カタン、と畳に置いてあった手荷物をちゃぶ台の上に移す。

片付けと言っても、精々段ボール箱に入っている物を出して押し入れにしまうだけなのだが。

あの穴どうすんだ?猿飛って男は、大家に言わないでくれっつってたけど。このままあけっぱなしじゃ落ち着かねぇよな。折角の自由な独り暮らしなんだから、誰にも邪魔されたくないぜ。

そんな事を考えながら、伊達はゴソゴソと段ボール箱を開ける。

ふと窓の外を見ると、既に日は落ち、夜の世界が広がっていた。

夕飯の事をすっかり忘れていた。何処かで食べるか、それとも買って部屋で食べるか。
あまり出費はしたくないのだが、冷蔵庫には何もないし、そもそも伊達は料理をした事がない。

その時、隣の202号室に繋がっている穴から。

「政宗殿ぉぉぉ!」

という、202号室の住人の声が聞こえてきた。



――で。

「で、何でウチなんだ?」

目の前のちゃぶ台に置かれた料理を訝しげに見ながら、伊達が聞いた。

先程、真田が伊達を呼んだのは、夕飯を一緒に食べないかと誘うため。佐助が台所で作っていたのは、この夕飯だったらしい。

「何でって、政宗殿の部屋の方が落ち着くのでござる!こう、家具の全く無い所とか」

「それは嫌味か、嫌味なのか!?」

ちゃぶ台の前に座って、食べる気満々の真田の頬を、同じくちゃぶ台の前に座っていた伊達がギュムムと引っ張る。

「はいはい喧嘩しないでよ!旦那、これ持ってってー!」

穴から顔を覗かせた佐助が二人の喧嘩を仲裁する。そして、伊達の部屋に炊飯器を送ろうと、穴から押し出した。

続いて食器や箸なども送られてくる。そんな様子に、伊達は眉間に皺を寄せて考えていた。

有難いっちゃあ有難いんだが。何だか、俺の生活が侵蝕されてきてる気がする。

「政宗殿、ご飯はこれ位で良いでござるか?」

「そんなに食えるかぁぁぁっ!」

まるで塔のように高くよそられた飯を見て、伊達は思わず突っ込む。

「あぁもう、旦那!食べ物で遊ばないの!」

穴から最後に出てきた佐助が漸くちゃぶ台につく。そして、真田と佐助が合掌して、いただきまぁす!と声高らかに叫んだものだから。伊達も思わず釣られて、やってしまった。

こんな騒がしい夕飯を迎えたのは初めてだった。こんなのも悪くねぇな、なんて思ってしまったりして。



夕食後、料理に満足したらしい真田は、ぐーすかぴょーと伊達の部屋で寝ていた。佐助曰く、真田は満腹になるとすぐに寝てしまう癖があるそうだ。

カチャカチャと音を立てながら、佐助がちゃぶ台に載っていた食器類を片付けている。伊達は暖かいお茶を啜りながら寛いでいた。

そう言えば、忘れていた。下の階の住人に挨拶に行くのを。

「……ま、明日でも良いか。」

誰に言うでもなく、一人ごちた伊達は徐に立ち上がり、木製のベランダへと向かった。ベランダから見える街並みは、夜になるとその姿をガラリと変えるようだ。

伊達がベランダへと通じる窓を開いた時、その姿を見た佐助が、あっ!と声を上げた。そして急いで止めようとしたが、時既に遅く伊達は足を踏み出していた。

パゴッ!

ベランダに出た瞬間、木製の床だった筈の物が、妙な音を立てて割れ、伊達はそのまま下へと落下した。

ドガンと下の階のベランダに落下した伊達は、ぐおぉと呻いている。

そして、人が落下してきた事に驚いた、その部屋の住人らしき二人の男女が慌ててベランダの窓を開いた。この二人は前田利家とまつという夫婦だという事を、後になって伊達は聞く事になるのだが――今は。

「……Good evening!Ah、nice to meet you!」

挨拶する事しか思い付かなかった。

そんな伊達の頭上に、佐助が声を掛ける。

「大丈夫?伊達の旦那ー!このベランダ、前に真田の旦那が穴あけちゃって、応急処置で発泡スチロール置いておいたんだよね」

こんな佐助の説明を聞いた伊達は、後で真田をシメる、と心に固く誓ったのであった。



この隣人たちとの出会いは、これから始まる奇妙な生活の序章に過ぎなかったのである。



―終―


4/4
*prev  

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -