<笹はなくても心は錦>


「でぅわ!?」

玄関を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた真田が立っていた。驚かせるんじゃねえよ。変な声出ちまったじゃねーか!バイトで疲れてんのに、帰ってきた瞬間に更に疲れさせるってどういうこった。

不機嫌そうに睨む俺に構うことなく、真田はニコニコと笑いながら手に持っていたcolorfulな紙を差し出した。

「政宗殿も願い事を書かれるか?」

そうか、今日は七夕だっけか。差し出されたcolorfulな紙――短冊を手にとる。

「おやかた様に毎日会えますように」「おやかた様になぐられますように」などというワケの分からん真田の願い事を見て、俺は頭が痛くなった。でもまぁ、何を願おうと人の自由だからな。

それより、おやかた様って誰だ?よく真田の口から出る言葉だが、詳しく聞いたことがなかったな。また今度聞いてみようか。

「まだ短冊は沢山ありまするぞ!」

「あー分かった分かった。後で遊んでやるからちょっと待ってな」

子犬のようにちょろちょろと纏わりついてくる真田を軽く追い払いながら、俺は部屋に上がった。取り敢えず着替えぐらいはさせてくれ。

鞄を畳の上においてベランダの方を見上げると、そこに見慣れないものが存在していた。

「なんだこりゃ?」

カーテンレールにかけられた洗濯物を干すためのピンチのついた角ハンガー。それに願い事を書いた短冊が所狭しとぶら下げられていた。

笹なんてあまり街中にあるもんじゃないから、なくても仕方はない。でもいくら笹が手に入らなかったからとはいえ、これじゃ情緒もへったくれもないだろ。

呆然と立ち尽くしていると、突然肩が叩かれた。振り向くと、やはり真田と同じような笑顔の猿飛が立っていた。

「おっかえりー!どうよコレ、ナイスアイデアだと思わない?主夫の知恵って奴?」

お前が発案者か。てか、自分で主夫って認めてんのかよ。変人揃いの中でもコイツはまだまともだと思ってたが、中々思わぬところで変人ぶりを発揮しやがる。もしかしたら毒されてきてんじゃねぇのか?

凄く楽しそうに2人でキャッキャッと騒いでいる。全く、猿飛といい真田といい、event好きな奴が多いのな。

「笹買いに行ったら売り切れちゃってたんだよね。近くに生えてる奴勝手に持ってくるワケにはいかないしさ。で、ウチだったらコレでも良いんじゃないかと思ったのよ」

真田から渡された短冊をピンチに取り付けながら猿飛が説明する。

ウチだったらコレでも、って中々偏見だと思うが何故か納得せざるを得ない。そういう雰囲気だと言われたら否定できないのが情けない。

「だったら、せめて植物に近いものとかにした方が良いんじゃねぇのか?」

笹か、せめて竹に近いものを利用すればそんなに違和感も感じないだろう。

「植物に近いってーと、コレなんてどう?」

猿飛が持ってきたのはネギ。いやそれ植物だけどなんか違うだろ。笹代わりにネギなんて聞いたこともねーよ。臭いとか色々ヤバいって。

猿飛が持つネギに真田が短冊を括りつけようと奮闘している。どうやら上手くいかないらしい。

ネギでは無理だろうということで、短冊を下げるのには角ハンガーを使うことで落ち着くこととなった。誰かに見られるわけじゃねーし、今日一日だけのことなのだからネギよりはマシだろ。

ネギを自室の台所にしまって戻ってきた猿飛が笑って言う。

「よく言うじゃん、ボロは着てても心は錦ってね。なんでも見た目じゃなくて中身が大事でしょ」

「そりゃそうだけどな」

ハンガーに吊り下げられた短冊がヒラヒラと風に揺れる。赤く染まった空を背景に青や黄色の紙が鮮やかに映えていた。

ふと猿飛がどんな願い事を書いているのか気になった俺は、短冊の束に近づいて行った。膨大な量の短冊のほとんどは真田のものだった。よくもまぁ一人でこれだけ書けたもんだ。所々願い事とは思えないようなぼやきとか叫びみたいなのも入っていたが。

大量の真田の短冊の中から、猿飛が書いたと思しきものを見つけて手に取った。「肉が安くなりますように」「牛乳が安くなりますように」という何とも所帯染みた願い事を見て、俺は涙しそうになる。予想通りというかなんというか。最近物価が上がってるしな。

そんな切実だけど笑える願いが書かれた短冊の中で、「司法試験に受かりますように」と書かれたものを見つけた。思わず目を見張った。

バイトやら家事やらをしながら、並行して司法試験の勉強をしているコイツは凄いと思う。夜中遅くまで隣の部屋の電気がついているのも知っている。それでも文句を言わずに朝も夜もメシを作ってくれている。

手にしていた猿飛の短冊をそっと束の中に戻して、俺は2人の方を振り向いて言った。

「今日は七夕だから、特別に俺がdinnerを作ってやるぜ」

「え、マジ?やったー楽できる!」

料理ぐらいは出来るようにならないといけないと思って、この頃よく猿飛に教えてもらっていたりする。それなりのものは作れるようになっていた。

いつもいつも作ってもらうばかりじゃ悪い。世話になりっぱなしなのは気がひける。たまには俺がメシ作るのも良いだろ。

「でぃなーでござるか!?某、黒毛和牛のハンバーグステーキが食べたいでござるっ!」

「Frenchとかのdinnerじゃねぇよ!夏だからcurryな!文句は聞かねぇぜ」

「カレーは良いんじゃない?もらった野菜も一杯あるし、オクラも有り余ってるし!」

「某、カレーも大好きでござるうぅぅぅ!何とぞ甘口でよろしくお願いいたしまする!」

嬉しそうにはしゃぐ2人の声を背に、俺は202号室へと向かっていった。



短冊に願い事を書かないかと真田に言われたのを思い出したが、俺には書く必要がないと思った。

笹に願いを託さなくても、織姫と彦星に祈らなくても、こんなちょっとしたことで叶うのだから。

馬鹿な奴らと馬鹿な事して楽しく過ごしたい、なんて願いは。



―終―


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