佐助にばかり負担を掛けるわけにはいかない。今度は自分が漕ぐ側に回ろうと政宗が自転車に手をかけた時。
「ぬおぉ!?佐助に政宗殿!こんな所で奇遇な!」
真田の声が聞こえてきた。滑らかな動きでこちらに近づいてくる彼の姿を、2人は驚きのあまりポカンと口を開いたままで見ていた。
いつもと変わらない学ラン姿。しかし、その頭には赤いヘルメットを被り、プラスチック製の肘当てと膝当てをそれぞれ両の手足に装着している。そして、その足には4つの車輪が付いた靴。
何故かとても違和感を感じる格好をしていた。
「旦那、その格好どうしたの?」
「ぬっふっふっふ、聞いてくれ、佐助!俺は手に入れたのだ!」
真田は妙な笑い声を上げながら、右足を浮かせてそれを2人に見せつけた。佐助と政宗は思わず互いに目を合わせずにはいられなかった。
真田が履いているのは、かなり昔に流行し、そして今は廃れてしまったローラースケート。
どう反応して良いか分からず、2人はしばらく無言でいた。それを驚きで声が出せないだけと勘違いした真田は、胸を張って自慢気に足元のものを紹介した。
「念願のろーらーぶれーどを手に入れたのだ!」
「そりゃbladeじゃねぇよ!」
何をどう勘違いしたのか、はたまた騙されたのか、真田はそれをローラーブレードと思って買ってしまったらしい。
ゆっくりと立ち上がった佐助は、真田の誤解を解くために説明を始めた。
「旦那、あのね、ローラーブレードって車輪が縦に4つ付いてるんだよ。それはローラースケートっていうヤツなの。車輪が2つずつ並んでるでしょ」
「そっ、それは真か、佐助ぇ?ま、政宗殿?」
哀れみの視線を投げ掛けながら共に頷く2人に、信じられないと言うように真田は慌てて己の足元を確認する。
数秒固まった後に、地面に勢いよく突っ伏してしまった。
「ぬああぁぁぁ!真田幸村、一生の不覚っ!お、お館様に合わせる顔がないっ!」
傍迷惑な大声で嘆き始めた真田を、政宗と佐助は酷く疲れた表情で眺めていた。何故今更ローラーブレードとか、そんなのどこで買ったのとか、突っ込みたいことは色々あるけれど、沢山有りすぎて何から突っ込みめば良いのか2人には分からなかった。
「って、それどころじゃねぇよ!警察署だ、警察署!さっさと行くぜ、猿飛」
ようやく自分たちの置かれている状況を思い出した政宗は、慌てて自転車に跨がった。こんな所で油を売っていたら、あの宣教師に追い付かれてしまうかもしれない。
後ろに乗るよう佐助に告げる。彼は真田の姿をしばらく凝視していたが、何か閃いたようにポンと手を叩いた。
「いいコト思い付いた!旦那にも協力してもらうよ」
そう言うが早いか、佐助は自転車の前カゴに入っていた青い鞄を漁り始めた。
一体どうなされたのだ、と真田が政宗に尋ねる。警察署と連呼していたので、何かが起きていると流石に気付いたらしい。政宗は簡単に、真田にも分かりやすく事情を説明した。
「ば、ばくだんっ!?ぬうぅ、世間に混乱をもたらそうとするてろりすとなど断じて許せぬ!このろーらーぶれーどで成敗しに……」
「待て待て!俺たちみたいな一般人でどうこう出来る問題じゃねぇよ!おとなしくpoliceに任せりゃいいんだ。それにソイツはbladeじゃねえっての!」
テロリストを退治しにいこうと意気込む真田を、政宗は必死に止める。正義感にも厚いのは良いが、無謀な行為は自身に危険を招きかねない。
作業を終えたらしい佐助が真田の方に向き直る。そして珍しく真剣な表情をしながら、真田の手をガシッと握り締めた。
「旦那に任せたいことがあるんだ。これは旦那にしか出来ないことでね……」
真田を少しおだてながら、佐助は作戦を説明し始める。付き合いが長い分扱い方も手慣れているな、と政宗は思わざるを得なかった。
佐助の策を聞き終えると、真田の瞳は使命感で燃え上がっていた。
「俺が囮になれば良いのだな?承知っ!」
「頼んだよ、旦那!出来るだけ俺たちの方から離れて行ってね」
佐助から渡された青い鞄を抱えて、真田は準備運動とばかりにスクワットを始めた。無駄に張り切っているようだ。
佐助の作戦とは、真田の言葉にあったように彼を囮に使うというもの。中身の入っていない青い鞄を持った真田を走らせ、あの宣教師に追わせるのだ。ローラースケートを履いているので、そう簡単には追い付かれないだろう。そして、その隙に政宗と佐助は自転車で警察署に向かう。時限爆弾を入れたスーパーの袋の中を持って。
この作戦を聞いた時、政宗は素直に感心してしまった。自分だったら咄嗟にこんな策を考え付くことなど出来ないと思う。
ふと大きな黒い塊がこちらに向かってきているのが見えた。あの背格好、宣教師に間違いない。
「ヤツが来たぜ!Good luck、真田!」
「頑張ってよ、旦那!上手くいったら好きなお菓子買ったげるから」
「ぬぅおおぉぉぉ!みぃなぁぎぃるぅあぁぁぁ!」
政宗と佐助の声援を背に、真田は一直線に宣教師の元へと滑走していく。
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