「面白いな、あんたら!本当に面白い!」

慶次は笑いすぎて目に涙を浮かべていた。どこがそんなに面白いのか、政宗は理解出来なかった。

こんなやり取りが日常になっているので、何も感じないだけかもしれない。それはそれで大問題のように気もする。変人ばかりに囲まれて生活しているため、感覚がマヒしているようだ。自分はごく普通の一般人だと思っている政宗にとっては、由々しき事態である。

「そんなあんたらにちょっと頼みがあるんだ」

政宗が考え込むように渋い顔をしていると、慶次は少し真面目な表情で口を開いた。

「なんだ?」

「今夜、あんたらのトコに遊びに行ってもいいかい?」

政宗は拍子抜けしてしまった。もっと何か深刻そうなことを頼まれるかと思っていたのだが、よりによってそんな頼みとは。

先ほど愚痴を言っていたように、慶次は周りに若い男がほとんどいないので遊びたくても遊べない状況なのだ。だから、政宗たちに混じって遊ぼうと考えたらしい。

懇願するように両手を合わせている慶次に、元親は屈託のない笑顔で答えた。

「俺は大歓迎だぜ!人が多い方が楽しいし。お前は?」

「は、俺?俺も別にいいぜ。てか、お前が一応家主なんだからお前が良いって言うんだったら良いだろ」

あの家に招待するかどうか決めるのは、家主である元親の一存だと政宗は思う。だから、何故自分に聞くのかが分からなかった。

元親と政宗の快い返答に、慶次はガッツポーズを作る。

「よっしゃあ!ありがとな!店閉めたら、すぐに行くよ」

慶次は相当嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。別に何かをしたというわけではないが、政宗はなんだか人助けをしたような気分になった。

清々しい気分のついでに海を楽しんでくるか、と思った政宗はおもむろに立ち上がった。

「お、どこ行くんだ?」

「泳いでくる。折角海に来たんだから、ちったぁ泳がねぇとな」

すっかり空になったかき氷の容器をゴミ箱に投げ捨てて、政宗は歩き始めた。

「クラゲに気をつけろよー!」

慶次が大きく手を振って見送る。店の営業を長時間放棄して良いのだろうか、などという突っ込みは野暮だろう。

政宗は財布を置きに、ビニールシートの場所まで一旦戻った。そこでは毛利が静かに体操座りをしていた。負のオーラが周囲に漂っている。夏の海に相応しくない光景だ。

こんな毛利に話し掛けたくない。しかし、何も言わず無言で立ち去るというのも、気まずく感じる。

「Ah……気分はどうだ?もう良さそうか?」

政宗の問いに、毛利は無言で頷いた。先ほどに比べ、顔色も良くなっている。だいぶ体調も回復したようだ。

しかし、気分が良くなったのに何故海に入ろうとしないのだろうか。ふと思いついた疑問をついでに口にしてみる。

「アンタ泳がないのか?って、まさか泳げねぇワケじゃ……」

「う、五月蝿い!我は砂と戯れたいのだ!」

図星だったようだ。毛利は自身の言葉を証明するかのように、不機嫌そうに砂を弄り始めた。

鞄に財布を突っ込んだ政宗は、足早にこの場から立ち去ろうと思った。

「それより、かき氷はどうした?」

「かき氷melon味なら、今しがた食ってきたところだ」

素直にそう答えると、背中に砂を掛けられた。あんたは砂かけ婆か、と小さく呟いて政宗は苦笑する。

毛利の周囲に漂う負のオーラが更に濃くなった気がした。これ以上何かを言われる前に退散するべし、と政宗は海に向かって歩いていった。

綺麗に透き通った海を前にして、政宗は大いに感動していた。足の先だけ海に入れる。水温はそんなに低くないようだ。浅いところは日光に照らされて生温くなっている。深い場所に行けば冷たさを感じるのだろう。

さぁ泳ぐぞ、と意気込んで海に入ろうとした時、突然ベチャリとゼリー状のものが背中に当たった。

「あんぎゃああぁぁっ!?」

思いも寄らない場所に攻撃を受け、政宗は堪らず悲鳴を上げてしまった。

一体に何があたったのか。そう思って後ろを振り向くと、足元に転がっていたのは、またしてもクラゲ。政宗の額に1本の青筋が浮かんだ。

「あっ、ごめんごめーん!当たっちゃった?」

「当たっちゃった?……じゃねええぇぇ!」

佐助が片手を上げて謝りながら近づいてきた。いつも通りの軽いノリなので、悪いと思っているようには感じられない。政宗は落ちていたクラゲを拾って、佐助に思い切り投げ返した。

しかし、佐助が先ほどの元親のようにイタズラを仕掛けてくる人間だとは思えない。多分、手元が狂ったとかそういう理由だろう。それはそれで、クラゲを投げて何をしていたのかという疑問が生じる。政宗は訝しげな様子で佐助に尋ねた。

「一体なにしてんだよ?」

「いやー、真田の旦那とさ、クラゲの投げっこしてたのよ」

佐助の答えに、政宗はただただ呆れ果てていた。クラゲの投げっこ――こんな脱力感を覚える答が佐助から返ってくるとは思いもしなかった。

普段、甲斐甲斐しく真田の世話をしている姿を見て、この中では比較的常識人だと思っていたが、佐助も案外バカだったのだ。

「そんなにクラゲいんのか?」

「どこもかしこもクラゲばっかだよー」

慶次の言っていた通り、今はそこら中にクラゲがいるようだ。少し遠くの波打ち際をよく見てみると、死んだクラゲで埋まっていた。



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