新入生か?
これが初めての講義なのだな。
よく分からぬならば、我が懇切丁寧に教えてやろう。
なぁに、礼には及ばぬ。
礼よりもだな……
優しい言葉に、ご用心
走っていた。伊達は、ただひたすら走っていた。
今、彼は何かに追われている。何か。それが何なのかは、よく分からない。しかし、途轍もなく恐ろしいモノだと直感的に分かっている。
捕まってはいけない。もし捕まってしまったら、檻に閉じ込められてしまう。そして、枷を填められ、再び自由を奪われるに違いない。
しかし、ゼェゼェと息が切れ始め、段々と走るスピードが落ちてきている。
もう駄目だ!
そう思った時、二人の男が伊達に手を差し延べた。
隣に住む、真田と佐助。彼らが笑顔を浮かべて、伊達の方に手を伸ばしている。
……助けてくれるのか?
少しだけ躊躇った後、伊達は縋るようにその手を伸ばす。彼らの方へと。
その瞬間、足元にある筈の地面が崩れ始めた。手が二人に触れる直前で、伊達は足元に出来た大きな穴へと飲まれていく。
奈落へと落ちながらも、懸命に彼らの方に目を向けた伊達は見てしまった。
真田と佐助が極悪な表情をして、ゲッゲッゲッと笑っていたのを。
「ちくしょおぉぉぉぉっ!!」
伊達が力一杯叫ぶと同時に。
「すりー、つー、わんっ!ぬぅおぉぉぉ!!某の勝ちでござるうぅぅぅぁぁ!」
という叫び声が聞こえてきた。
パチリ、と目を開くと、所々染みのある天井が目に入ってきた。布団に入って、仰向けの状態で寝ているのだと、ようやく理解し始める。
どうやら、先程の出来事は夢だったらしい。
フゥと安堵の溜め息を吐いた伊達は、腹の辺りが妙に重い事に気付く。
クッと顎を下げて腹の方を見ると、学ラン姿の真田が布団の上から載っていた。
バンバン!と畳を叩いていた真田が、不意に伊達の顔を見る。
「おぉ!目を覚まされたか、政宗殿ぉぉぉ!」
「何やってんだ、お前?」
伊達が目を覚ました事を、真田は何故か我が事のように喜んでいる。そんな真田に、伊達は冷ややかな視線を投げ掛けながら、冷たい声で尋ねた。
「某は今、プロレスごっこをしてるのでござる!このバーニング幸村とクーラー政宗殿との宿命の対決もぺっふ!?」
「人に家電製品みたいなring nameつけんなよ!」
ワクワクとした目で語り始めた真田に枕アタックをお見舞いして、伊達は布団から出る。
その時、201号室と202号室を繋ぐ壁の穴から。
「真田の旦那に伊達の旦那ー!朝御飯出来たよー!」
という、まるで2児の母親のような佐助の声が聞こえてきたのである。
――で。
「で、今日から大学で講義が始まんの?」
佐助が暖かい緑茶を湯飲みに入れながら、伊達に尋ねる。
このアパートに住むようになって数日。伊達は、真田・佐助と共に妙ちくりんな共同生活を送っていた。
あの真田があけたという壁の穴を、伊達は最初直そうと思っていたが、何だかんだで彼らと共に生活している内にどうでも良くなってしまったのである。
そして今日、伊達が通う大学の初講義が始まる。ようやく大学生らしくなってきた、と伊達は少しだけ嬉しく思うのだ。
「そうなんだ。講義が始まるから、帰りが遅くなるな。あ!夕方からバイトの面接があるんだったぜ!」
ちゃぶ台の前で胡坐をかきながら朝食の漬物を抓んでいた伊達は、本日の予定を思い出そうとする。
今日、大学へ行って講義を受ける前に奨学金の申請をせねばならない。そして、4限目の講義が終了した後、バイトの面接に向かえば本日の予定は全て終了である。
「むむっ!政宗殿はバイトをされるのか。眼帯屋とかでござるか?」
「そんな店ねぇよ!gas station、ガソリンスタンドだ!……っと、そろそろ準備しねぇと。」
腕時計を見た伊達は、佐助に朝食の礼を述べて、簡単に食器を片付けようとする。
しかし、最後まで朝食を口に頬張っていた真田がハブシッ!とくしゃみをしてしまい。
「テメェ……」
目の前に座っていた伊達の顔が米粒にまみれたのであった。
この後、真田にプロレス技を掛け続けた伊達は遅刻した。
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