<ブロークン・テイスト@ディナー>



「おかえりなさいませえぇぇぇぇい、ご主人さむわあぁぁぁ!」

玄関を開けた途端、この世のものとは思えないmaid voiceが聞こえてきた。恐ろしさのあまり俺はdoorを勢いよく閉めてしまった。

ありゃ、真田か?あの声と語尾の伸ばし方は間違いなく真田だ。何してんだアイツ。とうとうトチ狂ったか?いや、元からあんな感じか。

再びdoorを開けると正座をした真田が三つ指ついて頭を下げていた。

「ぅうおかえりなさ」

「やっかましいっつーの!てか何だそりゃ?新手の遊びか?」

さっきと同じように大声で出迎えようとする真田の台詞を途中で遮って尋ねた。コイツの声は普通の音量でも近所迷惑になりかねない。

俺の問いに、真田は真剣な顔をして厳かな口調で語り始めた。

「このような出迎え方が巷で流行っていると聞いたのでござる!あとはヒラヒラとした衣服を着れば完璧だとか!」

そういやTVでmaidが流行ってるとかやっていたのを見た記憶がある。どうやらそれに感化されたらしい。でも微妙にズレてるのは流石真田ってとこだな。

自信満々に答えた真田はそそくさと立ち上がった。

「夕食にされるか、風呂に入られるか、それとも……殴り合い?」

「最後は絶対 No thank you!」

どこでそんな台詞覚えたんだ?しかもarrangeされてるのが微妙にムカつく。

「ならばまずは夕食でござるな!」

人の話を全く聞くことなく自己完結した真田は、バタバタと慌ただしく202号室に入っていった。最初に聞く意味あったのか?相変わらずよく分からねぇ奴だ。

「ぅうお待ちどうさむわあぁぁ!」

勢いよく穴から這い出てきた真田の手には一つの皿。それをちゃぶ台の上にドンと載せた。

その皿の中身を見て俺は顎が外れそうになった。

「What's thi……何だこれ?」

「焼きそばでござる!」

焼きそばってのは赤やら白やら色とりどりの食いもんだったか?どうやらマヨネーズとケチャップが掛けられているらしい。普通掛けるなら皿の縁に添える程度だと思うのだが、目の前の奴らはそれぞれ皿の中心で存在感をこれでもかと言わんばかりに誇示していた。真田の言った焼きそばはマヨネーズとケチャップの下から申し訳程度に姿を覗かせている。

視覚的なヤバさは味覚に比例するのがこの世の摂理だ。いつもdinnerを作ってくれる猿飛が作ったものとは思えない。真田が作ったと考えれば納得がいく。いや、案外家事に疲れてneurosisになったとかもあり得るな。

「これ猿飛が作ったのか?」

「佐助が作ったでござる!但し、最後のとっぴんぐは某が致した!」

ほうほうお前が元凶ってワケね。詳しく話を聞くと、猿飛が焼きそばを作っていた最中にバイト先から電話が掛かってきて急遽入らなくてはならなくなったらしい。最後のtoppingだけを真田に任せて出ていったのだそうだ。いくら真田でもtoppingぐらいは出来るだろうなんて思っていたんだろうが、コイツは猿飛の予想の斜め下をいってやがったのだ。

「真田流三色焼きそばをご賞味あれい!」

真田は目をキラキラと輝かせている。多分不味いだろうな。いや絶対不味いよな。

まぁでも焼きそばにマヨネーズはよくあるし、ケチャップも全く合わないことはないだろ。それに腹も大分空いていた。腹に入れちまえば何でも同じだよな。俺は箸を掴んで真田流なんとか焼きそばを一気に口に運んだ。

マヨネーズとケチャップのmix具合が絶妙で中々イケる気がした――最初のうちは。

「……ぅえ」

なんでチョコの味がするんだあぁぁぁ!?しかも何かガリッとか有り得ない食感がしたぞ!なんだ、何入れやがったんだコイツ!?

俺の視線に気付いたらしい真田が自信満々という表情で説明を始めた。

「隠し味としてこっそりチョコレートとおばあちゃんのぽたぽた焼きを砕いて入れておきましたぞ、政宗殿!」

「全然隠してねえぇぇ!」

なんで焼きそばにチョコとgrandmaのぽたぽた焼き入れるんだ!?有り得ねぇだろ、この組み合わせ!

少し溶けかけたチョコのせいで甘くなった焼きそばがすんげー気持ち悪い。焼きそばの柔らかい麺に、ガリガリと歯応えのあるぽたぽた焼きが混じっている。マヨネーズとかケチャップ以前の問題じゃねーか!

全く方向性の異なる五種類の味が織り成す微妙なharmonyに俺はknock out寸前だった。

講義とバイトで疲れ果てて帰ってきて、唯一の楽しみだったdinnerがこんなことになってるなんて。猿飛の作る料理は文句なしに上手いから楽しみにしてたんだ!

一口食べて俺は箸を置いた。真田が怪訝そうに顔を覗き込んでくる。

「如何なされたのだ?も、もしや美味過ぎて全身で喜びを表そうと」

「するかあぁぁぁ!テメェは宇宙一のアホか!?俺のdinner台無しにしやがって!」

勢いよく立ち上がった俺は両手の拳で真田の頭を挟み込んで、グリグリと力を入れ始めた。

「ご、ご無体はおよしくだされっ!ご主人さむわあぁぁぁ!」

怒りのグリグリ攻撃に真田は悲鳴を上げている。あと5分ぐらいは続けるつもりだ。そんぐらいしても罰は当たらねぇだろ。本当に楽しみにしてたんだぜ。

真田に仕返しをしながら俺は決心した。元親か毛利が来たらこの真田流ナントカカントカを押し付けてやる。嫌がっても無理矢理食わせてやる。何でこんな時だけアイツらいねぇんだ?大体こういう役回りは元親の十八番だろーが!

――などと考えていたら。

「疲れた腹減ったー!」

元親が帰ってきやがった。Good timing!ガタガタと大きな音を立てて玄関から入ってきた奴を、俺は最上級の笑顔で出迎えた。

「Welcome home, my master!」

勿論正座をして、三つ指ついて。

これから起こる味覚への暴動など知る由もない元親は、俺の出迎えに対してヘラヘラと笑い返してきた。

Bad luck, 元親!



―終―


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