しばらく、政宗はよたよたとハイキングコースを歩いていた。足元も覚束ないでいる。色々なことが一気に起こりすぎて、頭がパンクしそうになっていた。

これは夢だ。夢だから、もうすぐ目が醒めるだろう。そうすれば、佐助が朝食の用意をしていて、真田が大口を開けて寝ていて、毛利が新聞を読んでいて、元親がテレビを見ている――そんな日常に戻れるはずだ。

しかし、いくら頬を力強く引っ張っても醒める気配がない。これは紛れもない現実だと余計に知らされる羽目になって、政宗はフラフラと海沿いに設置された柵にもたれかかった。海の方に目を向けると、相変わらず暗い波だけが揺らめいていた。

その時、視界の端におかしなものを捉えた。

真っ暗な海に浮かぶ白い物体。いや、浮いているのではない。海の中に何かがいるのだった。よく見ると、それは真っ白な長い髪を持つ人間であるのが分かった。さらに、服らしきものは一枚も纏っていなかった。

そう理解して、政宗は少し後ずさった。こんな時間に素っ裸で海の中にいるなど、普通の人間では考えられない。

それと目が合った。こちらを見ている。口の両端を上げて、にたりと笑う。政宗の体は金縛りにあったかのように固まってしまい、そのおぞましい光景から視線を逸らすことが出来なかった。

ザバザバと波をかき分けて、それが近付いて来ている。動け動け動けと必死に念じていたのが功を奏したのか、すぐに体が動くようになった。政宗はそのまま倒れこみそうになりながらも、懸命に姿勢を立て直して走り始めた。

あれだけ疲労していたのに、どこにまだこんな体力が残されていたのか。あまりの恐怖のせいで脳が麻痺して、疲れなど感じなくなっているのかもしれない。

政宗はがむしゃらに走った。走り続ければ、あの真っ白なものの記憶を脳の中から飛ばして消去出来るかもしれない。いつの間にかハイキングコースから外れ、山の中の道に戻っていた。

一体なんだってんだ!

そんな風に叫びたい衝動に駆られる。しかしそんなことをすれば、自らの居場所を知らせることになってしまう。今こんなところで捕まるわけにはいかないのだ。

元親も毛利も慶次も真田も佐助も、みんな奴らに捕まってしまったに違いない。自分まで捕まってしまったら、皆を助けることが出来なくなる。

助ける?助けられるのだろうか。助かるのだろうか。捕まった時点で手遅れだったとしたら。

政宗の肌がゾワリと粟立った。思わず立ち止まって、自分自身の体を両手で抱き締める。震えが止まらない。

その時、唐突にその腕が掴まれた。

あまりの驚きに、叫んでしまいそうになった政宗の口を、背後からニュッと伸びた手が塞いだ。

「大声出しちゃダメだよ」

慶次だった。その姿を見て緊張の糸が切れたのか、政宗はへなへなとその場にへたり込んでしまった。その胸中を支配していたものが、恐怖から安堵へと変わる。

「ビックリさせんなよ……」

政宗は肺が空になりそうなほど深い溜め息を吐いた。ゆるゆると立ち上がった政宗に、ごめんと慶次は眉尻を下げながら謝る。そして、謝罪の言葉を再び口にした。

「ごめん、間に合わなかったんだ、毛利さんのとこ……探してもどこにもいなくて、どこかに連れてかれちゃったあとだったみたいで」

「そうか。でも、アンタが悪いんじゃない。あんま気にしないでくれよ」

俯きながら説明する慶次に、政宗は努めて優しい声で語りかけた。慶次のせいではない。我を忘れて飛び出して行ったのは毛利なのだから、慶次を責めるつもりは全くなかった。

無事でいてくれただけで良かった、という台詞など言う柄ではないので、心の中でこっそり呟いたのだった。

政宗を追ってきたということならば、途中で真田や佐助の姿を見ているかもしれない。そう思った政宗は慶次に尋ねてみた。

「ここに来るまでに、真田や猿飛見なかったか?」

「いや、見てないけど、はぐれたのかい?」

「そういうワケじゃねぇんだけどよ……」

はぐれたわけではない。彼らは自身を犠牲にして、政宗を逃したのだ。それを慶次にどう伝えれば良いのだろうか。上手く伝える術が分からず、政宗は言葉を濁した。

「歩ける?」

心配そうに覗き込む慶次に、大丈夫だと答えて政宗は歩き始める。向かう先は集落だ。言わなくても慶次は分かっているだろう。

しかし、人を呼んできても彼らを助けることが出来るのだろうか。先ほどと同じ考えがループする。あんなに迷惑だと思っていた彼らに、何かあったらと思うだけでこれほど取り乱すとは思わなかった。

不安で心が押し潰されそうだ。気を紛らわせるために、何か話でもしようか。この際だから、思っていることを全部慶次に吐き出してしまっても良いかもしれない。

「なぁ、アンタがさっき家で聞いてきた俺のコトなんだけどよ」

少し先を歩く慶次に、政宗は話を切り出した。唐突に話始めたのに少し驚いたのか、慶次は肩越しに振り返った。

「ホントはあんなのだって思ってるワケじゃねぇんだ」

あんなの――馬鹿なことばかりする彼らに対する突っ込み役というのは、間違っているわけではないと思うが、突っ込み役と言えば佐助だってそうなのだ。

自分のことを聞かれた時に、咄嗟に答えることが出来なかったのは悩んでいたからである。政宗は一体どうような役割を持っているのか、慶次に自信を持って答えることが出来なかったからである。



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