慌てていた。伊達は相当慌てていた。
最初の講義に遅刻してしまったから。しかも、講義の前にする筈だった奨学金の申請も出来ていない。それもこれも、真田のせいである。
真田のバカ野郎!と心の中で罵りながら、伊達は校舎の中を駆け抜ける。最初の講義の教室は4階にあるのだ。
「Shit!こんな時に限って!」
階段を3段飛ばしで駆け上がった伊達は、休む間もなく教室の扉の前へと走っていく。
着いた!
ようやく教室の扉の前に辿り着く。全力疾走したために、荒くなっている呼吸を整えながら、扉をソロソロと開いた。
講義開始のチャイムが鳴ってから数十分経っていたが、教室の中は未だざわついているようだ。教授が静かにするように注意しているが、あまり効果がない。
伊達は教授に見付からないよう、素早く空いている席を探す。すると、ちょうど窓際の一番後ろの席が、運良く1つだけ空いていた。
シメた!と思った伊達は、足早にその席へと向かう。
「スンマセン。この席良いっすか?」
その席の隣に座っていた男に声を掛ける。荷物が置いてあったのだ。
「良いぞ」
隣の男は、伊達の方をチラリと見て答えると、すぐに荷物を退かしてくれた。
この隣の男、切長の目をしているせいか、何処か冷たい印象を受けてしまう。
男に礼を述べた伊達は、素早く席に着いた。真田のせいで朝から散々な目に遭っていたが、何とかこの講義には来る事が出来たのである。
ふと隣の男の机を見ると、何やらプリントが配られているらしかった。最初の講義なので、こういった類のプリントを貰い損ねると後々困るかもしれない。
伊達は少し悩んだ後、隣の男に聞いてみる事にした。
「あの、何回もスンマセン。そのprintってこの講義で配られた奴っすよね?貰っておかないとマズイっすかね?」
気まずそうに尋ねる伊達を、男は不思議そうに見つめて、ボソボソと答え始めた。
「拙いと言えば拙いが……もしや、そなた新入生か?」
唐突な男の問いに少し驚きながらも、伊達は素直に頷く。
「ならば良く分かっていないのも当然だな。ふぅむ、もし良ければこのプリントをコピーするか?貸してやるぞ」
この男の突然の申し出を、伊達は喜んでお願いした。
正直、ここまで親切にしてくれるなどとは思ってなかった。しかも、初めての講義で不安を感じていたので、更に嬉しく感じる。
人を見掛けで判断しちゃいけねぇな。伊達は少しだけ、己を戒めた。
「なんか本当にスンマセン!聞いてばかりの上にprint貸して貰えるなんて」
「礼には及ばぬ。そうだ、それよりもこれは書いたか?」
男はゴソゴソと別のプリントを取り出して、伊達に見せた。
「あ、書いてないっす」
「ならば、それに名前と住所を書き、更に印鑑を持っているならば捺印するのだ。後で我が共に出してこよう」
先程のプリントが配られた時に一緒に配られた調査書類なのか。それも貰っていなかった伊達は、急いで男から受け取り、名前などを記入していく。ちょうどバイトの面接用に印鑑を持っていたのでそれも押す。
「本当に色々して貰ってスンマセン!一緒に提出までして貰えるなんて」
礼を述べながら、伊達は男にプリントを渡す。
この時、伊達は気付かなかった。男の目がキラリと光った事に。
「構わぬ。これで、晴れてそなたも会員になったのだからな」
「……は?」
男はニヤニヤと笑いながら、意味の分からない事を呟く。そして、先程伊達が名前などを書いたプリントを見せながら、嬉しそうに言った。
「そなたは我が『日輪同好会』の会員第1号となったのだ!」
「なにいぃぃぃぃぃ!?」
男は持っているプリントの上方を指差す。
そこには、小さく『日輪同好会』と書いてあった。あまりに小さ過ぎて、書いている伊達は気付かなかったのだ。
「ちょっ、どういう……」
男に問い詰めようとした瞬間、バシリ!と怒りに満ちた表情の教授に伊達はテキストで頭を殴られてしまった。
「あ、スンマセン……」
思わず教授に謝ったが目を付けられてしまったようで、男を問い詰めようにも問い詰められずにそのまま講義は終わってしまった。
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