かちゃり、と静かに鍵を回して、ゆっくり扉を開ける。カビ臭さと埃で、鼻がツンと痛んだ。そのまま、ソロリと部屋の中に目を遣ると。
そこには、赤い鉢巻きをした学ラン姿の男がいた。
そして、煎餅を頬張っている彼と、目が合ってしまった。
「そそそ、sorry!」
伊達は、慌てて扉を閉める。間違えて他人の部屋に入ったのかと思ったのだ。
否、それはおかしい。
伊達の持っている鍵で開くのは、伊達の部屋以外有り得ない。他人の部屋など開く訳がない。しかも、先に部屋番号を確認してから扉を開けたのだから間違えてなどいない筈だ。
ヒョイ、と再び扉に書かれている部屋番号を見る。『201』と書かれており、それ以外の数字にはどうやっても見えない。
あの赤鉢巻き学ラン野郎は一体何なんだ?まさか、泥棒って訳でもねぇだろう。盗って得するようなモンはねぇし。あるといやぁ、ボロいTVに冷蔵庫、ちゃぶ台ぐらいか?
うーん、と唸って伊達は考えている。
今部屋にあるのは家具ぐらいで、金目の物など一切置いていないのだ。しかも、これらの家具は最初から置いてある物でアパート同様、古くてボロい。
伊達は部屋を探す際、元から家具の付いている部屋を条件に加えた。何故なら、これから自分一人で生活するのに、あまり金銭的な余裕がなく、家具など買ってられないからである。
そんな備え付けの家具を盗もうとなどという、奇特な泥棒はいないだろう。
あの赤鉢巻き学ラン男は何者か、と暫く悩み続けていた伊達は意を決して中に入る事にした。
再び、伊達はギィと扉を開く。そして、ひょこりと部屋の中を覗き込んだ。
中には誰もいなかった。
「……どういうこったァ?」
先程確かにいた赤鉢巻き学ラン男、略して赤鉢学男の姿が綺麗さっぱり消えている。怪訝そうに呟いた伊達は、靴を脱いで部屋に上がった。
6畳の部屋に、申し訳程度に付いている台所とベランダ。風呂とトイレが個別で付いているのが不思議な位、狭くて古くてボロい。
持っていた鞄を畳の上に置いて、伊達は部屋の中をグルリと見回す。台所にある小さな冷蔵庫、部屋の片隅に置かれている小さなテレビ、中央に置かれた古いちゃぶ台、壁に掛かっている古臭いカレンダー、そして先に送った衣類や布団などの入った段ボール箱が数個。
ふと、ちゃぶ台の周りに何かが落ちているのが目に入ってきた。
「……What?」
伊達は、屈んでそれを拾い上げる。
それは、煎餅の食べカスであった。
あの赤鉢学男が煎餅を食べていた事が、伊達の脳裏に蘇ってきた。
煎餅の食べカスは、まだ沢山落ちている。それが、ある場所へ点々と連なっていた。まるで、小トトロの落し物のように。
その落し物、もとい煎餅の食べカスを追って、伊達は壁の前に立っていた。古臭いカレンダーの掛かっている壁である。
どぉぉしてコレにすぐ気付かなかったんだ、俺は?明らかにおかしいよな。
壁に掛かったカレンダーを、伊達は眉を顰めながら見つめた。このカレンダー、見るからにおかしいのだ。
十数年前の物だとか、何故かオッサンのピンナップ写真ばかり載っているとか、そういう事ではなく、その掛かっている場所が下過ぎる。
壁の下方、畳にくっつきそうな場所に掛かっていた。普通、こんな位置にカレンダーなど掛けない。
そして、煎餅の食べカスがこのカレンダーの真ん前まで落ちていた。怪しさ大爆発である。
伊達は再び意を決して、そのカレンダーをひっぺがす事にした。
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