<カオティックウォールの攻防>
「なぁにしてんだよ?」
部屋の壁の前でゴソゴソと不審な動きをしている元親に声を掛けた。よくよく見てみると壁に何かposterらしきものを貼っている。
人の部屋に何貼ってやがんだ、と俺は奴の頭を小突いた。
「前に言ったかも知んねぇけどよ、金貯めてバイク買おうと思ってんだ」
「あぁ、それか。で、コイツが欲しい奴なのか?」
元親が貼っていたのはbike雑誌から切り取ったらしい1枚の写真。車とかbikeとかは余り詳しくないが、その写真に写っているのは素直にカッコいいと思える。元親は聞いてもいないのにdesignがどうとか説明を始めた。なんていうか、良い顔してやがんな。
金を貯めてbikeを買って、それで日本中を回るのがコイツの夢だって前に聞いたことがある。胸を張って答えられる夢があるのが羨ましい。将来の夢を聞かれても俺はそんな自信を持って答えられない気がする。いや気がするんじゃなくて、絶対答えられないな。
この大学に進み今の専攻を学ぶことを選んだのは、親に対する反抗心からだった。親が行けと命じた学部には絶対に行きたくなかったし、かと言って絶対これがやりたいということもなかった。だから何となく興味のあった分野を学べるこの大学に進むことを決めた。
更に言うなら、今学んでいることを将来に活かせたらな、とは思っている。けどそれは絶対になりたい、という夢ではなくて、なれたら良いな、という希望に過ぎない。
だから、キラキラとした笑顔で夢を語る元親が酷く羨ましかった。奴に比べると俺はなんてツマラナイ人間なんだ、と思えてくる。
そんなことを考えていたから、poster貼るぐらいで目くじら立てんのも狭量だななんて思ってしまって、次から次へとbikeの写真を壁に貼り続けていた元親を止められなかった。
この時、ちょっとだけ意気消沈していた俺はすっかり失念していたのだ。アホは増殖するということを。
次の日、講義もバイトも終えて家に帰ってきた俺は、壁を見て頭を抱える羽目になった。
なんか気持ち悪い太陽が壁に一杯いた。大小様々な太陽の絵が一定の規則に従って整然と並んでいる。本気で気味が悪い。アレだ、大阪万博の太陽の搭の奴を百万倍ほど凶悪にした感じだ。こんなことするのも、こんな趣味なのもアイツしかいない。
「毛利いぃぃぃ!」
「なんだ?」
うわっとぉ!?気配を消して背後に立ってんじゃねぇ!猿飛といい、コイツといい、なんで気配を消すんだ。意味が分からない。
いや、コイツの行動の意味不明さに惑わされてはいけない。取り敢えず文句は言わねぇと。
「人ん家に気味ワリィposter貼るんじゃねぇよ!」
「貴様、日輪を馬鹿にするとはそれなりの覚悟が出来ておるということだな?」
「いでででで!」
ほっぺた引っ張んな!伸びる!俺の言葉に憤慨したらしい毛利は容赦のない攻撃を繰り出してきた。しかしそれで怯むわけにはいかない。俺の部屋をこれ以上ワケの分からんことにされて堪るか!
有無を言わさず全部剥がすべし。そのmissionを遂行しようと壁に向き直った俺は再び頭を抱えることになった。
気色悪い日輪のimpactが強すぎて気付かなかったが、よくよく見ると所々に汚い習字も貼ってあった。「式田玄信」とか「風林火山」とか「天はぜっそう」とか、何とも形容し難い言葉がぐにゃぐにゃの字で書かれている。色々と突っ込み所は満載なこれらを書いたのはアイツしかいない。
「新作出来たでござるぅぅ!」
問題の奴――真田が壁の穴から勢いよく参上した。その手には「不当判決」と書かれた習字の紙。そりゃ裁判所のアレだ。何がしたいんだ、本当に。
「おぉ、お帰りなさいませ、政宗殿!」
意味もなくクルッと前転をして、シュタッとposeを決める。そして手に持っていた習字の紙を高く掲げた。その行動に意味はあるのか。
何だか、こめかみの辺りがピクピクしている。毛利に続いて真田も畳み掛けてきたのだから、そりゃ腹も立つ。コイツのも一掃だ、一掃!そう決心して、まず真田が手に持っているものから廃棄しようと奴に近付いた時。
「旦那ぁ、これもよろしく〜」
壁の穴からニュッと腕が飛び出てきた。その手に握られていたのは近所のsupermarketの特売チラシ。猿飛、テメェもか!てか、一体どこの主婦だよ。
猿飛からチラシを受け取った真田はそのままペタペタと壁に貼っていく。俺の目の前で堂々とやるんじゃねぇ!
元親のbikeの写真、毛利の変な太陽の絵、真田の下手な習字、猿飛の特売チラシ。それらに彩られた部屋の壁はchaosな空間を生み出していた。そんな惨状に、流石の俺も堪忍袋の緒が切れた。当たり前だが。
「てめーらいい加減にしやがれ!」
「まぁまぁ、こんなインテリアも斬新でアリじゃない?」
「こんなinteriorあって堪るかあぁぁぁ!」
猿飛の楽観的な物言いに俺は叫んでしまった。斬新って言葉を使えば良いってもんじゃねーぞ!
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