオレと毛利と元親で、部屋の容量はいっぱいだ。3人分の布団で埋まってしまった六畳間にspaceなどない。
「台所には荷物置いてあるからムリだよなぁ」
布団の上であぐらを掻きながら、慶次が呟いた。部屋に置いてあったちゃぶ台などの荷物を、寝る時はkitchenに寄せている。そのため、kitchenの板の間を使うことは出来ない。
「じゃあ、隣の佐助んトコにでも頼もうか?」
慶次が穴のあいた壁を見て言う。猿飛の部屋――202号室は、家主であるアイツと真田の2人だけなので余裕なことは余裕だ。
しかし、夜中遅くまで勉強している猿飛の邪魔をするのは気が引ける。ただでさえアイツ自身の同居人に悩まされているだろうから。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
そう伝えると、慶次も素直に納得したようで、しきりに頷いていた。物分かりの良いヤツだ。毛利みたいなのが、もう一人増えていたらオレは夜逃げしてただろう。
「ならば、ベランダはどうだ?」
オレの想像に出てきたのと寸分違わない顔が、目の前にあった。これまで静観していた毛利が話に加わってきたのだ。しかし、さりげなく酷い扱いしようとしてねぇか?
既に夏が終わり、秋が始まって、やがて冬がやってくる。そんな季節、寒空の下で慶次を寝かせるワケにはいかないだろう。
オレも一度、あまりの狭さに耐えきれずverandaに避難したことがあったが、アレは地獄だった。風邪ひいたぜ。
「なんなら、アンタが外で寝りゃいいじゃねーか」
「我を凍死させるつもりか」
自分以外なら凍死しても良いらしい。相変わらず、ひねくれてやがる。
冷え性なのかは知らないが、毛利は緑色のpajamasの上にもこもこした上着を羽織っている。まだ秋も始まったばかりなのに、完全防寒にもほどがあるだろ。それだけ着込んでりゃ、凍死する心配はないに違いない。
「取り敢えず、外は却下だな」
「ふん、長曾我部でも転がしておけば良かろう」
元親がこの場にいないので、言いたい放題言っている。いや、いても言いまくってるか。いくら風邪などひきそうにもない元親でも、外で寝かすのは可哀想すぎるだろう。
「流石に4人はキツいよな」
並んだ布団に視線を向けて、オレは呟いた。無理やり4人で寝られないこともないが、野郎同士で密着して寝る羽目になる。凄く猟奇的な光景だ。しかも、寝相の悪い元親がいるからとっても悲惨なコトになる気がする。
「そうだ、ハンモックなんてどうかな?」
慶次がポンと手を叩いて言った。hammockってあの網みたいな奴を壁から吊るしてるアレか?
この部屋で使うならば、壁に吊るすしか方法はないが、これ以上壁にdamageを与えるワケにはいかない。それに寝相が悪ければ、下で寝ているオレたちの上に落ちてくる危険性もある。
それにわざわざhammockを買って来なくてはならないので、無駄な出費が増えてしまう。
「面白そうだけど、そいつはムリだろ」
「じゃあ、いっそのこと立って寝るとか」
「忍者じゃねぇんだからよ」
なかなかコレだという案が出てこない。オレと慶次がうんうん唸っていると、毛利がおもむろに立ち上がった。
「ふむ、良い場所があったぞ」
そのままスススと向かった先は、押入れの前。ガラリ、とふすまを開ける。
「おー、押入れかぁ!」
はしゃいだような慶次の声。まるで子供のようだ。
押入れの中には、普段オレのちょっとした荷物と布団がしまってある。皆が寝る時に布団を出すので、その分のspaceが空くというワケだ。こういう時に頭の回転の速い毛利を凄いと思う。言動が普通だったら、最高なヤツなんだが。
しかし、慶次の体格に押入れがfitするかどうかが心配だ。コイツは元親と同じくらいガタイが良い。押入れなんていう狭いspaceでおとなしく寝ることが出来るのか。
「試しに入ってみろよ」
「了解!一度やってみたかったんだよな、コレ」
慶次の気持ちは少しだけ分かる。アレだ。昔見たanimeで未来から来た猫型のrobotが押入れで寝ていた。それに憧れたことのあるヤツは多いはずだ。
しかし、この歳になって押入れで寝たいなどとは思わない。暗い、狭い、カビ臭いの三拍子揃ったトコなんて御免だっつーの。
「うーん、ちょっと狭いかな?」
押入れの中でゴソゴソ動きながら、慶次が呟いた。どうやら足を伸ばして寝ることが出来ないようだ。やっぱり押入れではムリだということで、慶次は中からピョイと出てきた。
どうすっかな、などと考えていると、毛利が含んだような笑みを浮かべて近付いてきた。なんだかキキキとか笑い声をあげそうな顔だ。
「別に、この男でなければならぬというわけでもなかろう」
「Ah、どういうこった?」
「そなたがここで寝れば良い」
自分って選択肢はねーのか、コノヤロウ!大体オレはこの部屋の主だ。何故、家主が押入れで寝なくてはならないのか。
オレは絶対に嫌だ。体格的にも大丈夫そうな毛利が寝れば良い。なんとかして、押入れで寝たくなるような気にさせるしかない。そこで、だ。
「アレならよ、ここを日輪なんたら会の本部にしてもいいぜ?」
「愚か者めが!」
足元にあった枕を投げつけられた。暴力反対だっての。何が気にいらねぇんだよ、という顔をしていたら、毛利が烈火の如く怒りつつも親切に説明してくれた。
「このような日輪の全く入らぬ場所を会本部にするなど言語道断!腹を切れ、貴様!」
なるほど、ちゃんとした理由があったらしい。てか、腹を切れは余計だ。
しかし、ここまできたら最終手段しかない。いわゆる、今いないヤツが悪い作戦である。
「じゃあ、元親はどうだ?」
「それは我も真っ先に考えた。だが……」
元親を虐げるのに心血を注いでいる毛利にしては、何故か消極的な口調だ。
「あの阿呆は寝相が悪い。こんな狭い場所で寝かせれば、壁をぶち抜くやもしれぬぞ」
そうだった。アイツは寝相が悪かった。真田の悲劇を繰り返させるわけにはいかない。これ以上、壁に風穴をあけさせるわけにはいかない。
こうなると、今現在このmemberの中で、押入れで寝ることが出来るのは、オレと毛利のどちらかしかいなくなってしまった。毛利もそう思ったのか、ジッとオレの方を見つめてくる。オレに押し付けようとしてやがんな。
「なら、ここは1つジャンケンってのはどうだい?」
オレと毛利のやり取りをニヤニヤと眺めていた慶次が明るく言う。
ジャンケンで勝負すれば、負けても潔く引き下がることが出来る――少なくともオレは。毛利に無理やり押し付けられるよりは、玉砕覚悟で勝負に出た方がいい。
慶次の案にオレが賛成すると、毛利も渋々同意した。ワケの分からないことを言って反対しないのは、勝算があるからだろうか。
オレと毛利はそれぞれ右手を差し出し、視線を交わした。これからのオレの睡眠lifeを決定づける瞬間なので、自然と力が入ってしまう。
慶次の掛け声によって、勝負は始まった。
「最初はグー!ジャンケンポン!」
オレはパー、毛利はチョキ。
「ふははは、我の勝利よ!」
「ああぁぁぁっ!」
毛利の勝ち誇った声と、オレの愕然とした声が同時に響き渡った。
こうして、オレは家主であるにも関わらず、押入れで寝る羽目になったのであった。
あの青い猫型robotの野郎は、文句も言わずよく我慢出来たな。そんなコトを考えながら、オレは今、押入れの中で横になっている。
―終―
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