政宗は途中から慶次の背から下りて、一人で歩き始めた。誰かに背負われているという姿を4人に見せたくなかったのだ。

ひっそりと静まり返っていた夜の海水浴場も、今は人が集まって賑わっていた。海の家のテーブルでは、ゾンビの覆面を手に持った青年や小島で見た白装束の男が酒を酌み交わしている。

「おかえりー、最後までお疲れさま!」

佐助もテーブルに座って、目の前に置かれたスイカをフォークで突いていた。政宗の姿を見て、ニヤニヤ笑いながら挨拶をする。

真田と元親は砂浜でスイカの種の飛距離比べをしている。毛利はベンチに寝かせられていた。ゾンビに扮した青年たちと対峙した途端に、伸びてしまったらしい。

ほとんど無傷な同居人たちの姿を見て、政宗は胸を撫で下ろした。そして、佐助と同じテーブルについて、そのままぐったりと突っ伏した。

「伊達の旦那、スイカ食べる?ってこのスイカ、優勝者に渡すものだったらしいんだけど、先に食べ始めちゃった。ゴメンね」

大方、真田か元親が先に食べるとでも言い出したのだろう。しかし、政宗は今食欲などないので、差し出されたスイカは遠慮しておいた。そのうち、真田か元親が食べに来るかもしれない。

「一体、何が何だか分かんねぇよ。取り敢えず、分かるように説明頼む……」

右の頬をべったりとテーブルに付けたまま、政宗は慶次の方を見る。ははは、と顔を綻ばせて笑っていた慶次は、政宗の隣に座ってテーブルに乗っていたスイカを食べ始めた。

「なんつーのかね、これは島おこしの一環ってヤツかな。島をまるごとお化け屋敷にしちゃおうってイベントを来年からやらないか、って決まってね」

観光客を呼び込むために、島の青年たちが考えた企画だった。島の中で海水浴や花火以外に楽しめるイベントはないだろうかと協議した時に、お化け屋敷という案が出た。

しかし、そんなものを作る費用も技術もこの島にはない。ならば、建物を作るのではなく、島という土地の特性を活かして島ごとホラーハウスにしてしまおうと決まったのだという。

島の青年団がモンスターに扮して、逃げ惑う客を追い掛ける。最後まで逃げ切ることの出来た客は、優勝者として賞品を貰えるというゲーム形式である。

「ちょうど俺がここで働き始めた時に、出来るかどうか試してみようって話が出てね。で、俺があんたらを誘いだしたってワケ。最初からネタばらしすると面白くないから、全部内緒にしてね」

来年から始めるために、今年中に試しておかなくてはならなかった。そのテスト要員として、政宗たちに目が付けられたということらしい。そして、政宗たち5人は何も知らされぬまま、怯え逃げ惑っていたのである。

なんとも傍迷惑な話である。しかし、何故政宗たちが選ばれたのか。それが気になった政宗は、慶次に尋ねた。

「なんで俺たちに白羽の矢が立ったんだ?」

「あぁ、あんたたちのこと前から知ってたんだよ、俺」

さらりととんでもないこと告白を慶次はする。知っていたということは、昔顔を合わせたことでもあったのだろうか。政宗は思い出そうとするが、全く記憶になかった。

「敢えて名前だけしか紹介してなかったけど、苗字は前田ってんだ」

「まえだ、けいじ……前田、慶次……ってまさか前田さん家の!?」

「お、知ってんの?」

佐助が慶次を指差して大声を上げた。前田慶次――佐助の部屋の下に住む前田夫妻の甥に当たる人物であった。まつと親交の深い佐助はよく話を聞いていたのである。

以前、前田家から酒を貰った時にも話題に出ていた。ただ名前だけしか聞いていなかったので、政宗は大して覚えていなかったのだ。あの酒のせいで散々な目に遭ったことだけは覚えているが。

「まつ姉ちゃんから、面白い奴らがいるって聞いててさ。勿論あんたらのことだけど。で、あんたらがこの島に来るってまつ姉ちゃんから聞いて、誘おうと思ったんだ」

「俺、確かまつさんに話したわ。今度、皆で島に遊びに行くって」

佐助からまつへ流れた情報によって、彼らがこの島に来ると知った慶次は、面白いことになると期待して政宗たちを誘ったのだ。

大体の疑問が氷解して満足した政宗は、大きく伸びをした。肉体的にもずいぶん疲労しているようだ。

「あぁ、さっきあんたが言ってたことでさ。俺、思ったんだけど」

唐突に話題が変わった。今さらその話が慶次から出されるとは思っておらず、政宗は慌ててしまった。うろたえる政宗に、慶次は表情をゆるめて口を開く。

「あんたは居場所そのものなんじゃないかい?」

慶次のその言葉に、政宗は目を見開いた。居場所、という言葉が心の底にストンと落ちてきた。慶次は続ける。

「あんたは何かやるとかいうのではなくて、ただそこにいるための存在なんじゃないのかなって思ってさ。あんたがいるから皆が一緒にいるんだろ?」

政宗がいるから、真田や佐助や毛利や元親が集まってきた。彼らは別に政宗に対して何かの役割を期待しているわけでもない。ただ政宗という人物に惹かれたからこそ、皆一緒にいるのだ。慶次が言っているのは、そういうことである。

「だったら、ドーンと構えてりゃ良いんじゃねぇの?」

「そうか……ありがとうな」

2人でいた時に話した政宗の本音を、慶次は慶次なりに考えてくれていたのだろう。慶次の言葉によって、政宗が抱えていたうつうつとした悩みが消え去った。こんな小さなことで悩んでいた自分が、何だか情けなく感じた。

ふと視線を移すと、佐助が興味深々という面持ちで見ている。佐助にあんな恥ずかしい告白を話すのは嫌なので、聞かれないうちに政宗は別の話題を振り始めた。

「でも、ホント本格的だったよな。zonbieのお面もそうだけど、あの海の中の真っ白な髪の奴もマジで怖かったぜ」

「海の中の真っ白な髪の奴?」

「そう、マッパで海ん中にいただろ?」

あの姿を思い出すだけで寒気がする。あそこまで徹底的に演じることの出来る人物は、そうそういないだろう。この島にも凄い奴がいるもんだ、と政宗は思っていた。

しかし政宗の説明を聞いた慶次は、キョトンとした表情をしている。なんだか嫌な予感が政宗の脳裏をよぎった。

「そんな変な奴はここにはいないけど……というか今回はお試しってことで、ゾンビ以外はナシでやってたんだけど」

「もしかして伊達の旦那、マジモン見ちゃったわけ?」

「ああああああ!?」

サプライズな出会いを期待していたのに、ある意味で衝撃的な出会いを果たしてしまった。妄想していたものとは天と地の差である。花は花でも、彼岸花だった。

ただ若者らしい青春いっぱいの夏を過ごしたかっただけなのに、どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。政宗たちに青春なんて似合わない、という神様からのメッセージだろうか。兎にも角にも、最悪な思い出が夏の最後に残ってしまったわけである。

「あああ夏の思い出作りなんて二度とするか!俺のバカヤロォォォォォォォ!」

突然ガタっと立ち上がった政宗は、夜空に向かって声の限り叫んだ。それを見て、佐助も慶次も腹をよじって笑い転げていた。




政宗が夏の思い出作りに失敗して、数日後。

「なぁんで、アンタがここにいんだよ?」

「ちょっとこっちで落ち着こうと思ってさ。しばらく寝泊まりさせてくんねーかな?」

おだわら荘201号室の扉の前に、見知った顔の男が立っていた。忘れるわけもない。たかが数日前に会ったばかりなのだから。

「寝泊まりって、下に家族がいんだろ?」

「なんか、2人のラブラブ生活邪魔すんのも悪いかなって思ってね。まぁ、そんなワケでよろしく!土産も持ってきたよ!」

大きなスポーツバッグを抱えた慶次は、家主の許可を得る前にズカズカと部屋に入っていってしまった。

部屋の中から、真田や佐助の歓声が聞こえてきた。これから今以上に賑やかしくなるだろう。しかし、自分という居場所に人が集まってくるのもなんだか悪くない。そう思って笑みを浮かべた政宗は、ゆっくりと部屋の扉を閉めたのだった。



―続―


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