はぁ、と本日何回目になるのか分からない溜め息を吐く。いつまでもこんな状態でいるわけにはいかない。あまり頼みたくはなかったが、政宗は仕方なくかすがに救出を要請した。
「なぁ、こっから出るの手伝ってくれよ」
「全く、手のかかる奴らだ」
そう答えるが早いか、かすがはそのスラリと伸びた形の良い右脚を2人に向けた。政宗が制止する間もなく、かすがの鮮やかな蹴りは見事2人にヒットした。
どがっ、という鈍い音と共に政宗と元親は倒れ込む。運悪く政宗は元親の下敷きになってしまった。重いし痛い。
もう嫌だ!何でこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ!ちくしょうっ!
心の中で怒りを爆発させる政宗であった。
* * *
――午後9時過ぎ。
精神的にも肉体的にも疲労がピークに達していた政宗は、フラフラと覚束ない足取りで店の裏口から出てきた。その後ろに元親が続いている。
「確かここから近いんだよな、おた荘」
「……Yes」
ウキウキとした口調の元親に対して、政宗は今にも消えてしまいそうなか細い声で答える。面倒な約束をしていた事を思い出して、激しく後悔をしていた。
本日のバイト終了後、政宗の部屋に元親を招待する約束をしていたのだ。
『おた荘』とは政宗が住んでいるおだわら荘の略称である。アパートの前に立っている小さな門には『おだわら荘』という文字が書かれている。その『だ』の濁点が消えてしまっているので、周りの者から『おた荘』と呼ばれているのだ。
ちなみに、大家はその門の事を『栄光門』と呼んでいる。どこに栄光があるのか分からないほど粗末な門なのだが。
おだわら荘は近所でも有名だった。今にも壊れそうなほどボロい建物、一風変わった大家、色々な意味でオカシイ住人。そんな噂を元親も聞いていたらしい。政宗がそこに住んでいると話したら、是非遊びに行きたいと言い始めた。特に何も考えずに快諾した事を政宗は今になって後悔する。
別に自分の部屋にバイト仲間を呼ぶことに抵抗はない。むしろ友人が出来たようで嬉しいのだ。しかし、不幸体質の元親を呼ぶという事に不安を感じる。更に、部屋に入り浸っている連中の事も心配だ。見知らぬ者を連れていけば大騒ぎするに違いない。特に真田あたりが。
嫌な予感をヒシヒシと感じながら、政宗は疲れ果てた体を引き摺るように歩いていく。
「そういやまだbike見つからねぇのか?」
「まだ見つからねーんだよ。いっそ新しいの買っちまおうかな?」
「また盗まれんのがオチだろ」
他愛もない会話をしながら足を進めていた2人の前に目的の建物が現れた。夜に見ると、古臭さよりもお化け屋敷のような怖さを感じる。
カンカン、と錆びた鉄製階段を昇っていく。二階の突き当たりが政宗の部屋だ。
「すっげぇな!壁殴ったら穴あきそうだ!」
何が凄いというのか。妙にはしゃいでいる元親の声を後ろに聞きながら、政宗は上着のポケットまさぐった。夜はまだ肌寒いので上着は必需品である。
ポケットから部屋の鍵を取り出して扉の前に立った瞬間、政宗の顔が不機嫌そうに歪んだ。
扉に書かれた『201』という数字の下に、木製の大きな表札がつけられていた。そこに書かれていたのは『日輪同好会本部』という達筆な文字。
明らかに毛利の仕業だ。
政宗は無言でガチャガチャと鍵を差し込んで乱暴に扉を開くと、そのまま勢いよく部屋に入っていった。
政宗の様子に気付いたのか、外を眺めていた元親が扉を見る。そして驚いたように眉尻を下げた。
「日輪同好会……って、まさか」
ポツリと呟いた元親は政宗を追って、慌てて部屋の中に入っていった。
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