ローラースケート、自転車、原付という不思議な組み合わせの集団が路地を全速力で駆け抜けていく。
どうしてこんな目に遭わなくてはならないのだろうか。佐助の漕ぐ自転車に揺られながら政宗は考えていた。
独り暮らしをすると決めた時には、もっと平穏で落ち着いた生活を送るつもりだったのに。それが今では、生きるか死ぬかの瀬戸際な状態で東奔西走していたりする。
「退屈はしねぇが、寿命がいくつあっても足んねぇよな」
「まぁこれも人生ってヤツ?」
思っていたことが言葉に出ていたらしい。佐助は苦笑いを浮かべている。とんでもないことに巻き込まれたにも関わらず、それを楽しんでいるように見えるのが不思議だ。
今日のこの出来事を小十郎に話したら、どんな反応をするだろうか。無事に生きて帰ることが出来たら、小十郎に電話をしようと政宗は心に決めた。
「ぬあぁぁぁ!?あと1分しかないでござるうぅぅっ!」
「真田!川が見えたらそのまま投げろ!お前の力なら届く筈だ!」
真田が叫ぶ。思っていたより川への距離が遠かったらしく、残り時間がほとんどなくなってきていた。
ようやく川が見えた。真田は滑走したまま大きく振りかぶる。そして、全身全霊を込めて川へと爆弾を投げ放った。
空高く弧を描く3つの球体。
一瞬時間が見えた。残り23秒と表示されていた。本当にぎりぎりのところで間に合ったらしい。
――しかし。
「ドコに投げてんの旦那あぁぁぁ!?」
「こぉんのノーコンやろおぉぉぉぉっ!」
爆弾は大きくカーブを描き、意図した方向とは全く異なる方へと飛んでいった。
真田の場合、投げる力ではなく、そのコントロールの方が問題だったらしい。最後の最後でとんでもない落とし穴が隠されていたのである。
川に入ることなく、爆弾は堤防沿いの砂利道に落ちた。そう、今まさに政宗たちがいる場所の十数メートル先である。
逃げようにも、今さら遠くへ避難する時間もない。政宗は衝撃に備えて、腕で顔を覆った。生まれ変わったら鳥になりてぇな、などと考えながら。
数秒の後、大きな爆発音が辺りに轟く。
――ことはなく、ヒュルヒュルパーン、という軽い音が空に響いた。
想像していた音と全く違っており、更に何の衝撃もない。腕を降ろして顔を上げると、夕日が沈みかけた空に鮮やかな花火が舞っているのが見えた。
時限爆弾だと思っていたものは、打ち上げ花火だったのである。
拍子抜けした政宗は思わずガクリと肩を落とした。佐助たちも口を開いたまま呆然と花火を見つめている。
無言で立ち尽くしていた政宗たちの背後から、あのダミ声が聞こえてきた。
「ダーイセーイコーウ!ちゃんと打ち上げられマシタネー!」
「テメェ!?どういうこった!ドッキリか、ドッキリなのか!?」
嬉しそうに手を叩いている宣教師に政宗は詰め寄る。暴力イクナイヨー、と宣教師は眉尻を下げながら説明を始めた。
「ワタシはザビー言いマース。あれはワタシが開発した時限式自動発射打ち上げ花火なのデース!」
この男はザビー教という新興宗教の教主であるという。その教義は人々の間に真実の愛を広めるというもの。この街にやってきたところ、あまりにも死んだ目をしている人の多いことに驚き、そして奮起したらしい。
荒みきったこの街の人間の心に愛を広めるために、ザビーは人の心を揺さぶるような美しい情緒を持つものを利用しようと考えたのだ。そこで思い付いたのが打ち上げ花火という季節に即したもの。
ただ打ち上げ花火は筒などを用意しなくてはならないし、持ち運びにも大変なので簡単に出来るようなものを自力で開発したのだという。この発明が世間でヒットすれば、資金も増えて一石二鳥というわけである。
「ミナサーン、愛ミナギってマスネー!ニエタギってマスネー!」
「紛らわしいモン作るんじゃねえぇぇぇ!」
政宗はそう叫んで、へなへなとその場にへたり込んだ。今まで張り詰めていたものが切れてしまったらしい。政宗以外の面々も疲れたように項垂れていた。
「タダイマ入信すると、この特製肖像画が付いてキマース!超オトク!アナタたちもザビー教に入って愛を感じマショーウ!」
一人元気なザビーは、ニヤニヤと胡散臭い笑顔で勧誘を始めたのであった。
結局、小十郎の野菜も手元に戻り、めでたしめでたしで終わった。
――筈だったが、数日後、空き部屋だった102号室のドアに『ザビー教団本部』という表札がかけられているのを見て、政宗は戦慄することになる。
―終―
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