真田に次いで、再び政宗自身に飛び火するのではないか。ふと、そんな心配が頭をよぎる。自分に話が来る前に、政宗はさっさと話題を変えることにした。

「インコ割のインコって鳥のインコだよな」

インコどころか鳥など、この部屋で飼っている人物はいない。鳥頭ならイヤと言うほどいるが。この鳥という政宗の言葉に毛利が反応した。

「インコではないがオウムならば、長會我部。貴様の実家で飼っておらぬか」

「飼ってるけどよォ、ここまで今連れてくるのは無理だぜ」

「使えぬ奴め……!口笛を吹いたら召喚するぐらいの術は身につけておかぬか」

毛利の理不尽な悪態を、長曾我部はへーへーと言って流す。これで怒らないのは流石だ、と政宗は思う。付き合いが長いため、その性格を熟知しているのだろう。自分ならば、腹を立てているに違いない。政宗は長會我部に尊敬の念と憐れみを含んだ視線を向けた。

その時、突然真田が奇声を上げた。何か閃いたような雰囲気だ。政宗だけでなく、周りの者たちも思わず真田を見つめる。当の真田は妙な笑みを浮かべながら、学生鞄を漁り始めた。

真田の鞄の中からは様々な物が飛び出てきた。お館様人形のミニバージョンやお菓子についてくるおまけなど、おおよそ勉学に関係のないものばかりである。中身をぶちまけるかの勢いで探した結果、真田の手には画用紙と鋏、そして黒いマジックが握られていた。

「旦那、何するつもりなわけ?」

「ぬっふっふっふ……」

佐助に不安そうな視線を向けられる中、真田は変な笑い声を上げて画用紙を鋏で切り始めた。しゃきしゃきと切り進めて出来たのは、大きな葉のようなものが2枚。それに黒いマジックで柄を描き込んでいく。

そうして出来たものを、真田は慶次の肩に載っている夢吉にファサリと被せた。どうやら真田が作っていた葉のようなものは、羽に見立てたものだったようだ。黒い柄はインコの羽の柄を表しているらしい。

「このように、夢吉殿を鳥に擬態させるのは如何でござるか!?」

「きぃ……」

画用紙で即席コスプレをさせられた夢吉は困ったように鳴いた。慶次も思わず困ったように眉尻を下げた。佐助も困ったように笑っている。困りに困った面々の隣では、真田が酷く満足げに頷いていた。

「インコ……に見えなくもねえな」

長會我部が呟く。一見、変な柄の紙を羽織っている小猿だが、これでインコだと言い張ればインコに見えないこともない。

無理やり感満載のインコではあるが、これで試してみる価値はありそうだ。これで押し通すことが出来れば儲け物である。

「あとは中二割かぁ」

「いくら慶ちゃんでも中学二年生には見えないもんね」

中二、いわゆる中学二年生のことであるが、慶次を中学二年生と言い張るには無理がある。最近の子供は背も高く、大人に負けない体格をしているとはいえ、成人男性然とした慶次の雰囲気からは中学二年生を主張するのは難しいだろう。

真田の制服を借りれば、少なくとも義務教育中の学生と言うことも出来るだろうが、如何せんサイズが合わない。中二割という名目の割引なので、見た目以外で言い張る方法はないか。そんなことを政宗が考えていると、毛利が慶次を再び指さした。

「前田よ。ピザ屋が来たら、右手を押さえつつ、苦しげにこう呟くが良い。『俺の右腕に潜む魔王が暴走する前に、ここから立ち去れ!』とな」

「それは違う中二っしょ!」

「違うも何も、中二は中二であろう。巷で流行りと聞くぞ」

中二は中二であるが、症状に近い中二である。そんなものが巷で流行っているなど、毛利はどこで情報を仕入れているのか。

「本気でそれ言うのかい?」

「無論。それ以外でそなたが中二と言い張ることの出来るものはなかろう?」

そんな恥ずかしい台詞を素面で言うのは勘弁とばかりに慶次は訴えるが、毛利はばっさりと切って捨てた。

言うは一時の恥。言わぬは皆から大顰蹙。特に毛利の提案であるため、それを受けなければ毛利から嫌らしい報復が待ち受けていることが予想される。

ううぅ、と頭を抱えて唸った後、慶次はがくりと肩を落とした。そして、親指を立てた拳を力なく上げたのであった。言葉はないが、これは了解のサインである。

観念した慶次に少しだけ同情しつつ、政宗は次の割引に目を移した。

「あとは、一階割か。コイツはちょっと難しいかもな」

「ここ二階だもんなぁ。下は前田さんとこか、大家さんとこか」

「もしくはザビー様のところか」

毛利がザビーに対して様付けをしていることがかなり気になるが、それに言及する勇気は政宗にはなかった。知らぬ間に、毛利は胡散臭い愛に目覚めつつあるようだ。

日輪だけでなくザビーの教えにまで傾倒するとなれば、さらに面倒ごとが増えるに違いない。政宗が渋面を作って毛利を見ていると、突然佐助がポンと手を打った。

「ここは1階だって言い張れば良いよ。下は地下室だって言えば。訳あって、今日だけ地下から顔を出してる地下室だって言っとけば何とかなるって」

「ここは秘密基地かよ!」

佐助の提案に、思わず政宗は突っ込んでしまった。無理矢理にもほどがある。そんな話をピザ屋が信じてくれるのだろうか。

しかし、2階に位置するこの部屋を1階と言い張るには、誇大妄想にも近い無理矢理さが必要なのかもしれない。1階の住人を頼る、もとい巻き込むことも難しい現状ならばこれしか方法はないと言っても良いだろう。

佐助の提案は政宗以外にはすんなりと受け入れられた。他の案を考えるのが面倒なのか、その案で押し通すことができると思ったのか。一人だけ反対して、対案を出せと言われるのも面倒なので、政宗も1階だと言い張る案に賛成することにした。

何はともあれ、一階割については佐助の案で通すことになった。後は、最後の割引を残すのみである。

「やさしさ割なら、慶ちゃん超得意じゃん」

「そうだな。配達に来た奴に労いの言葉を掛ければいいんじゃねぇの?」

佐助と長會我部の言う通り、慶次は誰に対してもやさしいので、この割引にはぴったりである。思いがけない褒め言葉に、慶次はへへへと照れた笑いを浮かべた。

この割引に関しては問題ないだろう。慶次の性格をそのまま利用できるのだ。

こうして、全ての割引に対応できる態勢を整えることが出来た。今晩の夕飯は、全て慶次の対応にかかっていると言っても過言ではない。

皆から期待に満ちた目を向けられ、慶次は再び困ったようにへらへらと笑う。そんな慶次の腕を佐助が引っ張る。隣の部屋で準備をしてくるのだという。おさげやら何やら準備が必要らしい。

果たしてどんな姿になるのか。いまいち想像がつかないが、佐助が一緒ならばうまくやってくれるだろう。佐助に促され、慶次は壁の穴から202号室へと移動していった。

しばらくは待つ時間となる。それぞれ好きな場所で適当に過ごしていた。ちょうど真田の腹の虫が激しい自己主張を始めた頃、準備を終えた慶次がのそのそと壁の穴をくぐってきた。

ぶふっ、と長曾我部が吹き出したのを皮切りに、室内に笑い声が響いた。主に政宗と長曾我部の笑い声である。毛利は声に出さずに笑いを堪えているようだ。真田は笑うどころか、何故か感動にうち震えていた。

「ほんとーに、これでいくのかい?」

2つに分けたおさげ髪に、鼻眼鏡をかけた慶次。胸には『日輪同好会 宴会活動課課長 前田慶次』と書かれた即席の名札が付けられ、その肩には鳥に擬態した夢吉がのっている。

「なんていうか、これぞ変態!っていう見本だねぇ」

「笑いごとじゃねええぇぇよ!」

笑いながら言う佐助に、慶次は抗議する。こんな大道芸人でもしないような格好をさせられれば、流石の慶次でもキレるのは当然だろう。

笑いすぎてむせた長曾我部の背中を叩くのではなく、どついていた毛利が慶次に声をかけた。

「これで先ほどの中二の台詞を呟けば完璧であろう」

「その台詞の後にね、配達ご苦労様って言ってあげなよ。やさしさ割だよ」

口ぐちに勝手なことを言う傍観者に、慶次は珍しく顔をひきつらせる。自分だったらキレて暴れているかもしれない。そんなことを考えながら、政宗は素っ頓狂な格好の慶次を眺めていた。

不意に、部屋の扉を叩く音が聞こえた。ピザ屋が来たのだろう。真田は無駄にファイティングポーズなどとっている。

「よし、行け前田!」

小声で毛利がけしかける。こうなればインパクト勝負である。計画通り全てが上手くいくかどうかは、慶次の一挙一動にかかっている。

大股で慶次は玄関に向かっていく。そして、扉を勢いよく開け放って、高らかに叫んだ。

「俺の名前は前田慶次!名字は前田!今は独り身の寂しい前田さ!一応ここは1階だよ!下は地下室でね。ぐっ?ううぅ、拙い!俺の右腕に潜む魔王が暴走する前に、ここから立ち去れ!あとピザの配達、御苦労さん!」

長い台詞だったが、慶次は息を継ぐ間もなく言い終えることができた。大成功だ。後ろで見守っていた面々がそう思った瞬間、慶次の顔が強張った。

「慶次……また我を忘れるほどお酒を飲んだのでござりますか?」

「まっ、まつ姉ちゃん!?い、いや、そのっ」

険しい表情で立っていたのは、慶次の叔母にあたるまつだった。ピザ屋ではなかった。気付くのが遅かったせいで、慶次は醜態を晒す羽目になってしまった。身内にこんな姿を見せるなど、罰ゲームに近い。

そして、さらにその相手が悪かった。品行に厳しいまつに常軌を逸したような姿を見られてしまったのだ。

「いつもフラフラ遊んでばかりで……。今日という今日は許しませぬ!」

「いでででで!」

ぴしゃりと言い放ったまつは、慶次の耳を引っ張って出ていってしまった。

情けない格好のまま、外に連れ出されていった慶次に、政宗は心の中で合掌した。間が悪いとはこういう時のことを言うのだろう。

そんな慶次の不幸に伴って、問題が発生することとなった。

「どうすんだよ、この状態……。主役がいなくなっちまったら、どうしようもねぇだろ」

ピザ屋の割引を一身に背負った生け贄が消えてしまったのだ。このままでは割引条件を全てクリアするどころの話ではない。使える割引がほとんどない状態にない状態なのだ。

「ならばここは一つ、伊達が人差し指と親指で輪を作って、己の両目に当てて『これぞ本当の伊達眼鏡!』と言う作戦はどうだ?」

「絶対No!っていうか、まだ引っ張んのかよ、そのネタ!?」

毛利の提案を、政宗は全力で拒否した。まさか今更自分に話が振られるとは思ってもいなかった。

伊達眼鏡なんて恥ずかしいネタなど絶対にやりたくない。びきびきと頬をひきつらせていると、佐助が毛利の援護射撃に出た。

「それ、めいあ〜ん!メガネは慶ちゃんが持っていっちゃったし、他に代用出来るようなのもないしね」

「独り身なのは言うまでもありませぬな!」

活き活きとして言う真田は後で殴るとして、毛利の案に便乗する佐助を政宗は睨みつけた。単に面白がっているのだろう。

可哀想な慶次の身代わりとして、新たな生け贄に選ばれるのは御免だ。しかし、このままではピザ屋が来てしまう。毛利と佐助の無言のプレッシャーを政宗は感じていた。何も言われず、見つめられるだけという行為がこれほど恐ろしいものだとは知らなかった。長曾我部はニヤニヤと笑って成り行きを眺めている。

コンコンという扉を叩く音と同時に、ピザ屋の来訪を告げるかけ声が外から聞こえてきた。ここで何もしなければ、後々まで言われ続けるに違いない。毛利など事あるごとに言い続けるはずだ。むしろ、眼鏡ネタだけというのは慶次に比べ、まだ救いがあるといえよう。

そんなことを一瞬のうちに考え、政宗は覚悟を決めるように拳をぐっと握りしめた。

こうしてピザ屋の割引のために、政宗は親指と人差し指で疑似メガネを作り『これが本当の伊達眼鏡だぜ!』と叫ぶ羽目になった。

これからは二度と宅配ピザなど頼まない。そう固く心に誓った冬の日の夜であった。



―終―


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