「もしかして、泳ぐつもり?」

「うんにゃ、止めとく」

これではあまり深いところまで行くことは出来ないだろう。クラゲに刺されてまで泳ぎたいとは思わない。真田の持っていた浮き輪を借りて、適当に浅い場所を海藻のように漂っていようか。

そんなことを考えていると、突然顔にビチャッと湿ったものが当たった。

それがクラゲであると、政宗は一瞬で分かった。元親、佐助と体験してきたお陰で、その感覚に慣れてしまったようだ。

「ちょっ、伊達の旦那!大丈夫?」

「ああぁぁぁっ!政宗殿、申し訳ありませぬうぅぅ!」

どうやら今回の犯人は真田らしい。佐助を狙ったつもりが、大きく逸れてきたのだろう。夏の初めの出来事のせいで、真田はノーコン大王だと皆から言われている。

顔に当たったクラゲはそのまま砂浜に落下した。しかし、ねっとりとした気持ちの悪い感触が顔に残っている。

こめかみの血管がプチリと切れた――ような気がした。

「さぁなぁだあああぁぁ!覚悟しやがれえぇぇっ!」

三度目のクラゲアタックに怒りのバロメーターが吹っ切れてしまった政宗は、先ほど顔に当たったクラゲを拾い上げて、それを思い切り真田の顔に投げつけた。
むぺっ、と奇妙な悲鳴を上げて、真田は仰け反った。ザマァみろ、と政宗は口の端を上げて笑う。

しかし、この政宗の反撃が真田の闘争心に火を着けた。自らに投げつけられたクラゲを握り締めた真田は、政宗を指差して宣言した。

「ぬううぅ、政宗殿!某は負けませぬぞ!」

「上等だ!かかってきやがれ!」

「あああもう2人ともやめぶはっ!?」

2人の本気の争いを止めようと間に割って入った佐助の顔に、真田の投げたクラゲが当たった。

そして更に運の悪いことに、真田の攻撃にカウンターで返そうとした政宗の拳が佐助の側頭部に決まってしまったのだ。

一瞬、この場の空気が凍りついた。

「……ふふふ2人とも覚悟は出来てるよねぇ?」

地の底から響いてくるような佐助の声に、政宗と真田はビクリと肩を震わせた。普段温厚な人間ほど怒ると恐い、という法則は正しいようだ。

佐助の恐ろしい言葉に、政宗と真田はジリジリと後退る。それに合わせて、佐助が近付いてくる。こうなれば逃げるのではなく、いっそのこと立ち向かっていくべきだと政宗は思った。殺られる前に殺れ、という格言もある。

ここから政宗と真田と佐助による三つ巴の乱戦が始まったのだった。



・・・・・



そろそろ帰ろうぜ、という元親の声が聞こえてきた。気付くと、夕日が沈みそうになっていた。

元親と毛利は既に持ち物を片付け終えていた。毛利に命じられて元親1人で片付けたのだろう。

海水浴場からの帰り道、政宗は佐助たちに客が来ることを伝えた。それを聞いた佐助が不安そうな表情をする。

「食材は多めに持ってきたつもりだけど、大食漢がいるから大丈夫かなぁ?真田の旦那、結局昼飯食べ損ねてたし……って俺もだけど」

チラリと真田の方を見て、佐助はぼやく。2人して、食事をとることも忘れて遊んでいたのだ。真田に至っては現在空腹に襲われている真っ最中らしく、今にも死にそうな表情をしている。

いざとなったら、海があるので釣りでも何でもすれば魚ぐらいは獲れるのではないか。半分本気で半分冗談なことを政宗は考えていた。

「……長曾我部。少し遠回りして帰るぞ」

突然、今まで無言で歩いていた毛利が、ピタリと足を止めて口を開いた。

毛利の唐突な誘いに、元親は目を丸くする。

「遠回りってドコに何しに行くんだよ?」

「良いから黙ってついてこい。猿飛、そなたらは先に帰って夕食の準備をしているが良い」

何を考えてのことなのか、政宗たちは全く理解することが出来なかった。

毛利は元親の耳を掴んでズルズルと引きずっていく。先ほどまでの体調不良もどこへやら、といった様子である。

そんな2人の姿をぼんやりと見送っていた政宗たちは、ハッと我に返った。

「んー、取り敢えず先帰ろっか!早く準備しないと、その内暴れ始めちゃいそうだし」

真田を指差して佐助が言う。その言葉通り、真田は限界が近いようだった。目付きが危なくなっている。ハァ、と政宗は呆れたような溜め息を吐いた。



元親の家に着き、荷物をしまったり着替えたりしてから、ようやく一段落した。シャワーを浴びたいが、元親が帰ってこないことには勝手が分からない。

それならば佐助の手伝いでもしようと、政宗は台所へ向かった。佐助は持ってきた野菜を華麗な手捌きで切っている。

「Hey、猿飛!何かすることあるか?」

「えっとねぇ……悪いんだけど、旦那が食材食べちゃわないように見張っててくれる?」

思わずズッコケそうになる。なんだそりゃ、と政宗は軽く突っ込んだ。その時、隣から何やら不穏な気配がするのを感じた。

「うぁっ!?って何してんだ、お前」

いつの間にか真田が隣に立っていたのだ。獲物を狙う肉食獣の目をしている。驚きのあまり、政宗は声を上げてしまった。

フーッ、と威嚇するような声を上げて、真田は台所に置かれている食材に手を出そうとする。すかさず、佐助は真田の手をピシャリと叩く。政宗を挟んだ攻防はしばらく続いた。

「……おい、コイツに一体何があったんだ?」

「真田の旦那はあんまりお腹空き過ぎると、生物的退行しちゃうみたいなんだよね」

あっさり軽やかに佐助は説明するが、それは人間としてどうなのかと政宗は首を捻りたくなる。

しかし、ここにいては食べ物を全て食い尽くされかねないので、政宗は真田の首根っこを無理矢理掴んで外に出ていった。



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