ドスドスと大きな足音を立てて駆け寄ってきた彼は、政宗の持つ鞄を指差しながら叫んだ。
「アナタ間違えてるヨ!それワタシの大事な大事な打ち上げ花火ネ!ドカーンと一発愛ミナギラせて社会をレボリューションするのがワタシの使命なのデース!」
宣教師の言葉を聞いて少し考え込んだ後、政宗はその表情を固まらせてしまった。打ち上げ花火、社会をレボリューション、使命、などという単語から導き出されるのはテロリストという言葉しかなかった。
怪しい宣教師は突然ハッとしたように口に手を当てた。今の言葉は機密事項だったのだろう。今更ながら、それを堂々と自らバラしてしまったことに気付いたらしい。
「オーゥ、トンでもないウッカリさんしちゃったヨ。ネェネェ、聞いタ?今の話全部聞いチャッタ?」
何故か急に馴れ馴れしい口調で尋ねてくる宣教師。この男の言葉と態度からして、鞄に入っているのは本物の時限爆弾だろう。そして、これを使ってテロを起こそうとしているに違いない。嫌な予感が的中してしまった。
今この鞄をおとなしく返せば、この街のどこかで大惨事が起きてしまうかもしれない。自分がこの時限爆弾を持って逃げ切れば、それを阻止することが出来るだろう。まだ作動していないので、望みは十分にある。
一瞬にして考えをまとめ、政宗は覚悟を決めた。
わざとらしいほどニコニコとした笑顔で宣教師に近付く。素直に返してもらえると油断して寄ってきた宣教師に、政宗は素早く足払いを掛けた。彼が路上に倒れ込んだ隙に、鞄をしっかりと抱え込んで全速力で走り出す。
背後から叫び声が聞こえるが、それを無視してがむしゃらに走り続ける。走りながら、ふと政宗はあることに思い至った。これからどこに行けば良いのか、と。
自分の部屋に戻るわけにはいかない。大学やバイト先などは論外である。警察署か交番にでも行けば良いのだろうが、政宗はその場所を知らなかった。走りながら探す余裕があれば良いが、体力的に見つける前にあの宣教師に捕まる可能性の方が高い。
この時、窮地に追い込まれそうになっていた政宗の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「あっれー?何急いでんの、伊達の旦那?」
声の主は猿飛佐助であった。愛用の古びたママチャリに乗っている。籠に入っている大量のスーパーの袋は、佐助が買い出しの帰りであるということを物語っていた。
地獄で仏、とはまさにこのことだろう。政宗は急いで佐助に近付いていき、息も切れ切れに話し掛けた。
「け、ケツ乗せてくれっ……emergency、きんきゅーじたいだ」
「えぇっ?緊急事態ってどゆことよ?」
古びたママチャリの後輪部に足を掛けて、有無を言わさず政宗は後ろに乗る。その切羽詰まった様子と突然の行動に、佐助は驚くしかなかった。
疑問を呈する佐助に、簡単に事情を説明する。
「て、terroristのbomb……時限爆弾、小十郎の野菜と間違えて持ってきちまって、追っかけられてんだよ!」
「なーに言ってんのさ。いくら何でもウソでしょー?……って、ええぇぇぇ!?」
言葉で説明しても埒が明かない。そう感じた政宗は、佐助に鞄の中身を見せたのだ。その中に入っていた時限爆弾にしか見えない物体に、佐助は目を見開いて驚愕の声を上げた。
「マジ?本当にマジもん?てゆーか、後から毛利さんとかが出てきてドッキリでしたー、とかないよね?」
「んなくだらねぇウソ吐いてどうすんだよ?マジでマジなんだっての!てか、交番どこにあるか知ってるよな?」
「知ってる、すぐに向かうよ!でも、あーなにこれ、夢……じゃないよな?」
現実に起こっていることが信じられないとでも言うように、佐助は自身の頬をつねっている。政宗自身も未だに現実のことだとはあまり思えないでいるのだから無理もない。
ふと遠くの方から、あの宣教師のダミ声が聞こえてきた。
「お待ちなさいヨ!お待ちにナッテェー!」
「うわ、来やがった!?猿飛、hurry up!」
「らじゃー!カッ飛ばすからしっかり掴まっててよ!」
自転車のハンドルを握り締め、佐助は思い切り足に力を入れてペダルを踏み込む。その肩をしっかりと掴み、青い鞄を落とさぬよう抱え込んだ政宗は、チラチラと背後を振り返る。あの宣教師は執拗に追い掛けてきていた。
必死の形相で佐助は自転車を漕ぎ続けた。見た目の割に体力はあるらしく、上り坂、凸凹道など各所の難関を2人乗りとは思えないスピードで駆け抜けていく。その肩に掴まる以外に何も出来ない政宗は、心の中で佐助をひたすら応援していた。
こうして、佐助の体力が尽きる前に交番まで辿り着くことが出来た――のだが。
「巡回中だあぁぁぁ!?」
政宗が思い切り叫ぶ。その隣では、佐助が脱力したようにへたり込んでいた。
交番の戸に『巡回中』と達筆な字で書かれた札が下げられている。中には誰もいないらしい。無駄骨を折っただけになってしまった。
「……そういやさ、ここにいる島津って警官のおっさん、お酒が好きでしょっちゅう巡回と言っては呑みに行ってるって噂があってさぁ」
「Really?それって普通にダメ警官だろ!」
「今思い出した……あぁぁ俺様のバカバカ!」
佐助は頭を抱えて、今にも泣きそうな声を上げる。佐助が悪いわけではないのだが、責任を感じているらしい。
政宗は考えた。こうなれば、その島津という警察官を探し出すよりも警察署まで行った方が早い。
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