真田の行けという言葉に、佐助はしばらく悩んでから意を決した。ここは真田に任せて政宗と共に逃げ切る――そう決心した佐助は、政宗の手を引っ張って走り始めた。佐助が向かったのは、前方ではなく山の斜面であった。

「おい、真田っ!」

佐助に手を引かれながら、政宗は背後を振り返って真田の名前を呼んだ。真田は政宗たちを追おうとしていたゾンビに飛びかかっていた。

そのシーンが鮮明に政宗の目に焼き付いた。元親の時と同じように。

もはや道とは言えない山の斜面を、政宗と佐助は駆け下りていく。山の上の方から奴らは来たのだから、上には向かえない。

やり場のない怒りのような気持ちを政宗は必死で抑える。真田のバカ野郎、と叫びたかった。勝手に覚悟決めやがって、と喚きたかった。

佐助は無言で走り続けていた。政宗の手を離すまいと力を込めて握り締めている。枝の先や草のせいで、2人の手足に傷がいくつも出来ていたが、痛みなど全く感じなかった。

山を抜けると、目の前に白いコンクリートの道と真っ暗な海が現れた。島の外周をぐるりと囲むように設置されたハイキングコースである。山と海に挟まれた形になっているその道は、だいぶ先まで続いているようだ。

海と山の境界線のような道を、2人はノロノロと歩き始めた。もう走る気力も体力もほとんど残っていなかった。肉体的にも精神的にも疲労のピークに達していたのだ。

「なぁ、猿飛」

「なに?」

「真田は大丈夫なのか?」

真田だけではなく、真田にあの場を任せることを選んだ佐助自身も大丈夫なのか。表には出していないが、相当心配しているのだろう。

「……大丈夫だよ。あの人は多分殺しても死なないから。熱湯かけられたら危ないかもしれないけど」

「アイツはcockroachかよ」

軽く笑いながら、佐助は答える。その答えに政宗も思わず笑ってしまった。多分佐助は大丈夫だと感じた。余裕があるわけではないが、さほど思い詰めているわけでもない。

真田の覚悟の言葉を聞いて、佐助も覚悟を決めたのだろう。政宗が201号室に引っ越してくる前から一緒にいた2人である。その信頼関係は思っている以上に強固なものらしい。

懐中電灯の光をチラチラと動かしながら、政宗はこれまで思っていたことを口にしてみた。

「なんか俺たちらしくねぇと思わねーか?」

「らしくない?」

「あぁ、逃げずに戦えば良かったんだ」

政宗の言葉に佐助は目を丸くして驚いた。その後すぐに、いつもの笑顔に戻って頷き出した。

政宗の言う通り、普段の自分たちならば何かあった場合でも臆することなく行動するはずだ。しかし、今回は何故か最初から調子が狂いっぱなしだった気がする。

「そうだねぇ。いつもなら抵抗して無茶苦茶暴れてたよね」

「だろ?だから、今からでも遅くはねぇ。ひと暴れしてやんねーか?」

政宗がニヤッと笑いながら、拳を宙に軽く振り上げる。

この時、政宗は自暴自棄になりかけていたと言っても過言ではない。身体、精神共に疲弊していたために、助けを呼びに行くよりもいっそのこと当たって砕けてしまった方が良いのではないか、とさえ思い始めていたのである。

「いいね、一矢報いるって感じでやっちゃおうか……ただ俺はね、旦那。性格的に保険かけときたいタイプなんだよ」

政宗の誘いに、佐助もにやりと笑って乗ってきた。ただ、その台詞の後半が何を意味しているのか、政宗にはよく分からなかった。

怪訝そうな表情をしている政宗に、佐助は人差し指をピッと立てて説明し始めた。

「全滅する気はさらさらないし、だからと言って逃げるのは嫌なワケ。俺って案外ワガママなのよ」

「What?どういうことだ?」

「旦那は先に進んでて欲しいんだ。その間、俺が敵を引きつけておくから」

佐助の言葉に、今度は政宗が目を丸くする番だった。そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったからだ。

佐助は政宗の今の心理的状態を見透かしていた。半ば捨て身の突撃をかまそうと考えている政宗を止めるために、敢えて強行的な手段を用いることにしたのだ。

「真田みたいに一人で戦うってのかよ!?どうせなら2人で!」

「まだ希望は残ってるんだ。どちらかが捕まってもどちらかが逃げ延びれれば、皆を助けられるかもしれない」

「だからって、なんで俺なんだよ!?」

「言ったでしょ、俺はワガママだって。旦那には最後まで諦めて欲しくないんだよ」

佐助の瞳からは微塵の迷いも感じられない。政宗ならば自分の言いたいことを分かってくれる、と佐助は信じている。真田と同じように、覚悟を決めた彼を止めるのは難しそうだ。

真田もお前も揃って勝手なことばかり言いやがって、という言葉を政宗が言おうとした時、佐助は踵を返して走り出していた。

「あとは頼んだよ、伊達の旦那!」

にっこり笑って佐助は元来た道を戻っていった。待てよ、と言って政宗はその後を追おうとしたが、振り返って笑顔を向けてきた佐助を見て、足を止めてしまった。

この状況で、自分は一体何をするべきか。それは佐助の言うように、最後の一人になろうとも奴らから逃げ延びて、助けを呼んでくることだ。そのことは理屈としてよく理解出来るが、どうしても感情が邪魔をする。

政宗はそのまま呆然と立ち尽くしていた。

「猿飛佐助、ただ今参上!ってね。ここから先は何があっても通さないよ!」

しばらくして、佐助の叫びにも似た声が山の上の方から聞こえてきた。その揺らぎない声に、さっさと行けと言われているような気がした政宗は、一人集落に向かい始めたのだった。



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