「網戸って破れたら、縫い合わせないといけなかったっけ?」

「金掛かりそうだな」

慶次とオレは顔を見合わせた。結構ギリギリの生活をしているので、余計な出費は控えたい。しかも、網戸を縫い合わせるなんて職人技を会得しているヤツなど、ここにはいない。無駄に器用な猿飛あたりなら、出来るかもしれないが。

2人で一向にまとまらない対策を話し合っていると、gummed tapeを手にした元親が子どものような笑みを浮かべて立っていた。

「だったらよぉ、ガムテープでとめときゃ良いだろ」

ビビビとgummed tapeを伸ばし、穴の大きさに合わせて千切ると、元親はそれを網戸に張り付けた。

コイツにしては、なかなか建設的で経済的な発案だと思う。少しだけ、ほんのちょっとだけ、見直した。金もかからず、手軽で簡単に穴を塞ぐことが出来て、オレも慶次もひと安心といったところである。

しかし、オレは重大なことを忘れていた。コイツも真田・毛利に負けず劣らずのtrable makerだということを。

「よっ、と」

網戸にベタリと貼り付けられたgummed tapeがしっかりとくっつくように、元親は上から力を入れて押さえつけた。あまり力を入れると破れるぜ、と注意しようと口を開きかけた瞬間、異音が響いた。

少し穴が広がってしまったようだ。焦った元親がgummed tapeを剥がそうと上に引っ張る。すると、網部分も道連れにされて破れていく。さらに穴が広がった。

「オイ、元親」

「なぁ、元親」

オレと慶次の刺々しい視線と声に、元親はダラダラと脂汗を流し始めた。網戸の大穴は、バカチカのせいで巨大な破れ目へと変貌してしまった。これでは網戸をしていないのと同じである。

「よっけーに悪化してんじゃねぇか、バカヤロー!」

「だあぁぁ、すまねぇ!力加減ミスった!」

元親の頭をぐりぐりと拳で攻撃しながら、オレは叫んだ。どうしてくれんだ、この惨状。今日から網戸が直るまで、蚊の猛攻を我慢しながら生活しなくてはならない。もしくは、窓を閉め切って寝るかだ。このクソ暑い時期に部屋中閉め切って寝るなんざ、自ら地獄を目指してるようなもんだ。

しかも、他の連中は自分の部屋や避難場所はあるが、家主であるオレにはこの部屋しかない。本当にどうしてくれんだ、コノヤロウ。眉間に深い皺を刻んで対策を考えていたオレの脳裏に、ある名案が浮かんだ。

「そうだ、良いこと思い付いたぜ」

ポンと手をついて、先ほどから一転して明るい声を出すと、元親はホッとした表情を見せた。コイツもコイツなりに責任を感じているようだ。

だが、安心するには早いぜ、元親。

「素っ裸のお前がverandaで寝て、蚊を引き寄せときゃ良いんだ」

オレの提案した内容を聞いた元親は、首をぶんぶんと勢いよく横に振り始めた。素っ裸でverandaに寝ている自分の姿を想像したのだろう。そして、全身を蚊に刺されることを想像したのだろう。顔が少し青ざめている。

「男らしく責任取りやがれ、元親!」

「いやいやいや!生け贄かよ、俺!?」

オレが半眼で詰め寄ると、元親は必死の形相で拒否する。生け贄と言ってしまえばそうだが、皆の安眠のために多少の犠牲を払うのも仕方がない。そう力説すると、ヤツは眉尻を下げて情けない顔をした。

「なぁ、政宗よぉ。おめー最近、元就に似てきてねぇか?」

今のはかなり酷い暴言だ。オレが毛利に似てきてるって?アレに似ているなどと言われたら、人間としてお終いな気がする。

絶対にオレと毛利は似ていない。どこがどう似ているのか、きちんと説明しやがれ。網戸の件などそっちのけで、オレは元親に詰め寄った。

「昔よぉ、日輪にその身を御供せよー、とか元就に言われて滑り台の上で踏ん縛られたの思い出したぜ」

どんな少年時代を送ってたんだよ、オマエラは。というか、毛利は昔からあんなんだったのかよ。元親の言った光景が脳にありありと浮かんできて、思わず笑ってしまいそうになった。

しかし言わせてもらうが、オレはそこまで酷くない。生け贄にしようとか本気で考えていたりもしたが、縛ったりはしていない。そう元親に抗議しようとした時、背後から声が聞こえてきた。

「おーい、まつ姉ちゃんから良いもの貰って来たよ!」

いつの間に姿を消していたのか、そしていつの間に戻ってきたのか。気付かない間に、慶次は1人で色々と行動を起こしていたらしい。なかなかactiveなヤツだ。

嬉しそうな笑みを浮かべて慶次が見せるのは、鶏と蔦の絵が描かれたやたらと派手な缶。その蓋を開けて取り出したのは、緑色の渦巻き。

「蚊取り線香か!」

地獄で仏と言わんばかりに、元親は目を輝かせた。蚊取り線香があれば、素っ裸でverandaに寝かされることもなくなる。そう考えたのだろう。

確かに、蚊取り線香はその名の通り蚊を取ってくれる。蚊対策として有効なのは間違いない。しかし、これだけ網戸が大きく破れてしまえば蚊は入り放題で、蚊取り線香だけで蚊を撃退出来るのかが不安だ。

「それだけで大丈夫かよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。1個だけで不安なら、2、3個一緒につけておけば大丈夫だよ」

オレの疑問に慶次は明るく答えながら、持ってきたlighterで蚊取り線香に火を着けていく。ゆらゆらと上昇する煙と共に、独特の匂いが部屋に広がり始めた。

実家じゃ蚊取り線香などという古臭いものはあまり使ったことがなかったので、なんだかちょっと新鮮な気分だ。こんな風に夏の風物詩を楽しむのも、良いかもしれないなんて思えてくる。

そんなことを考えていると、元親が缶の中からいくつか蚊取り線香を取り出していた。

「いっそのこと男らしく、缶に入ってんの全部つけちまっても良いんじゃねぇか?」

止める間もなく、元親は次々と線香に着火する。男らしさとか、蚊取り線香にあまり関係ないだろ。火を着けられた数本の蚊取り線香から、もうもうと煙が昇っている。

「おっ、頭良いねぇ、元親!」

お祭り好きの血が騒ぎ出したのか、慶次も元親に便乗して線香に火を着け出した。決して頭が良いわけじゃなく、単に大雑把なだけだ。しかし、そんなに大量に火を着けて良いのだろうか。

あっという間に、缶の中身が空っぽになってしまった。それとは対照的に、部屋中に煙が充満し始めていた。これが結構きつくて、喉が痛い。目にもしみる。ゲホゲホと咳き込みながら、オレは服の袖口に口を当てた。これはマズい。息が出来なくなってきた。

前言撤回。夏の風物詩を楽しむどころか、苦しむような状態になってきている。流石にこの中には居られない、とオレたち3人は部屋を飛び出した。

階段を降りて、オレは呆然と部屋の方を見つけた。建物越しにオレの部屋から煙がもわもわと出ているのが見えた。窓や玄関から、蚊取り線香の煙が漏れ出始めているようだ。この状態では部屋に戻ることも出来ない。ただの蚊対策からとんでもないことになってしまった。煙が収まるまで、外で待つだけなら良いのだが。

「なんかさー、蚊以外のダニとかもさ、一網打尽に出来そうだよね」

「ゴキブリなんかにも効きそうじゃねぇか?」

なんつー楽天的なことを言ってんだ、このバカ2名は。オレはそんな風には思えない。この煙を見た近隣の住民からの通報を受けて、おだわら荘に消防車が駆け付けるんじゃないだろうか。

そんなオレの危惧を正解だと言うかのように、sirenの音が遠くから聞こえてきたのである。晴れきった夏の空に向かって、思わずオレは叫びたくなった。蚊なんて懲り懲りだ、ってな。



結局このあと、大家の爺さんと前田の奥さんにこってりと絞られる羽目になったのであった。ふざけんな、バカチカ、バカ慶次!



―終―


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