仕方がない。覚悟を決めた政宗は鞄の中から財布を取り出した。随分前から使っているもので、皮が磨り減ってよれよれになっている。

その中から100円玉を一枚取り出すと、毛利に見せつけるようにその目の前へと差し出した。

「なんだ、び、貧乏自慢か?」

「No!違う!これをよーく見てな」

政宗は右手の人差し指と親指で100円玉を持ちながら、両手をヒラヒラと動かした。そのまま100円玉を上に弾いた。くるくると回転しながら落下してきた硬貨に向かって両手を突き出す。そして同時に硬貨を握り締めるような動作をした。

「Which?」

どちらの手に100円玉があるのか。政宗は握り締めた両手を毛利に見せながら訊ねた。

政宗の動きを注意深く追っていた毛利は、さも簡単であるというように口の端を上げた。気持ち悪さも少しは紛れたらしい。

「……右であろう」

自信に満ちた表情で毛利は答える。そんな彼を見て、政宗はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

両の手のひらを同時に開く。そこには何も載っていなかった。ある筈の100円玉が跡形もなく消えていたのだ。

まるで奇術のような政宗の動きに毛利は目をパチクリと瞬かせていた。何処にやった、としばらく政宗の全身を眺めていたが、突然何か閃いたようだ。

「ま、まさか食ったのか?そして胃の中に……うぅ」

「んなワケあるか!ってか変な想像すんなよ!」

自分で呟いた胃の中という単語に反応して、気持ち悪さが振り返してきたようだ。毛利は必死に胃の中から込み上げてくるものを嚥下している。

これ以上やったら逆効果になりかねない。毛利の有り得ない連想のせいで、この一発芸を続けることは出来なくなってしまった。

政宗は右腕の袖に隠していた100円玉を出して財布の中に入れる。たとえ100円であろうと無駄には出来ない生活を送っているのだ。

取り敢えず、もう出来るような芸がない。それを毛利に告げた。

「もう他にやることが思いつかねぇよ。何かあるか?」

「も、物真似は如何だ?」

毛利が気分悪そうに口元を押さえて答える。しかし、幾分楽しげな口調に聞こえるのは気のせいだろうか。

物真似。あまりやったことはないが、身近な人間ぐらいなら簡単に真似出来そうだ。どんな事であろうとやるならば徹底的にやる。そう決めている政宗は完璧を目指すために、物真似し易い人物を選び出した。

隣家の世話焼きな男。よく一緒にいる彼ならばすぐに真似も出来る。口調と動きを少し軽い感じにすれば良いのだ。政宗はうっすらと佐助のような笑みを浮かべて、その口調を真似始めた。

「ねぇねぇ毛利サン。たまにはオクラ以外のものも欲しいんだよねぇ」

「だ、誰だそれは?」

にべもなく一刀両断されてしまった。結構自信のある物真似だったのに。

しかし政宗は諦めなかった。ここで引き下がったら男が廃る。いや、それより余計に恥ずかしさが込み上げてくるだろう。

毛利の言葉に負けじと、政宗はあの独特の手振りをつけながら苦笑いを浮かべて、佐助の真似を続けた。

「いやいや、悲しいねぇ。俺様のこと忘れちゃった?」

「もしや猿飛か?はっきり言って全く似ておらぬぞ」

政宗のハートに刃物のような毛利の言葉がぐっさりと突き刺さる。中々評価が手厳しい。そんなに似ていなかったのだろうか。てか元気じゃねぇか、と政宗は心の中で毒づいた。

佐助を真似るのはどうも難しい。もっと特徴の分かりやすい人物にした方が良いだろう。

しばらく考えていた政宗の脳裏にある人物が浮かんだ。彼ならば一発で分かるに違いない。分からなければ「おた荘」住人失格である。

政宗はおもむろに腰を曲げてそこに手を当て、わざとらしいほどに咳き込む。そして甲高く且つほんのり嗄れた声を無理やり出し始めた。

「ごほごほ、このおだわら荘はご先祖様の代から受け継いでいるのぢゃ!こここ腰がぁっ!」

一回の台詞の中に、おだわら荘の大家・北条氏政の特徴をこれでもかと詰め込む。これならすぐに分かるだろうと、政宗は腰を曲げた姿勢のまま毛利をチラリと見た。

当の毛利は何が何だか分からないというようにポカンとしている。政宗の思惑は外れてしまったようだ。

「な、何だそれは?」

「何だって大家のじいさんだよ。似てるだろ?」

「……我は大家など知らぬ」

そこまで言われて政宗はようやく気がついた。毛利は「おた荘」の住人ではなく居候、もっと言えば不法侵入者である。だから大家のことを知らなくても仕方がない。

いつも政宗の部屋にいるので、つい佐助や真田と同じように「おた荘」の住人と勘違いしてしまったのだ。何とも紛らわしい男である。

しかし、北条の真似が似ていないから毛利が呆けていたのではなくて本当に良かった。これ以上似ていないと言われれば、心もプライドもズタボロになってしまう。そんな本題とは少しズレたことを考えていた政宗はホッと胸を撫で下ろした。

毛利の気を逸らすことが目的だった筈なのに、何故だか政宗の一人物真似大会になっていた。政宗の心の中では、物真似で如何に厳しい審査員・毛利を唸らせられるかという目的にすりかわっていたのである。



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