ここまでやって政宗の嘘に騙される者はいなかった。今、残された相手は目の前にいる佐助一人。この部屋にいる面々の中で唯一一般常識が通じる強敵を相手に、政宗はどう戦えば良いのか。

負け戦とは分かっているが、挑まぬわけにはいかない。敵前逃亡などという失態を見せるわけにはいかないのだ。政宗は疲労に満ちた顔を佐助に向ける。

「そうだ、佐助。アンタに言っとかないといけないことがある」

「え、なになに?」

「ずっと隠してたんだが、実はオレ……女だったんだ」

佐助相手ならば、これだけあり得ない嘘で良いだろう。すぐに看破されるぐらいならば、分かりやすい嘘を言って無駄に傷口を広げないようにしておいた方が良い。諦念にかられた政宗は、真っ白に燃え尽きたプロボクサーのような気持ちで佐助に嘘を告げた。

そんな政宗の言葉に、意外にも佐助は目を丸くする。

「えぇっ、そうだったんだ!まーさんって、女の子だったんだ!」

ええー、それってエイプリルフールの嘘だろー。そんな一言が返ってくると思っていた政宗の予想が裏切られた。いつもの佐助ならば、そんなことを信じるはずもない。久方ぶりにまーさん呼ばわりされたことにすら気付かないほど、政宗は動揺していた。

「女の子として生まれたけど、男の子が欲しかった父親に昔から男として育てられたっていう、そういう系?」

そういう系ってどういう系だ!と突っ込みたいが、そんな気力も体力も疲れ切った政宗には湧いてこなかった。どう反応して良いのやら分からず、しばらくもごもごしていたが、

「い、いや、その、これはApril……」

「やっぱ、そうだったんだ!実は俺もうすうすそうなんじゃないかな〜って思ってたけど」

政宗の言葉を遮って、佐助は一人早合点をする。うすうすってどういうことだろう。前々からそう思っていたということか。そう理解して、政宗は混乱し始めた。

「何を騒いでおるのだ」

冷蔵庫に飲み物を取りに来た毛利が尋ねる。救世主の登場だ、と政宗は思った。いつもは疫病神などの類に近い毛利であるが、今の政宗にとっては救世主と言っても過言ではない。

そんなもの、嘘であろう。そう冷たく言い放って、佐助の勘違いを止めてくれるに違いない。そんな淡い期待を抱きながら、毛利を見る。佐助が毛利に騒動の原因を説明していた。

「ほう、貴様が女子であったとは……全く気付かず失礼したな」

何故に信じる。しかも、普段ならば絶対に謝罪などしないであろう毛利が「失礼した」などと謝ったのだ。明日は雪でも降るかもしれない。

いや、それどころではない。あの毛利も信じてしまったのだ。このままでは拙い、と政宗は焦り始めた。

「え、え、政宗って女の子だったの!?それなら最初から言ってくれれば良かったのに!」

この騒ぎに気付いて、慶次までやってきてしまった。政宗の体型のどこをどう見れば女性に見えるのか。その眼は節穴を通り越して、木の洞にでもなっているのではないか。思わず政宗は頭を抱えてしまった。

「違う!違うっての!オレは」

否定しようとする政宗の胸に、慶次がおもむろに手をあてた。突然の出来事に、政宗は頭の中が真っ白になった。

「んー、貧乳っていうか、ない乳っていうか……これじゃ男と思われても仕方ないなぁ」

「ぬうおぉぉおぉ!破廉恥でござる慶次殿!女子の!胸を!触るなど!」

削ったばかりの鉛筆を指と指の間に挟みながら、真田が鬼気迫る形相で慶次に詰め寄った。真田が政宗を女だと信じているのは仕方がないこととして、鉛筆を武器にしてにじり寄ってくるのは勘弁してほしい。

気付けば、ちょっとした嘘で収拾のつかない事態になりつつある。

「Goddamn!オレは女じゃねええぇぇぇ!April foolの嘘だっつーの!」

我慢の限界を超えた政宗は、両手を振り上げて喚き散らした。普段、coolを信条としている政宗にとっては正反対の振る舞いである。そんな信条などに拘っていられる余裕が今はないのだ。

「ぬあぁんであんな嘘信じやがった、佐助?」

「だって、伊達の旦那が必死で嘘吐いてるのに誰も信じないしさ。可哀想だから、俺様ぐらいは信じた振りしたげようかなって思って」

渾身の嘘が空回りする政宗の様子を不憫に感じていたのだという。ある意味で同情されていたらしい。その話を聞いて、政宗は空回りしていた自分が悲しいというか恥ずかしいような気分になった。

「そう思ってたら、あり得ない嘘言うんだもん」

もしあの時、リアリティのある嘘を吐いていたらこんな事態にはならなかったのだろう。その優しさが仇となったのだ。

親切心で政宗の嘘を信じた佐助とは違い、毛利は毛利で嘘と知っていながらからかうつもりでその嘘に便乗したに違いない。慶次と真田に至っては、佐助と毛利が信じたのだからという理由で釣られて信じてしまったようだ。

ガタン、と玄関が開く。元親が戻ってきたのだ。ちょうどいい。これでエイプリルフールはお開きだ。今日は妙に疲労の溜まる一日だ。そう思って、元親の帰りを迎える。

「政宗!」

そうすると、突然がしっと肩を掴まれてしまった。神妙な顔をした元親などあまり見られないので、不思議に思っていると、突然申し訳なさそうな声で謝り始めたのだ。

「すまねぇ!お前が女だったなんてずっと知らなくて、男みたいに扱って悪かった!」

「Hey、元親……どういう経緯でそんなことになった」

「玄関開けようとしたら、中からお前が女だって話が聞こえてきてよォ」

扉の前に立った時に、中で騒いでいたことが聞こえてしまっていたらしい。その後の嘘だとネタばらしをする肝心なところは、電話が掛かってきたとかで聞き逃してしまったようだ。

まさか、この元親を騙せるとは。政宗はなんだか嬉しい気分だった。朝のrevengeは果たせたような気がする。

そんな気はするが――。

「すまねぇ、政宗ええぇぇえ!」

超めんどくせぇ。政宗はがくりと肩を落とす。誤解を解くのに、一から説明をしないといけないのだろうか。この際、変顔をしながら「うっそぴょーん」などと言ってやろうか。そんな事を沸々と考えていた。

周囲の面々は愉しそうに眺めているだけで、誤解を解こうなどという素振りも見られない。真田に至っては、政宗が本当に男なのか女なのか分からなくなって混乱をきたしているようだ。

もう不用意に嘘なんて吐くまい。政宗はそう心に誓ったのであった。



―終―



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