バサリ、と伊達はカレンダーを捲り上げてその壁を見た
そこには人が一人通れるような穴と、そこから覗いている赤鉢学男の顔があった。
「ぬぅわあぁぁぁっ!?」
「だぁあぁぁぁっ!?」
再びバチリと目が合った二人は、思わず叫んでしまった。
「ささささ佐助ぇぇぇっ!バレてしまったああぁぁぁ!」
赤鉢学男が後ろを向いて声を張り上げる。その声の大きさに驚いて、伊達は後退った。
「言ったでしょーが。お隣に人が来るから、あんまり行っちゃいけないって!」
赤鉢学男のいる更に奥から、子供をたしなめるような声が聞こえてくる。
何だ?隣の部屋に繋がってんのか?
伊達は、画鋲で留められていたカレンダーを外し、壁の穴に頭を突っ込んで、赤鉢学男がいる場所を覗いた。
そこは伊達の部屋よりも家具は置いてあるが、妙にこざっぱりした部屋だった。
部屋の中には、男が二人。あの赤鉢学男と、オレンジ色の髪をした若い男がいた。
オレンジ頭は、台所で何かを作っているようだ。
「わわっ、来たぞ!」
壁の穴から出ている伊達の頭に気付いた赤鉢学男が、慌てたような声を上げた。
「旦那が悪いんでしょーが!……って、スンマセンねぇ。ウチの旦那が驚かせちゃったみたいで」
台所にいたオレンジ頭が赤鉢学男に近付く。そして、持っていたお玉を男に突きつけながら、伊達に軽く頭を下げて謝った。
伊達はどう反応して良いか分からず、穴から頭を少し出した状態で固まっている。
そんな伊達にお構いなしで、オレンジ頭は軽薄そうな口調で続ける。
「あっ、自己紹介がまだだったねぇ。俺は猿飛佐助って言うの。ヨロシクねー!で、こちらが」
「某はっ!真田幸村でござるぅぅぁぁぁっ!これから宜しくお願い致しまするぅぅぅ!」
マイペースに自己紹介をするオレンジ頭の言葉を遮って、赤鉢学男が元気一杯に叫んだ。
猿飛佐助に真田幸村。変人としか思えない二人に見つめられて、伊達は思わず。
「……Ah、俺は伊達政宗。よ、よろしくな!」
自己紹介してしまった。
そしてしばらくの間、伊達は妙な姿勢のままで、二人と話し込んだのである。
何故、壁に穴があいているのか、という伊達の質問に対して、頬を引きつらせた佐助が答えた。
「真田の旦那、寝相が悪すぎでね。大分前に、寝ながらその壁蹴ってんの。で、朝起きたら大穴があいてたってわけなのよ…あ、大家のジッチャンには内緒にしといて欲しいんだよね。修繕費とか払わないといけないから……俺が」
何で二人で暮らしているのか、という伊達の質問に対して、遠い目をした佐助が疲れたような声で答えた。
「俺はまぁ、所謂司法浪人って奴で、勉強しながらココで独り暮らししてんのよ。バイトで稼ぎながらね。で、旦那はココの近くの高校に通ってんの。その高校、旦那の家から通うには遠いらしくて、ウチに居候してるってわけ。世話になった人から頼まれてね、ハァ」
何故、高校は春休み中の筈なのに学ランを着てるのか、という伊達の質問に対して、待ってました!と言わんばかりに目を輝かせた真田が答えた。
「学生ならば学ラン、紳士ならば紳士服であるのは当然の事でござる!平日だろうが休日だろうが、学生はその証たる学ランを着るべきでござろう!」
「……面倒臭がって、実家から私服持ってきてないだけなんだよね、実は」
「すわぁすけえぇぇぇっ!?」
こんな真面目なのか、ふざけているのか分からない話を暫く続けていた伊達は、まだ部屋の荷物が片付いていない事を思い出した。
「おっと、長々と話し込んじまって悪かったな!また改めて挨拶に来るぜ。今度はちゃんと玄関からな」
そう言って穴から頭を戻した伊達は、あのカレンダーを再び壁に付けて穴を塞いだのであった。
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