「そうそう、貴方に用があるのですよ」

唐突に言われたその言葉に、政宗も佐助も訝しげに眉をしかめた。用、と言われても思い当たることは特にない。

この男と政宗はただ出会いが衝撃的だっただけで、他に何の接点もないのだ。妙な内容でないことを願いながら、政宗は男に訊ねた。

「用ってなんだ?」

「実は私、文筆業を生業としてましてね。こう見えてもいくつか本を出しているのですよ」

男はいきなり己の職業を紹介した。関係ない話題から始めて、本題を最後に回すという遠回しな説明をするつもりなのだろう。

しかし、どこかで聞いたような話だと政宗は考えていた。喫茶店、小説家、海――これらの単語が頭の中でグルグルと渦巻いている。

「さほど有名ではありませんがね、フフ……」

「アンタが作家ってのは分かったから、さっさとその用ってのを教えてくれよ」

長い話を聞かされるのは勘弁だったので、政宗はすぐに本題に入るよう男を急かす。

そんな政宗の態度に気を悪くしたような様子も見せず、男は相変わらずニヤニヤとした笑顔でいた。

「単刀直入に言いますと、貴方たちに取材を申し込みたいのですよ」

「取材?」

「ええ、これから書く話の主人公を、貴方たちぐらいの年代の若者にしようと思いましてね」

自分の感覚だけでは上手く主人公を話の中で動かすことが出来ないのですよ、と男は続ける。

どうやら、イマドキの若者の生活習慣だとか考え方だとかを知りたいらしい。

しかし、政宗も佐助もイマドキの若者というには、少しだけズレている気がする。

それこそ若者らしい青春とは掛け離れた生活をしているので、若者らしさで取材をされても参考にならないのではないだろうか。

政宗がそんなことを考えていると、男の口からとんでもない言葉が聞こえてきた。

「それに、貴方たちはあの『おだわら荘』に住んでるそうで……是非ともこれからお邪魔させて頂きたいのです、ふふふ」

男はどことなく陰湿な笑みを浮かべて言う。おだわら荘に一体どのような評判があるのか分からないが、ロクでもないことだけは容易に想像がつく。

それに、誰からそんな話を聞いたのだろうか。政宗たちが話しているのを偶然聞いてしまったのかもしれないが。

そして、お邪魔するということは部屋まで来たいということなのだろう。そんな要求をされるとは考えてもいなかった。

政宗としては、その申し出をあまり受け入れたくない。自分の部屋に知らない人物をほいほいと入れたくはないし、何より直感でこの男はアブナイと感じていたからだ。

「もちろんタダでとは言いません。それ相応の謝礼はさせて頂きますよ……」

謝礼という言葉に、佐助の目の色が変わった。物凄く分かりやすい反応だ。

政宗も佐助も、というより大体201号室に入り浸っている連中は、みなお金に余裕のない者ばかりである。

一見羽振りが良さそうに見える毛利も、自費で日輪同好会の活動とやらを行っているのであまり余裕はない。また、ほとんどの者はバイトにかなりの時間を割いたり、掛け持ちしたりとなかなか大変な生活を送っている。

その筆頭である佐助がこの共同生活の炊事を担っているため、その食事メニューもかなり質素なものとなっていた。

大体毛利の実家から送られてきたオクラか、小十郎から政宗宛に来た旬の野菜を中心とした食事なので、健康的な男子のメニューとしてはいささかたんぱく質が足りない。

流石に米まで買えないというほどには困窮していないし、バイト先のパン屋で余ったパンをもらったりしているので炭水化物には不自由していないが。

たまに皆で奮発して肉を買うこともあるが、そんなのは滅多にない一種の大イベントである。その日は肉を巡って阿鼻叫喚の図が繰り広げられる。

そんな貧乏生活を送っているので、ちょっとした収入なり贈り物なりがあると大変助かる。それが作家という職業の人間からの謝礼ならば、必ず家計の助けになるだろうと佐助は判断したのだ。

「えぇ、俺たちで協力出来ることがあるなら喜んで!」

佐助の快い返事に、政宗はぎょっと驚いてしまった。謝礼が貰えるとしても、こんなトラブルの元になるような人物を呼び込みたいとは思わない。

ただでさえ、トラブルメーカーが揃いに揃っているのだから。

「ちょ、ちょっと待てって!こんなあや……」

「まーさんも賛成だよねぇ?もうオクラ三昧は嫌だとか言ってたよねぇ?」

佐助にテーブルの下で足を思い切り蹴られたせいで、言い掛けた台詞が中断してしまった。

文句を言おうとしたが、有無を言わさぬ迫力を備えた眼光で睨まれ、政宗は出掛かた言葉を飲み込んだ。家計に関わることとなると、佐助は本気で怖い。

コイツ悪魔に魂売り渡しやがった、と政宗は内心で毒づく。こうなった佐助を止めるのは至難の業である。

オレは一応反対したんだからな、と政宗は諦めたように心の中で呟いた。何か問題が起きたら、明智の申し出を快諾した佐助の責任だ。

「OK、分かった」

「よーし、じゃあ早速家に行きますか!」

「あぁ、自己紹介がまだでしたねぇ。私の名は明智光秀と申します。よろしく……フフ」

明智光秀と名乗ったその男は立ち上がって、ゆっくりと手を差し出してきたのだった。



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