色々な推測を立てながら、政宗は再び真田に尋ねた。

「なら、中庭で倒れてたヤツとか見たか?」

「倒れていた人など見てはおりませぬが……。もしや、某が倒れている間に凶行が行われたのでは!?」

真田の言葉に、政宗は引っ掛かるものを感じた。その言葉に何か大きな齟齬があるような気がする。一瞬、目を閉じ思案してから、政宗はゆっくりと口を開いた。

「……どういうことだ、真田?」

「某が大量の鼻血を吹いて倒れている間に、おぞましい殺人事件が行われたのやもしれませぬ!」

真田が確信に満ちた声で答えた。それに続いて、政宗の顔が歪む。毛利の眉が吊り上がる。元親の目が通常の2倍に見開かれる。

真田は大量の鼻血を吹いて倒れていたのだという。それは即ち、血だまりを作って中庭の地面に伏せていたということである。

大量の鼻血を出して倒れる真田。血だまりの上に倒れた死体。その姿が政宗の脳裏で重なる。政宗が見た死体は浴衣を着た黒髪の男性だった。

疑う余地はない。中庭に倒れていた死体と思しき物体は、鼻血を出して倒れていた真田だったのだ。

「真田ああぁぁあぁ!死体っつーのはテメェじゃねーかああぁあぁ!?」

血管を浮き出しながら、政宗は叫ぶ。死体呼ばわりされた真田は、まじまじと自らの体を見つめた。

「そ、某が死体!?いや、生きている……は、ず……」

「そういう意味じゃねえぇえぇぇ!倒れてたテメェをオレが死体と勘違いしたってことだ!」

頭を抱えて政宗が叫ぶ。殺人事件と思いきや、単なる間の抜けた勘違いだったのだ。真剣に解決しようとしていた自分の姿が滑稽に感じられる。

しかし何故鍛錬をしていて、鼻血を出すことになったのか。元親が呆れながら真田に尋ねた。

「なぁんで鼻血なんて出して倒れてたんだよ?」

「むむむ、張り切り過ぎて政宗殿の体だということを失念していたでござる」

真田が言うには、鍛錬のためにいつも使っているダンベルを持ってきていたらしい。いつも使っているダンベルと言われ思い出すのが、普通のものより一回り大きく、そして尋常でない重さの特注ダンベルである。真田は毎日その特注のダンベルで体を鍛えているのだ。

そして、一つ謎が解けた。真田が家から背負ってきたあの大きなリュックに入っていたのはダンベルだったのだろう。そんなものを温泉旅行に持ってくることが政宗には理解できない。

その異常な重さのダンベルを使って、真田は中庭で鍛錬をしていた。しかし、いつもとは違う温泉宿という特殊な場所だったせいで、つい張り切ってしまったらしい。政宗の体になっていることを忘れて、いつもの倍ぐらいの量の鍛錬をした結果、急激な負担が体に掛かってしまったのである。

政宗の体だということに気付いた時には、鼻血が噴出していた。その鼻血がしばらく止まらず、出血多量で貧血を起こしてしまったらしい。滅多に経験しない貧血という事態に、目を回した真田はそのままその場に倒れ込んでしまったのだという。

しばらくして気がつくと、真田の周りには血だまりが出来ていた。浴衣が鼻血で汚れてしまったので着替えようと、血だまりを残したまま真田は部屋に戻っていったのである。鼻血で汚れた浴衣から学ランに着替え真田は、1階のフロアで政宗たちと出くわしたのであった。

「なに他人の体で無茶してやがんだ、テメェはあぁぁあ!?」

政宗の怒りのボルテージが急上昇する。鼻血を吹くほど激しい鍛錬を人の体でされるなど、堪ったものではない。

「いや、政宗殿の体が軟弱なむぐぐ……」

「てぇんめえぇえ……!言わせておきゃ、勝手なこと言いやがってええぇ!」

むぎぎと自分の姿をした真田の頬を引っ張る。真田のような熱血体力バカの行う常軌を逸した鍛錬など、普通の人間の体で耐えられるはずがない。それを軟弱と言われれば腹も立つ。

結局、真田の傍迷惑な鍛錬と政宗の勘違いによる騒動だったのだ。被害に遭った人物がいなくて幸いと言えば幸いだが、果てしない徒労感をおぼえる出来事であった。

「取り合えず、中庭の消えた死体事件は解決したな」

珍しく元親が引きつった笑いを浮かべている。事件の予想もしない結末に拍子抜けしてしまったのだろう。毛利も呆れたような目で政宗と真田を見ている。

「残るは、オーナーの吐血事件とやらか」

「そ、そうでござった!」

毛利の呟きに、真田が思い出したように声を上げた。事件は1つだけではない。オーナーの今川の身に起きた悲惨な事件もあった。

あの後、今川の様子はどうなっているのだろうか。たとえ一命を取り留めていても、政宗が考えているように殺人鬼の仕業であるならば、まだ安心は出来ないだろう。あのオーナーが狙われた理由は何なのか。理由のない無差別殺人を犯人が考えているとなれば厄介である。

ガリガリと頭を掻いて、政宗は元親たちに声を掛けた。

「あのownerの容体も心配だし、後で確認に行くか」

「ご心配感謝でおじゃる。もう治ったぞよ〜」

「そうか、そいつは良かっ……」

バッと声がした方を振り向くと、そこにはあの今川が立っていた。先ほどまでの様子とは打って変わって、ピンピンしている。政宗は度肝を抜かれたように驚いた。

今川は毒物を飲んで吐血したのではなかったか。そんなことなどなかったかのような表情で今川は立っている。

「おいおい、アンタ毒殺されかけたんじゃねぇのか!?」

元親が目をパチパチと瞬かせる。目の前にいる人物は確かにあの今川だ。幽霊でも見ているかのような元親の反応に、今川が怪訝そうな声を出す。

「毒殺とな?」

「そうだよ、さっき口から真っ赤な血を吐いてたろ」

不安げな表情で告げる政宗の言葉に、今川は小首を傾げる。そして、真っ赤な血という単語で何かを思いついたように手をポンと叩いた。

「あれは麿が飲んだトマトジュースでおじゃ〜」

今川は朗らかな声で答えた。それに続いて、政宗の眉間に深い皺が刻まれる。真田の目が大きく見開かれる。元親の頬がビキリと引きつる。毛利の目付きがさらに険しくなる。

トマトジュース。確かに色は赤い。血と間違えても仕方のないものだ。しかし、何故それをあのような場所で嘔吐したのか。

ギギギと首だけを動かして、政宗は今川に尋ねた。

「……どおおぉぉして、んなモノ吐いたんだよ?」

「どうやら腐ってたようで、飲んでから気持ち悪くなって戻してしまったでおじゃ〜」

感慨深く頷きながら、今川は説明する。要するに、腐ったトマトジュースを飲んで嘔吐したということである。それを吐血したと勘違いしていただけなのだ。今川は腐ったトマトジュースで体調を崩したが、薬を飲んで寝たらすぐに治ったのだという。

事件の全貌が理解出来た政宗はフッと下を向いた。

「……ま」

「ま?なんでおじゃるか?」

「紛らわしいことするんじゃねぇええぇぇえぇ!」

政宗は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。懸命に事件を解決しようとしていた自分たちの今までの行動は一体何だったのか。

何より、真面目に犯人を考えていた自分の姿が痛々しい。真剣に殺人鬼がいると考えて、そしてその推理まで披露してしまった自分が恥ずかしくなった。

「良かったな、伊達よ。そなたの言う殺人鬼とやらは……」

「ぬううあああぁあ!それ以上言うなああぁぁ!」

ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべて話しかけてくる毛利に、政宗は頭を抱えた。殺人鬼などという説を持ち出したあの時の自分を今すぐにでも止めに行きたい気分である。

「ま、あんたが無事で良かったぜ」

元親が明るい声で今川に話しかける。大事に至らなくて良かった。政宗も心配していたのだから、安心と言えば安心である。ただ釈然としないものを感じるが。

元親の言葉に気を良くしたらしい今川は、満面の笑みを浮かべて懐からある物を取りだした。

「ところで、そなたたちを元の姿に戻す薬が完成したでおじゃるよ〜」

「だあぁぁあぁぁ!それを早く言えええぇぇえ!」

思わず政宗は今川の肩を掴んでしまった。そもそもの騒動と言えば、今川が作った妙な薬で4人の人格が入れ替わってしまったことである。それを解決出来なくては、家に帰ることも出来ない。

「これを飲めば、本当に自分の姿に戻るのか?」

不安そうに毛利が尋ねる。問題の発端となった人物が作った薬なのだから、疑いたくなるのも無理はない。しかし、政宗たちには他に方法が残されていない。この今川が作る薬を頼る他ないのだ。

今川に疑いの目を向ける毛利に、元親が覚悟を決めた様子で話しかけた。

「とにかくよォ、元に戻れるってんなら飲むしかねぇだろ?」

「そうでござる。漢ならば当たって砕けるのみ!」

「いや、砕けちゃダメだろ」

元親と真田は今川の持ってきた薬を飲む覚悟を決めているようだ。真田の言う通り、砕ける結果になっては困るが、それでもこの薬を飲まなければこのまま何も変わらない。少しでも望みがあるのならば、それに賭けるしかないのだ。

「一蓮托生ってコトで、一緒に飲もうぜ毛利さんよ」

「……これで戻らねば、貴様らを日輪に捧げ奉るぞ」

ニッと笑って言う政宗に、毛利が低い声で呟く。ここまで来たら前に進むしかない。毛利もそのことは理解しているらしく、今川の作った薬を政宗から渋々受け取った。

政宗がその薬を口に運んだのが合図となり、皆それぞれ飲み始めた。口に含んだ妙な味の液体を一気に嚥下する。昔、小十郎に勧められて飲んだ野菜のミックスジュースに似ていると思い出した。どんな野菜が入っていたっけ、と政宗が考えていると、次第に意識が遠のいていったのだった。



* * * * *



目が覚めると、目の前に真田の顔があった。どうしてこいつは毎回人の顔を覗き込むのだろう。頭突きでもしてやろうか、などと思いながら政宗はゆっくりと体を起こした。

元に戻る薬を飲んだ後、前と同じように眠りに落ちてしまったらしい。今川が手配してくれたのかは分からないが、きちんと布団に寝かされていることに政宗は少し驚いた。

上半身を起こして目の前にある真田の顔を退けると、今度は手鏡が眼前に差し出された。

「元の姿に戻っているようだな」

手鏡を差し出したのは毛利である。元親の体から自身の体へと戻ることが出来たらしい。普段と同じ口調で話す毛利に政宗は安堵した。

そして、手鏡の中の自分の姿を見る。生まれてから何十年も付き合ってきた体に戻っていた。政宗はほっと胸を撫で下ろした。元に戻るのに失敗して、今度は元親か毛利の体になってしまうのではないかと不安に思っていたのだ。

安心している政宗に、元の姿に戻った元親が明るく声を掛けてきた。

「そういえば、オーナーが言ってたぜ。俺たちが行きに使った橋は元々使われてない橋で、今使っている橋が別にあるってよ」

「ま、マジかよおおおぉぉ!?」

元親の言葉に、政宗は大声を上げた。毛利が燃やしてしまった橋は昔使われていたが、古く耐久性も危ないということで現在は使われなくなった橋だったらしい。そうとは知らずに、使われている橋は1つしかないという情報を聞いて、この橋しかないと思い込んでしまったのだ。そして、燃やして落としてしまったので、簡単には帰ることが出来なくなってしまったと思っていたが、他に現在使われているきちんとした橋があるのでそれを使って帰ることが出来るのだという。

とんだ勘違いで、しなくても良い心配をしてしまった。そもそもあの古い橋に辿り着いたのは真田の迷子のせいである。相変わらずのトラブルメーカーっぷりに、政宗は呆れるしかなかった。

しかし、帰ることが出来るというならば好都合である。元々2泊3日の予定で来ているのだから、今日が帰る日にもなっている。帰り支度をしてさっさと帰りたいと政宗は考えていた。

布団から這い出して立ち上がろうとすると、急に眩暈に襲われた。真田のせいで貧血気味になっているらしい。ふらふらする頭を右手で押さえ、政宗は周りで座っていた連中に声を掛けた。

「取り合えず、帰る支度しようぜ」

「もう出来てるぜ。後はお前だけだよ」

カラカラと笑いながら元親が答える。そう言われて見回してみると、周りには荷物がまとめて置かれていた。3人が帰る準備を出来るほど、政宗は一人長く眠っていたらしい。おそらく貧血と疲れのせいだろう。

帰る支度をしようとして政宗は気付いた。未だに学ランを着たままだった。真田が着てたままの状態なのだろう。弾みで倒れないよう気をつけながら、政宗は学ランから普段着へと着替えた。学ラン姿のままでは恥ずかしくて家に帰ることも出来ない。

一通り帰宅準備を終え、室内を簡単に片付けて4人は1階のフロアまで降りていった。ロビーを通った時、ちょうど今川と出くわした。帰ることを告げると、名残惜しそうな声を上げたのである。

「眼帯友の会の皆とも、ここでお別れでおじゃるか」

毛利も既に眼帯を外している。真田がつけていた穴の空いた鉢巻は、気付いたらどこかにいってしまっていた。よって、ここに眼帯をしている者は2人しかいない。しかし、今川は未だに眼帯友の会と呼んでいる。とても気に入っているようだ。

眼帯友の会はさておき、政宗は気になっていることを一つ今川に尋ねた。

「一つ聞きたいんだが、今川サンよ」

「なんでおじゃるか?」

「オレが泊まってた部屋にあった藁人形とか変な紙とか、ありゃなんだったんだ?」

その謎がずっと政宗の心に引っ掛かっていた。一体どういう経緯であのような物が部屋にあったのか。殺人鬼という説はもう関係なくなったが、それでも理由が気になるのだ。

政宗の問いに、今川は扇子で口元を隠しながら答えた。

「ほっほっほ、そなたの部屋のは前に泊まっていた男の忘れものでおじゃるよ〜」

今川が言うには、政宗の前に銀髪の変わった髪型の男が泊まっていたらしい。髪型だけでなく言動も変わっていたようで、事あるごとにある人物に対する恨み言を呟いていたのだという。そんな不審な人物が忘れていった、というより置いていったものがあの藁人形と紙の束であり、それに触れると不吉なことが起きそうだという理由でそのまま放置されることとなった。

そんな説明を聞いて、政宗のこめかみに青筋が浮かぶ。そんなものを放置していたから、殺人鬼がいるという恥ずかしい思い込みを政宗がしてしまったのだ。何よりそれを発見した時の驚きと恐怖は言いようもなかった。それぐらい片付けてくれ、と気の抜けた声で政宗は告げた。

気にかかっていた最後の謎も解けた。これで思い残すことはない。挨拶をして宿を後にしようとした時、今川が箱を一つ差し出してきた。

「お詫びのしるしに持っていってたも!麿の宿で一番人気の温泉まんじゅうでおじゃるよ」

そういえば、佐助と慶次への土産を買っていなかった。土産を選んで買う暇もなかった。これはちょうど良いかもしれない。食べ物ならば文句を言わない連中である。

箱を開くと、中には大きな温泉まんじゅうが数個入っていた。これはあの二人への土産にうってつけである。

「旨そうな温泉まんじゅうでござるな」

「1個ぐらい食っても分かんねぇだろ」

「こいつは猿飛と慶次への土産だから食うんじゃねぇぞ」

真田と元親が食べないよう、政宗は今川からもらった温泉まんじゅうの箱をしっかりと閉めた。その背後では毛利が密かに瞳を光らせていたのだが、政宗は気付いていなかった。今川に礼を述べ、政宗たちは宿を後にした。

駅についてしばらく待っていると、定刻通りに電車が到着した。それに乗り、政宗たちは住み慣れた部屋へと向かった。車内では相変わらずテンションの高い真田と元親が騒いでいる。

政宗は電車の窓から山を眺めていた。今川の温泉宿での出来事を振り返りながら。

忙しない日常から離れてゆっくり羽を伸ばすつもりが、思わぬ騒動に巻き込まれてしまった。しかしなんだかんだ言って、そんなスリルのある非日常を楽しんでいたような気もする。温泉も美味しい料理も堪能した。

また、ひょんなことから元親と毛利の昔話を聞くことも出来た。こういう騒動の時に語られる過去話というのは、大概その事件を解決に導くような内容に繋がっていたりするのだが、元親と毛利の話は特に何の関わりもなくただの思い出話で終わってしまっていた。映画や小説のようにはいかないものである。

政宗は窓の外に見える山の頂に視線を向けた。

あの温泉宿にまた行くことはないだろう。騒動のせいもあるが、何より金銭的な問題が大きい。高級宿に泊まるという神様からのプレゼントのような出来事は、神は神でも貧乏神だとか疫病神からのプレゼントだったのだろう。この話を持ってきたのが元親なのだから、そう考えると納得がいく。

山向こうにそびえ立つ、再び訪ねる機会もないであろう温泉宿から、政宗たちの乗った電車はどんどんと遠ざかっていった。佐助と慶次も首を長くして、政宗たちの帰りを待っていることだろう。201号室の扉の向こうで待っている日常を思いながら、政宗は窓のブラインドを下ろしたのであった。





――しかし。

「どうしてこうなったああぁあぁぁ!?」

201号室へと帰った翌日、政宗以外の5人の人格が入れ替わってしまったことで、再びあの温泉宿に足を運ぶ羽目になったのであった。





―終―


10/10
*prev  

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -