問題は学内に入ってからであった。

講義が行われる教室は4階にあり、今の毛利に階段を上らせるのはかなり不安である。肩を支えていっても良いが、それでは時間が掛かり遅刻してしまうかもしれない。そんなに時間に余裕はないのだ。

政宗は仕方なくエレベーターを使うことにした。古い校舎ではあるが、年老いた教授用にエレベーターが配備されている。確か1階の突き当たりにあった筈だ。

毛利の黒い鞄と自分の青い鞄を下げて、政宗は人気の全くない廊下の突き当たりへとやってきた。毛利は壁に手をあてて、へろへろと歩いてきている。その頼りない雰囲気は生まれたての小鹿を見ているようだ。

「コレ乗ってくけど大丈夫か?」

「……多分」

良く言えば時代を感じさせる、ぶっちゃけて言えばボロい。そんなエレベーターなので多少揺れたりするかもしれないが、そこら辺は何とか我慢して欲しい。

扉の横に設置されている上ボタンを押して、しばらくするとエレベーターはやってきた。チーン、というありふれた音に合わせて扉が開く。

政宗は素早く乗り込んで開と書かれたボタンを押した。毛利もよたよたと急いで乗り込んでくる。中に入ると壁にもたれてしゃがみ込んでしまった。開のボタンから閉のボタンへと政宗は指を移した。ガタガタと音を立てて扉が閉まる。

これが悲劇の幕開けであった。

すぐに4階まで到着するだろう。そんな風に呑気に構えていた政宗と、気分が悪そうに蹲っている毛利を乗せたエレベーターは順調に上昇していった。

3階を越えて目的の4階に近付いた――ちょうどその時。

「……なんだぁ?」

ガコン、と異様な音を発してエレベーターは止まってしまった。

突然起きた出来事に政宗と毛利は互いに顔を見合わせる。故障でもしてしまったのだろうか。

幸いにも、このような事態が起きた場合のための緊急用ボタンがエレベーターには設置されている。政宗は外と連絡を取るべく、そのボタンを押して助けを呼び始めたのだが。

「Shit!こいつも壊れてやがる!」

その緊急用ボタンもどうやら故障しているようだ。仕方なくガンガンと扉を叩いてみるが、全く何の反応もない。

八方塞がりの状態に陥ってしまった。誰かがエレベーターの故障に気付いてくれるまで、この中で過ごさなくてはならない。

こんな時にタイミング良くエレベーターが止まるとは、もしや元親の不幸が感染してしまったのだろうか。原因は兎も角、講義には間に合いそうもない。

そんな下らないことを考えていた政宗の耳に、とんでもない言葉が聞こえてきた。

「は、吐きそ、うだ……」

「だぁぁっ!?ちょっと待てえぇぇ!」

顔面蒼白な毛利の言葉に、政宗は恐慌状態に陥った。こんな狭いエレベーターの中で嘔吐などされれば、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となる。更に故障して動かない状態なので、いつ解放されるか分からない拷問を受け続けることになるだろう。

この悲劇以上の惨劇だけは何としても阻止しなくてはならない。

こうして大変厳しい状況に置かれてしまった政宗は、冒頭から己の現状を振り返っていたのだ。

回想するのは良いが、それをしても現状が良くなるわけではない。陰鬱な溜め息を一つ吐き、政宗は毛利に声を掛けた。

「おい、我慢できるか?てかしてくれ。こんなトコでreverseすんのだけは勘弁してくれよ!」

「う、五月蝿い……それぐらい、わ、分かっておる」

口元を押さえて毛利が反論する。外で嘔吐するなど末代までの恥である。そう考えている毛利にしてみれば、何としても我慢するしかないのだ。

政宗にとっても毛利にとっても、極限的な状況であるのは変わりない。この事態を打開するために、2人とも鈍っている頭をフル回転させて対策を考えていた。

しばらくして毛利が何かを思い付いたらしく、その視線を政宗に向けた。

「伊達よ、我の気を紛らわせる、よ、ようなことを、しろ」

「気を紛らわせるって、一体何すりゃいいんだよ?」

毛利の意識を吐くという行為から遠ざけるという案であることは理解出来る。他に意識を集中させれば、吐き気もなくなるかもしれない。

しかし具体的に何をすれば彼の気が紛れるのか、政宗には分からなかった。

「何でも良い……!一発芸であろうと何であろうと貴様のやることならば大概笑える筈だ」

誉めているのか、馬鹿にしているのか判断のつかないことを毛利は言う。

何をムチャクチャ言ってやがる。普段ならばこう言い返すだろう。しかし、今は緊急事態。変なプライドに固執して、惨事を招いてしまうのは愚かとしか言いようがない。

毛利の言う通り一発芸的なことをして、その意識を他に向けさせるべきであろう。しかし、一発芸と簡単に言うが、一般的な学生である政宗に出来ることは限られている。



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