懐かしいものを見つけた。まさかこんなものをあいつが取っていたなんて、思いもしなかった。自分にとっては忘れられない出来事だったが、あいつにとっては些細な出来事だったのだろうと思っていた。それが、ずっと手元に残していたなんて信じられない。

この紙に書いてある『誓約書』という文字。小学生の癖にこんな綺麗な字で、しかもこんなに難しい漢字を書けるなんて、あの当時の自分は凄いと感心していた。あの頃は誓約書の意味も分からなかったし、中に書かれている文字の意味も分からなかったから、ただひたすら凄いと思っていた。それが何を意味するかを知るのは

元々、自分とあいつは同じ小学校に通っていた。何度か同じクラスになったこともあった。今の自分からは想像もつかないと思うが、あの頃は人と接するのが苦手で、よく一人で本を読んだり絵を描いたりしていた。友達なんていなかった。

昔の自分はひょろひょろしていて、野球やサッカーじゃ戦力にならないからって誘われることもなかった。だから、同い年の連中とは馴染むことができなかった。今とは違って、本当に内向的なヤツだった。

そしてこんな自分と同じように、よく一人でいるヤツがいた。それがあいつだった。ただ、クラスの中でかなり勉強が出来た方だったから、自分と違って皆から一目置かれる存在だった。自分もあいつのことはただの優等生だとしか思っていなかった。特に関わることなく、同じような日が過ぎていった。

ある日、公園の滑り台に上って夕日を見ていたことがあった。地平に沈みそうな太陽は凄く綺麗な色をしていて、それに見とれていたんだ。どうしたら皆と仲良くなれるのか。友達が欲しい。一人だったから余計に寂しくてそんなことを考えながら、滑り台の頂上に座っていた。

その時、背後から声が聞こえた。そこを退け、っていう声が。

何事かと思って振り返ると、あいつが立っていたんだ。どうしてこんなところに、って尋ねるとあいつは夕日を指差した。ここは日輪を見るのに最適な場所だ、って答えながら。

最初は何を言っているのか分からなかったが、夕日が見たいんだってなんとなく理解して、場所を少し空けてやった。あいつはそのまま隣に腰掛けて、夕日を見上げ始めた。何か会話をした方が良いのか。だが、話すことなんて特になくて、しばらく2人で黙ったまま夕日を見ていた。

友達が欲しいか。突然そう聞かれて、とても驚いた。どうしてそんなことが分かるんだ。凄く驚いた顔をしていたんだろう。あいつはニヤリと笑って、口に出ていたぞ、って言った。それを聞いて、凄く恥ずかしかった。口に出してしまうほど、友達を欲しがっているなんて知られて恥ずかしくないわけがなかった。

しどろもどろしていると、あいつが言った。我と友達にならぬか、と。

最初は何を言われたのか分からなかった。理解した瞬間、とんでもなく情けない表情になっていたと思う。友達にならないか。そんなことを言われるなんて、思ってもいなかった。ぱくぱくと声を出せない状態で口だけを動かしていると、あいつは懐から紙きれを一枚取りだした。

この誓約書にサインして明日持ってくるが良い。そう告げて、あいつは去っていったんだ。友達が出来る。そう考えると嬉しくて、その日の夜は寝ることが出来なかった。次の日、ちゃんと誓約書にサインしてあいつに渡した。その紙に書かれていることの意味はよく分からなかった。命に背けば自ら進んで喜んで日輪に身を捧げますとか、日輪を毎日拝みますとか、そういったことが書かれていた。今思えば、あれは絶対にサインしてはいけない代物だって分かるが、あの時は分からなかったんだ。

そうして晴れて友達同士ってことで、あいつにある場所へ連れて行かれた。そこは海岸の近くにある林の片隅だった。その中でもひと際大きい木に近付いていって、ひと言こう言った。ここに日輪を拝む展望台を作る、と。大きな木だから、枝もそれなりに太い。そこに木材を運んできて、簡易な展望台を作るっていう計画だった。

自分は秘密基地的なものを作ると思い込んで凄く張り切った。捨てられていたすのこや、木工場からもらってきた廃材を木の上で組み、簡単な柵を施して出来た木の上の秘密基地を作っていった。その時、自分がここにこんなものを作っていることは誰にも言うなとあいつに念を押された。多分、他人が来るのを嫌がっていたか、それとも何か言われるのを煩わしく思っていたんだろう。

そして、日輪展望台という名の秘密基地は完成した。そこからの眺めは素晴らしいものだった。ここから見る日輪は素晴らしいな、なんてあいつは言っていた。

それから、あいつと一緒に展望台で遊ぶ日が続いた。友達だと思っていたから、凄く楽しかった。実家で作っているプロテイン配合オクラ汁なんて妙な飲み物を無理やり飲まされたり、下僕だから貴様が屋根代わりになれとか、無茶苦茶な要求をされたこともあった。

傷ついたオウムを拾って、一緒に面倒を見たこともあった。あいつがオウムに無理やりオクラを食わせようとして、必死で止めたこともあった。その時拾ったオウムは自分が飼う事になった。今でも実家で健在だったりする。なんだかんだあったけど、毎日それなりに楽しかったんだ。

だけどある時、あいつが来なかった日があった。その代わりに同じクラスの男子達が数人、この秘密基地へとやってきた。どうしたのか聞いてみると、ここで面白いものを作っているって聞いたと奴らは言っていた。そして、木の上の展望台を見て、凄いなぁと口ぐちに言い始めた。お前が作ったのと聞かれて、どう答えるべきか迷った。あいつからは誰にも言うなと言われている。あいつの名前を出すなと固く言われいてる。

あいつの名前を出すわけにはいかないと思った。だから、男子達の問いに頷くしかなかったんだ。そうしたら、お前って結構凄いんだなと言われた。そう言われてとても嬉しかった。そして一緒に遊ぼうぜって誘われた。あいつが来るまで一緒にここで遊んでいても大丈夫だろう。そう思って、男子達と一緒に木の上の秘密基地で遊んだんだ。

その翌日も、翌々日もあいつは来なかった。学校では普通だったが、何かあったのだろうかと不安になった。あいつは来ないけど、他の奴らがどんどん遊びに来て、次第に友達も増えていった。だから、そのうちにあいつが来なくても良いかなんて思い始めていた。他の連中はあいつみたいに無茶苦茶なことも言わないから、普通に楽しかった。

そんなある日、あいつが姿を現した。日輪を見る展望台ではない。学校から家に帰る途中の道だった。久しぶりにまともな会話を交わせると思っていたら、あいつは全く思いもしなかったことを言い始めた。

下僕として役立つ駒となるかと思っていたが、期待はずれだった。貴様など所詮捨て駒に過ぎなかったのだ。我に二度と関わるでない。あの場所ももう要らぬ。好きに使うが良い。

冷たい声でそう言われて、どう言い返せば良いのかその時は分からなかった。ただ嫌われたのだと思った。この時は捨て駒の意味が分からなくて、家に帰って大人に聞いてみた。その意味を知って、凄くショックだった。

友達だと思っていたのに、捨て駒だなんて言われて悲しかった。そして腹も立った。秘密基地が他の奴らにバレたことを知って、一人で怒っているのだろう。そう思うしかなかった。

それから、あいつとはまともに口を利かなくなった。あいつはどこか変わってると他の奴らも言っていたし、そんな奴に関わってまた友達を失くすのは嫌だった。その頃、友達も出来始めていたし、自分の性格も少しずつ変わり始めていた。

小学校を卒業しても、あいつとは同じ中学校に通っていた。その時も相変わらず互いに顔を合わせることもなく、話をすることもなかった。たとえ同じクラスになっても、空気のような存在だった。

その頃にはもう、たくさんの友達と舎弟が出来ていた。体格も今とそう変わりないほど成長した。体の成長に従って、うじうじした性格ではなくなっていた。もしかしたら、あいつに飲まされたプロテイン配合オクラ汁のお陰かもしれないけど、それはそれで認めたくない。

そして、中学も3年になったある日、いつもつるんでいる奴らと昔遊んだ秘密基地――あの日輪展望台に行ったんだ。もう朽ち果ててボロボロになっていたそこを見て、ある奴が妙なことを言い始めた。あの時、この秘密基地のことを同じクラスの連中に触れ回っていたのが実はあいつだった、と。

一体どういうことか。気になったので尋ねてみた。あの時、展望台にやって来た連中はあいつからその場所の噂を聞いて、興味を持ってやってきたのだという。自分がそのことを伝えたというのを絶対に誰にも言うな、とあいつは連中に念押ししていたらしい。

何がなんだか分からなくなった。あいつは秘密基地を作っていることを誰にも言うなと言いながら、自分から言い回っていたのだ。何故、そんなことをしたのか。それが事実なら、秘密基地がバレて怒るということもない。あんな酷いことを言って立ち去る意味などないはずだ。

その時、ふとある結論に達した。そう考えれば、なんとなく符号が合う気がする。あいつに騙されて誓約書を書かされ、友達という名の下僕にされたことから、あの日輪展望台を作ることとなった。その展望台をきっかけに、新たな友達が出来た。内向的な性格から変わることも出来た。

あいつのような頭は良いけど変な奴とずっと関わっていたら、友達らしい友達も出来なかったはずだ。だから、あいつはわざと嫌われるようなことを言ったのだ。泣いた赤鬼っていう昔話を思い出した。それと同じだと思った。

多分、あいつは最初から計画していたのだろう。友達が欲しい、という自分の呟きを聞いた時から。

あの時の真意をあいつに問い質したけど、何を訳の分らぬことを言っておる、と一蹴されてしまった。でも、あいつは素直に答える奴じゃないと分かっていた。特に誰かのためにしたことなんて、絶対に言わないだろう。だから、勝手に思い込むことにした。

中学を卒業して、高校生になった。あいつとはまた一緒の学校だった。その頃にはもう、口も聞かない関係ではなくなっていた。あいつが自分にしてくれたことに対して、自分もあいつに何か出来ることはないか。そう思って色々と話しかけたりした。鬱陶しいと追い払われることもあったが、なんだかんだ言って一緒にいるようになった。

高校を卒業して互いに別々の道を進んだけど、こうしてまた偶然出会った。あいつがお前らと一緒にいるのを見て、凄く驚いた。人と慣れ合うような奴じゃないと思っていたから。そして、お前らと一緒にいてなんとなく分かったんだ。なんであいつがお前らと一緒にいようと思ったのか。

だから、俺もお前らとずっと一緒に馬鹿してたいって思うようになったんだな。

懐かしそうな笑みを浮かべて、毛利の姿をした元親はそう呟いた。よく分からない友人関係だとは感じていたが、昔から阿呆なことしていたと知って妙に笑えてきた。腐れ縁という毛利の言い分は案外当たっているのかもしれない。広げていた過去の誓約書を、元親は元あった場所――毛利の手帳に挟んでしまった。

フッと微笑んで、はたと気付いた。今はこんな昔話をして和んでいる場合ではない。緊急事態を通り越した非常事態なのだ。この危機的状況を如何に打破すれば良いのか。何よりもまず、どの事件を解決すれば良いのかが分からない。それが問題だった。

冷静に今の状況をまとめようと、頭を回転させる。今現在において、一番のおおごとはおそらく殺人事件だろう。それを解決しなくてはならない。しかし、そもそも誰が殺されたのか分からないのだ。真田の姿をした政宗は、はぁと深い溜め息を吐いたのだった。


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