「真田みたいにmood makerってわけじゃない。猿飛みたいに誰かの面倒を見られるわけでもない」
パキリと枝を踏み潰しながら歩みを進める。政宗の声とその音以外には何も聞こえない。
「毛利みたいに色々考えられるわけじゃない。元親みたいに皆を引っ張っていけるわけでもない」
他の4人に関してはいくらでも答えることが出来たのに、自分のことに至っては説明出来なかった。
「俺はこの中で一体何が出来るのか、何のためにいるのか分かんねぇ」
政宗がいなくても、共同生活は成り立つのではないか。そう思い至って愕然とした。自分が立っていた足元から、グラグラと崩れていくような感覚に襲われた。
渡船場で感じた不安は、これが原因だったのだろう。この生活において自身の存在意義がないと薄々感じていたから、あれほど気になったのだ。
「俺はもう必要ない、って思われるのが怖かったんだ。お前なんかもういなくても良い、って言ってあいつらがいなくなるのが怖かったんだ」
父親の期待に答えられず、逃げるように家を出た。父にとっては自分は必要ない存在だと感じてしまったからだ。だから、新たな居場所を求めた。
新たな居場所は出来たが、彼らが政宗の存在を必要としなくなって、目の前からいなくなるのではないか。それが酷く恐ろしかった。
ひょんなことから始まった共同生活が、いつの間にか拠り所になっていた。その生活はいつか終わりを迎えるものだと考えてはいたが、こんな終わり方を迎えるなんて堪らなく嫌だった。
珍しく饒舌になっていた。これまでの気持ちを吐露して、少し気が楽になったようだ。慶次は頷くだけで何も言わない。
そんな風に黙って聞いてくれているのが嬉しかった。今、下手に慰められると泣き出してしまうかもしれない。そんな醜態など晒したくないというプライドが、この期に及んで残っていたらしい。
皆いなくなってしまった。最後に残ったのは自分一人だけだと思った。しかし、慶次は無事に戻ってきてくれた。
戻ってきた――ふと、政宗は心に何かが引っ掛かるのを感じた。何かがおかしい。何かが違う。
何故、慶次は政宗の所に来たのか。先ほど毛利のいた場所に着いたのは、毛利が連れていかれた後だと言っていた。それならば、そのまま集落に向かえば良かったのではないか。
もし、政宗たちのことが心配でここまで来たのだとしたら、何故真田や佐助のことを知らないのだろうか。政宗の後を追ってきたのだから、途中で暴れている彼らか、もしくはそこにいたゾンビに遭遇していてもおかしくない。
そう。移動している間に、慶次はゾンビたちに遭遇する可能性があった。しかし、全く遭遇することもなく、いやもし遭遇したとしてもそれを上手く切り抜けることが出来たのだろう。だから、政宗の元までたどり着いたのだ。
そしてゾンビと言えば、奴らがゾンビだという認識はどこからきたのだろう。慶次がゾンビだと叫んだから、奴らはゾンビだと思っていた。しかし、あの暗がりの中でその存在を判別することは難しい、と今更気付いた。
一つの疑問から、次々と新たな疑問が連鎖して浮かぶ。疑い出したらキリがない。思えば、最初から怪しい行動ばかりだった。
政宗は足を止めた。本人に確認しなければならない。自分や毛利のために奔走してくれた慶次を疑うというのは、何だか酷いような気もする。しかし、疑念を抱いたまま一緒に行動することは出来なかった。
「なぁ、気になってることがあんだけど」
淡々とした声を装って、政宗は慶次に話しかけた。余計なことは話さず、さっさと本題を切り出した方が良い。
「アンタもあいつらの仲間ってワケじゃねぇだろうな?」
「なんだ、もしかしてバレちゃった?」
少しも誤魔化すことなく、すんなりと慶次は認めた。そのあまりの潔さに、政宗は一瞬耳を疑ってしまった。その話しぶりから考えて、バレても別に構わないと思っていたのかもしれない。
そんな慶次の様子に面食らった政宗は、少したじろぎながら確認した。
「ほ、本当にそうなのか?冗談とかじゃねぇよな?」
「冗談じゃないよ。ずっと騙しててゴメン。悪いとは思ってたんだけどさ」
全く悪びれる様子もなく、慶次は謝る。口角を上げて笑ってさえいた。気の良い青年を演じて政宗たちに近付いてきて、上手く言いくるめてあの小島まで連れてきたらしい。
慶次に対する怒りが腹の底からふつふつと沸いてきた。一発どころか気が済むまで殴ってやりたいと思っていたが、それよりも真田たち4人の安否が気になった。慶次ならば知っているだろう。
「あいつらは!?真田たちはどうしたんだ!」
「心配しないでも、すぐに会えるよ」
にっこりと笑って慶次が答える。あの世でね、と最後に付ければ完璧だ。こんな時まで笑顔でいる慶次に、狂気のようなものを感じた。
政宗は顔を強張らせて、立ちすくんでいた。怒りと恐怖で頭が混乱しているようだ。
慶次の仲間のゾンビたちが、ぞろぞろとこちらにやってきた。絶体絶命である。ここで最後の意地を見せて、大立ち回りなどしてやろうか。
そんなことを考えていると、不意に一体のゾンビが慶次の隣に立って話し始めた。
「慶ちゃん、その人が最後だよ」
「やっぱり?じゃあ、政宗が優勝だ!」
そう言って、相好を崩した慶次が政宗の両肩をポンポンと叩いた。周りのゾンビたちが一斉に拍手をし始める。
一体、何が何だか理解出来なかった。
優勝とは何の勝負で優勝したのだろうか。いや、それよりも周りのゾンビたちの豹変ぶりは何なのか。ゾンビだけではなく、慶次の行動も意味が分からなかった。
声にならない声を出して驚いている政宗をよそに、ゾンビたちはお疲れ様などと言いながら互いを慰労している。
そして、ゾンビたちは自身の顔を掴んだかと思うと、そのままズルリと上に剥いていく。よく見ると、それは玩具の覆面だった。ゾンビの本当の顔は、逞しい青年たちであった。
凍りついたように動かない政宗を見て、慶次はようやく種明かしをした。
「ゾンビとドキドキ追いかけっこツアーの優勝者は、伊達政宗くんでーす!」
「ああああああ!?」
ようやく声を出すことが出来た。そして、全てを理解することが出来た。怪異だと思っていたのは、全部仕組まれていたものであった。お化け屋敷だと知らされない状態で、その中を走り回っていただけなのだ。それならば、あの4人は無事でいるはずだ。
そう思った瞬間、硬直していた体の力が一気に抜けた。そのまま、政宗は後ろにあった木にズルズルともたれかかってしまった。
「どうしたの?」
「こ、腰が、抜けた」
極度の精神的・肉体的疲労と、恐怖から安堵という心理的状態の急激な変化によって、政宗は腰を抜かしてしまった。何とも情けないことである。
自力で立ち上がることも歩くことも出来なくなった政宗を背負って、慶次は歩き始めた。向かう先は皆の待っている海水浴場だと言う。
その顔を見ると、悪戯が成功したのを見届けたやんちゃ坊主のような表情をしていた。海水浴場に着いたら思う存分文句を言ってやる、と政宗は心に決めたのだった。
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