佐助も大家もダメだった。毛利が知っていて、且つ真似しやすい人物。これはもう彼の真似をするしかない。毛利の腐れ縁、もとい幼馴染みである彼を。

早速政宗は右目にしていた眼帯を左目に移し変えようとしたが、少し悩んでやめた。自分の右目を誰かに見られるのはあまり気分の良いものではない。それにそこまでする必要はないだろう。

その代わり、鞄の中から赤いスポーツタオルを取り出した。今日は運動をする必修講義があるため、真田から借りてきたのだ。そのスポーツタオルを元親がしている眼帯のように左目の回りに巻く。

その瞬間、ぶふ、という毛利が吹き出したような音が聞こえてきた。両目に眼帯をしているので全く何も見えない状態なのだ。その両目眼帯という姿が笑えるのだろう。

毛利の珍しい反応に少しだけ気を良くした政宗は次の出し物に取り掛かり始めた。

「はっはっはー!まぁたやっちまったぜ!原付乗ってたら爆発しちまっ……」

ぼぐっ、という鈍い音がエレベーターの中に響いた。政宗が毛利に殴られたのだ。捻りを加えた右ストレートを顔の中心に。どこにそんな力が残っていたのだろうか。

政宗は鼻を押さえて蹲る。どうやら鼻血が出るまでには至ってないが、余りにも痛いので左目を覆っていたスポーツタオルを外して鼻に当てた。

「あやつの真似などするでない!余計に気分が悪くなるわ!」

「十分元気じゃねーか!?治ったのかよ!」

先程までの死にかけた様子はどこへやら。プンスカと怒りをあらわにする毛利に、政宗は痛む鼻を押さえて抗議する。

しかし、真似をしただけでここまで怒るとは、余程元親のことが気に入らないらしい。過去に何かあったのだろうか。政宗は不審に思う。気になるが、今はそれどころではないのだ。

政宗の言葉にハッとしたような表情を見せた毛利は、慌てて口元と胃を押さえ込んだ。わざとらしいにも程がある。政宗の疑いの視線に気付いて、更に咳き込み始めた。

「うぅ、こ、このままでは、胃の内容物が、ほ、迸って……うぅぅ」

随分と余裕のある物言いである。益々嘘っぽい。しかし、もし本当にまだ気分が悪いのであれば、いずれ最悪の事態を迎えることになる。

はぁ、と政宗は深い溜め息を吐いた。溜め息を吐くと幸せが逃げていくというが、逃げるような幸せなど元からいないに違いない。只でさえこんな状態なのだから。

再び軽い溜め息を吐く。これだけはしたくなかった。出来ることなら、真田の真似だけはしたくなかった。血圧が一気に上がるだろうし、絶対後で疲れるに違いない。しかし、もう政宗に出来る物真似と言えば彼しかいなかった。

意を決した政宗は手に持っていた赤いスポーツタオルを頭に巻き始めた。あの特徴的な鉢巻きの代わりだ。政宗の行動に、毛利は心の底から楽しんでいるような視線を向けてきた。少し睨むと、またわざとらしく咳き込み始めたが。

すぅ、と大きく息を吸い込み目を閉じる。あの熱血馬鹿の口調や行動は今まで嫌というほど見てきた。だから完璧に真似することが出来るだろう。政宗はカッと目を見開いた。

「すわぁすけえぇぇぇ!俺の団子がどこかに行ってしまったああぁぁぁっ!どこだあぁぁ!?あああったあぁぁ!」

毛細血管が切れそうなほどの大きさのダミ声を出して、政宗は団子を探す振りをする。額に手をかざしてキョロキョロと団子を探していたが、それを見つけると全身を使って喜び始めた、という一通りの流れを演じた。

政宗は一線を越えてしまったようだ。

笑いを堪えきれなかったらしい毛利がぶふっと吹き出した。プルプルと震えながら声を上げて笑うまいと必死に抑えている。

こうなれば毛利を徹底的に笑わせてしまおうか。色々と吹っ切れてしまった政宗は更に畳み掛け始めた。

「毛利殿おぉぉ!某、新しいめにゅーを考えたでござる!その名もオクラのオクラ和えでござる!」

鬱陶しいほどの暑苦しさを伴った動きで毛利に話し掛けた。オクラのオクラ和えとは実際に真田が生み出したメニューだ。毛利は目に涙を浮かべて笑うことを我慢している。

あと一息で大笑いするかもしれない。政宗は俄然張り切り出した。ここまで来たら毛利が腹を抱えて笑っている姿をなんとしても見たい。

真田の物真似に全神経を集中させていた政宗は気付いていなかった。

止まっていた筈のエレベーターが動き始めていたことに。

そして、上からチーンという音がしていたことに。

「ぅうおやかたさむわあぁぁぁ!某はっ!それが……」

政宗は凍り付いた。いつの間にかエレベーターの扉が開いていたのだ。そこには二人の女子学生。政宗の方を見て二人でクスクス笑っている。

政宗の顔が一気に赤くなった。真田の真似をしている姿を人に見られるなんて最悪だ。しかも女子に。変態か何かだと思われたに違いない。

当の毛利は腹を抱えて蹲まった状態で、プルプルと小刻みに震えていた。声を出さずに爆笑しているらしい。

そりゃ、あんな姿を人に見られたら笑えるよな。政宗のこめかみに青筋が一本浮かんだ。

左手で鉢巻き代わりにしていたスポーツタオルを外し、右手で毛利の襟首を掴んで引っ張り上げた。そのままズルズルと引っ張っていく。

今から講義に向かえば遅刻という扱いになるが受講は出来る。

――だが。

「なっ!?何処へ行くつもりだ!」

「まだ気分悪いんだろ?だったらwater closetに行かねぇとなァ?」

有無を言わせぬような政宗の気迫に驚いた毛利は押し黙ってしまった。襟首を掴んだまま政宗は目的の場所へと進んでいく。

男性用のトイレに着くと、政宗は毛利を個室に無理やり押し込んで扉を閉めた。その扉に全体重を掛けてもたれかかる。これで中からは開けられないだろう。背後から文句やら恨みの籠った罵倒やら呪いの言葉やらが聞こえてくるが知ったことじゃない。

あんな恥ずかしい思いをしたんだから、少しぐらい復讐したって神様も許してくれるだろう。絶対に講義を休みたくないと思っている毛利に対しては効果的な復讐だと思う。

あと一時間ほどの辛抱だ。腕時計で時間を確認した政宗は中にいる毛利に声を掛けた。

「これでお互い様ってヤツだろ?」

「貴様っ、絶対に許さぬぞ!」

毛利は激しく扉を叩きながら喚いている。十分元気だからしばらく閉じ込めておいても大丈夫だろう。

今日は朝から最悪だ。やっぱり元親の不幸が感染ったのかもしれない。バイトに行ったら元親を一発殴ってやる。

毛利の罵声を背後に聞きながら、政宗はそんなことを考えていたのであった。



―終―


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