あぁ、今日もツイてねぇな。
どうしたもこうしたも財布落としちまったんだよ。
歩いてたら上から鉢植えが落っこってくるしよォ。
……あ、あとタンスの角で指もぶつけたな。
貴方はいつでもアンハピネス
大学が本格的に始まって経つこと数日。政宗はその生活に大分慣れてきている――筈であった。
まず朝起きて真田や佐助と共に朝食を摂るのだが、この時点で訳の分からない行動を取る真田に振り回されて疲労を感じる。
そして何故か時々毛利も一緒に朝食を食べていたりする。夜中の間に伊達の部屋へと不法侵入しているようだ。犯罪行為は止めてくれ、と政宗は心の底から思う。
次に身支度をして大学に向かう。準備をしている間も真田が何かと五月蝿い。家を出る時も、ちょろちょろとまとわりついてくるのだ。お前はデカイ犬か、と政宗は心の中で毒づく。
大学に行ってしまえば真田はいないので多少楽になる。その代わりに、ふと気が付くと日輪同好会会長が傍にいたりする。
これからの活動方針やら会員を増やすための作戦やらを話し合うために、副会長である政宗と行動を共にしているらしい。いつの間に副会長に昇格したのだろうか。
大学内でも毛利のことは有名なのか、彼と一緒にいると近寄ってくる人間はほとんどいない。そのせいで未だに友人が出来ないのだ。1人なら1人で気楽に行動出来るから良い、と強がったりしている。少し寂しい。
そして講義が終われば、あとはバイトだけ――なのだが、このバイトこそが政宗の新たな悩みの種となっていた。
しばらく前に受けたガソリンスタンドの面接は、時間の都合で断ざるを得なかった。給料の良いバイトだっただけに本当に惜しかった。
こうして、仕方なく一から新たにバイトを探そうとしていた政宗に、佐助がある店を紹介してくれたのだ。それが7日前のことである。
その店から佐助に対して働かないかという打診が最初にあったらしい。しかし、彼は既に2つも別のバイトを掛け持ちしており、更に司法試験の勉強、加えて真田の世話や家事で多忙を極めていたために、政宗に話を回そうと考えたのだという。
興味を持った政宗がそのバイトの内容を聞いても、楽しくて美味しい仕事だよ、と佐助はすっとぼけるだけで詳しく教えてくれなかった。そんな態度に違和感を感じつつも、そろそろ本格的に稼がなくては生活が立ちいかなくなると考えていた政宗は、覚悟を決めてその話を受けることにした。
何故かニヤニヤとした笑いを浮かべている佐助から店の名前と住所を聞いた政宗は、早速その店へと向かった。政宗が行くということは、佐助が連絡してくれたらしい。こうして、面接に向かったのが5日前のことである。
――そして。
「ありがとうございましたー」
自動ドアから店の外に出ていこうとする客に、政宗は頭を下げて挨拶をした。その手には、大量のパンが載ったトレイ。その目の前には、様々な種類のパン。
政宗はパン屋で働くことになったのだ。店の名前は『ベーカリー・びしゃもんてん』という。
白いエプロンと帽子を纏い、狭い売り場と厨房をせかせかと政宗は行き来する。夕方作りたてのパンを売り場の棚に並べなくてはならない。
「追加できたぞ!」
厨房の中から女性の凛々しい声が聞こえてきた。それに応えた政宗はレジ前に並んでいる客の間をすり抜けて厨房へと入った。
売り場より数段狭い厨房はオーブンから発せられる独特の熱気に包まれている。
厨房の入り口近くに置かれたラックに出来立てのパンが並べられており、種類によって時間を見計らいながら売り場に出していくのが今の政宗の仕事だ。
まだ新参者なので品出しやレジ打ちなど簡単な仕事しかやらせてもらえないが、その内パン作りなども教えてもらえるようだ。
この仕事だけを見れば、何一つ悩むようなことはない。むしろ、こんなバイトを紹介してくれた佐助に感謝したいぐらいであるのだが。
政宗を悩ませている問題は2つあった。
「そこにおいてある、かたちのくずれたのはしっぱいしたものなので、たべてよいですよ」
この店のオーナーである上杉謙信が入り口近くの台に置かれたパンを指して政宗に言った。
この人物、風貌や口調から性別が判断出来ない。名前から考えれば男性なのだろうが、どうにも中性的過ぎて納得出来ないのである。本人に直接尋ねるのも失礼だと思って未だに分からず仕舞いだ。
性別はどうであれ、上杉は政宗を悩ませている張本人ではない。初めてのバイトで右往左往している政宗に優しく接してくれている。本当に人の良い人物なのだ。
問題は上杉の隣にいる人物である。
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