伊達政宗は悩んでいた。酷く悩んでいた。しかし、それは懊悩や葛藤といった深いものではなく、人生の中で全く重要な位置を占める類のものでもない。言うなれば、遊興の類に過ぎなかった。



騙し騙されエイプリル



エイプリルフール。英語で書けば、『April Fool』。いわゆる四月馬鹿と呼ばれるイベントが全国各地でひそやかに行われる日が、今日この日である。

政宗は悩んだ。賑やかな居候たちを如何にして騙すか。どのような嘘であれば、彼らを驚愕させることが出来るのか。政宗はずっと今日言うつもりの嘘を考えていた。

政宗がここまで悩むことになったのは、朝一番、真っ先に自分が騙されたせいだった。騙されたのが悔しかった。超悔しかった。

「今日、雨降るんだってよ」

「そうなのか、じゃあ傘持ってかないとな」

元親の言葉に、政宗は何気なく答えてしまったのだ。その後すぐに、真田が今日の天気予報ではぺかぺかの晴れだと言っていたと告げて、それがエイプリルフールの嘘だと分かった。

「うっそぴょーん」

変顔を晒しつつ言いのけた元親のネタばらしに、大いに腹が立った。何よりも、一番に騙されそうな真田が騙されず、この中ではしっかりしている方だと自負している自分が騙されたのだ。これほどの屈辱もない。

――ならばこそ。

「OK……このオレを本気にさせたこと、後悔させてやるぜ!」

流し台の前で拳を握りしめて突然叫び始めた政宗を、横に立っていた佐助は生温かい目で見遣っていた。

かくして、政宗は如何にそれらしい嘘をつくか、大いに悩む羽目になったのだ。

今、201号室には元親以外の面々が揃っている。春休みということもあり、それぞれ本を読んでいたり、テレビを見ていたり、宿題をしていたり、と自由な過ごし方をしていた。

まずは各個撃破を狙うべし。そう考えた政宗は、テレビを見ていた慶次に話しかけた。

「なぁ、前田」

「なんだい?」

「さっき、下でまつさんがお前のことを探してたぜ」

完璧な嘘である。日常の中であり得る事柄を、さもそれらしく告げる。さらに、慶次の大切な家族でもあり、ある意味で鬼門でもある前田まつの名を出すのは、より効果的であろう。

何事かあったのか。また、フラフラしていないで落ち着けと説教されるのか。そんな不安に怯えながら、まつの所へと行けば良い。そして、それが嘘だったと知って驚愕すれば良い。

心の中でニタァと笑う政宗に、慶次はポンと手を叩いて答えた。

「おっ、さてはエイプリルフールだろ、政宗」

何故、分かったのか。驚いたのは政宗の方だった。びっくりした表情をする政宗に、慶次はにへっと笑って告げる。

「まつ姉ちゃんは今、利と二人で旅行に行ってんだよ」

「マジかよ……」

家族だからこそ知り得る情報を見落としていた。出鼻をくじかれて、政宗は落胆する。完璧だと考えていた嘘があっさりと看破されてしまうとは。

ぐっと政宗は拳を握りしめた。慶次はダメだった。しかし、まだ騙せる相手はたくさんいる。部屋の中を見回すと、座って本を読んでいる毛利の姿が目に入ってきた。

毛利元就。なかなか手ごわい相手になるだろう。しかし、ここで逃げるわけにはいかないのだ。たかだかエイプリルフールだというのに、政宗には負けられない戦いになっていた。

毛利に対してどのような嘘を吐くのかは、既に決めている。あの男の興味を惹くもので釣れば良いのだ。毛利がことさら興味を持っているものは、日輪である。同好会を作るほどの入れ込みぶりである。その同好会を種にすれば良いのだ。

しかし、日輪同好会を認めてやるなどと言ったが最後、毛利は嘘と認めさせてはくれなくなるだろう。一度言ったことは実行せよ、と。政宗は確実に自室を日輪同好会の本部にしなくてはならなくなる。

それだけは避けなくてはならない。慎重に嘘となる言葉を選んで、政宗は毛利に話しかけた。

「Hey、毛利」

「なんぞ」

「元親が日輪同好会に入りたいっつってたぜ」

日輪同好会の話題を使うならば、その矛先を元親にすれば良い。そういう作戦で、政宗は対毛利との戦いに挑んだ。これならば、自身の被害も最小限に抑えられる。そして、毛利も食いついてくるに違いない。

「ふん、四月馬鹿の嘘のつもりか」

――そんな政宗の思惑は大いに外れた。毛利の言葉に、政宗の顔が引きつる。自身を騙すつもりだった政宗を見て、毛利は馬鹿にしたように笑った。

「とうの昔に、彼奴は一員に含まれておる。子供の頃に誓約書を書いたのだからな。入りたい入りたくないという奴の心情など加味する必要もあるまい」

なんという酷い扱いなのか。先ほど元親を生贄に毛利を騙そうとしていた自分を忘れて、政宗は元親の境遇に思わず同情してしまいそうになる。

またもや騙すことが出来なかった。いや、今回は相手が悪かっただけだ。そう自分に言い聞かせて、政宗は奮起する。諦めたらそこでエイプリルフールは終了してしまう。

そう、本命は真田だ。真田ならば、政宗の吐く嘘に騙されてくれるはずである。最初の元親の嘘はアレだ。ちょっと油断していただけだ。だから、真田に負けたのだ。

今度こそ、revengeを果たす。そう決めた政宗は、にこやかな笑みを浮かべて真田に話しかけた。

「Hey、真田」

「なんでござるか、政宗殿?今、某は鉛筆を削るのに忙しい身であるゆえ……」

「削り過ぎだろ、それ!」

ちゃぶ台の上に転がる鉛筆の束――いや山と言うべきか。今時シャープペンシルではなく鉛筆を愛用する男子高校生も珍しい。

どれだけ削り続けているのか分からないが、削りカスまでこんもりと山を作っている。ガリガリと一心不乱に鉛筆を回していた手を止め、真田が高らかに叫んだ。

「トキトキに尖った鉛筆は学生の証!鉛筆も心もトキトキに尖らせるべきでござる!」

「意味分かんねぇよ!一般人でも分かるようなこと話しやがれ!」

何が言いたいのか分からない真田の主張に、政宗は思わず突っ込みを入れてしまう。しかし、こんな所で突っ込みまくって疲弊している場合ではない。政宗には真田をエイプリルフールで騙すという重要な任務があるのだ。

「そうだ、真田。お前、知ってたか?」

「むむ、何をでござろうか?」

ゴゴゴゴと音が響くほどの激しい勢いで、真田は再び鉛筆を削り始めた。この状況を利用しない手はない。このアホの真田は鉛筆を愛用している。それにまつわる嘘を吐けば、信じる確率も高まるはずである。

政宗は心に湧きあがる愉悦を押さえながら、真っ赤な嘘を告げた――つもりだった。

「鉛筆って食えるらしいぜ」

「何を言うか、政宗殿。それぐらい某も知ってるでござる」

「……は?」

この馬鹿は今、なんと答えたのだろうか。政宗の言っていることを嘘だと全く思っていない様子であるが、信じたというよりは最初から知っていると言うのだ。それぐらい知っている、ということは鉛筆を食べたことがあるのだろうか。

受けた衝撃をどう処理しようかと戸惑う政宗の隣で、真田は削りたての鉛筆をピッと天に向かって突き立てた。

「鉛筆は書くものであり、食すもの。この風味が堪らんのだ」

そして、そのまま鉛筆を齧り出してしまった。政宗はわが目を疑った。挙句の果てには、削って出来たばかりのカスをもぐもぐと食べ始めている。政宗は思わず頭を抱える。この狂行のせいで、自分の見ている世界が現実のものであるかさえ分からなくなってきた。

バッと頭を上げた政宗は佐助を探す。台所に立っていた佐助に視線を向けると、可哀想なものを見るような目で見返された。政宗は立ちあがって、慌てて佐助のところに駆け寄る。

「お、おい、どういうことだってばよ?」

「口調おかしいけど大丈夫?動揺しすぎじゃない?」

周章狼狽する政宗に、佐助は苦笑する。ずっと一緒にいる佐助ならば、真田の奇行の事情を知っているだろう。そう思って、政宗は佐助に尋ねたのだ。

「旦那はね、鉛筆を齧っちゃう癖があんのよ」

世の中、鉛筆の先を無意識的に齧ってしまう癖を持つ子供も多い。真田も例に漏れず、さらに言えば長じてからもその癖が直らなかった。

「ま、普通に体に悪いだろうからってことで、俺様が特製かつお節鉛筆を開発したってワケね」

真田が削り続けていた鉛筆を佐助は指さした。その説明によると、真田の持つ鉛筆は軸の部分が削る前のかつお節で出来ているらしい。かつお節を鉛筆の形に整形し、芯を詰める。これで完成なのだという。

絶対に、費用対効果がおかしい。そんな手間をかける必要はないだろう、と政宗は思う。おそらく真田の場合は、授業中の非常食としての効果が大きいのかもしれない。

がじがじと鉛筆を齧り続けている真田を見て、政宗は途方もない敗北感に襲われた。真田にとっては嘘ではなく真実だったのだ。政宗は気落ちする。



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