如何に言いくるめるか。政宗は必死で脳を回転させる。

「じ、実は……」

一瞬思い浮かんだのはあの男――片倉小十郎の顔であった。

「あの部屋には野菜のfairyが……厳つい顔したヤクザみてぇなfairyが住んでんだよ!」

真顔で言い終えて、政宗はNooo!と心の中で頭を抱えて絶叫した。嘘を吐くにしたって、何故このような訳の分からない内容にしたのか。咄嗟に思い付いたでまかせとは言え、さすがに妖精という内容など誰も信じないだろう。

しかし、ここまで来たら引き下がることは出来ない。口から出してしまったこの誤魔化しを今さら撤回するわけにはいかない。

この明らかに怪しい言い訳を使って、政宗の部屋からこの3人を遠ざけなくてはならないのだ。政宗はさらに思案する。不意にある脅しを思いついて、緊張感に満ちた表情をしながら口を開いた。

「近付いたらネギで首絞められんだよ……だから、あの部屋にゃ入らない方が良いぜ」

このように身の危険があると脅しておけば、近付こうという者もいないだろう。殺人事件や殺人未遂事件など物騒な出来事ばかり続いているのだ。そんな状況の中で、自ら危険な場所に行こうと言いだすほど馬鹿な連中でもないはずである。

政宗の説明を聞いて、元親がゴクリと息を呑んだ。

「ネギで首絞められるって、どんな凶暴な妖精だよ」

元親ならば簡単に騙されてくれると政宗は思っていた。そして、その思惑通りあっさり信じてしまった。政宗は心の中でニヤリと笑う。計画通りである。あとは真田、そして毛利を欺くことが出来ればよい。一番の問題は毛利である。この頭の切れる男を口先三寸で騙すのは容易なことではないだろう。

しかし、どうしてここまで真面目な顔で嘘に嘘を重ねなくてはならないのだろうか。目の前にいる連中を不安に陥れたくないという親切心から誤魔化し始めたのだが、そのせいで余計な苦労を背負う羽目になってしまった。

その時、斜め後ろから妙な笑い声が聞こえてきた。フフフフ、という低い笑い声である。オレの声だ、一瞬で気付いた政宗はばっと振り返った。後ろで妙な笑い声をあげていたのは、政宗の姿をした真田であった。

真田は目を閉じ、うっすらと笑みを浮かべて呟いた。

「ふっふっふ、謎は全て解けたでござるよ……」

「おぉ、真犯人が分かったってのか?」

「その野菜のふぇありーとやらが犯人でござるああぁあぁぁ!」

元親の問いに、真田はズビシッと明後日の方向を指さして叫んだ。まだ真田の推理は続いていたらしい。しかし、出まかせから生まれた妖精などというふざけた存在まで犯人にされるとは、政宗自身も思っていなかった。

取り合えず怪しい奴は疑うべきという信念を持っているのか。そんな姿勢を貫く探偵ほど傍迷惑な存在もいない。うんざりとした表情の政宗に、迷探偵・真田は推理の内容を説明し始めた。

「ふぇありーはその危険なネギで今川殿を狙ったのでござる!ネギで首を絞められた今川殿は寸でのところで逃げたが、首にダメージを負って吐血されたのであろう!」

トンデモ推理に拍車が掛かっている。妙な妖精にネギで首を絞められたら、そのことを真っ先に今川は話すだろうし、何より時間差で吐血するというのも無理のある話である。

小十郎をモチーフにした野菜の妖精にあらぬ疑いを向けられ、政宗は頭を抱えたくなった。元親と同様に、真田も政宗の嘘を信じているようだ。しかし、厄介な方向に信じてしまったのが問題である。

こうなれば、さらに自ら墓穴を掘る前に話題を変えた方が良いだろう。何か他に疑いを向けられるような存在はないか。表には出さず、政宗は心の中で必死に考えていた。

その時、腕を組んで成り行きを眺めていた毛利が、真面目な表情で口を開いた。

「ふむ、真田の言うことも一理あるな」

「一理あるのか!?一どころかminusじゃねぇか、この馬鹿の推理は!」

思わず真剣な表情で突っ込んでしまった。真田の三段跳び推理の中に、納得出来る要素が一体どこにあったというのだろうか。元親の体になってしまったせいで、普段の毛利のような頭の切れが発揮出来なくなってしまったのか。色々と疑問が浮かぶ。

政宗ははたと気付いた。これは嫌がらせの一種に違いない。頑なに部屋を見せることを拒否している政宗に対する嫌がらせなのだ。

人には言えないような恥ずかしい秘密を政宗が隠そうとしていると、毛利は想像しているのだろう。ここで違うと言い張るのは逆効果かもしれない。さらに疑惑を深める可能性もある。

どう反応すれば良いのか。政宗が迷っている間に、毛利はさっさと話を進めてしまった。

「そのヤクザ顔の妖精とやらの事情聴取を即刻取り行うべきであろう」

ニヤァリと底意地の悪い笑みを浮かべている。毛利自身は至って普通の表情のつもりなのかもしれないが、今の政宗には悪魔のような笑顔にしか見えない。

ううぅ、と政宗は唸る。このままでは今まで必死で隠そうとしていた部屋の惨状を見られることになってしまう。しかし、政宗の忍耐力も限界を迎えていた。皆の不安を煽りたくないという思いからきた行動だったが、これ以上頑なに拒むことは無意味だろう。

もうどうにでもなれ、という自暴自棄に近い気分に政宗は陥った。

「お、OK。そんなに部屋を見たいっつーんなら来いよ」

引きつった笑みを浮かべて、政宗は部屋に来るよう毛利たちを促す。政宗の言葉に、真田がいち早く反応を示した。野菜の妖精を捕まえようと考えているのだろう。

政宗の後を3人がぞろぞろと続く。政宗としては、毛利が勝ち誇った表情をしているのが気に入らない。妙に負けた気分になるのだ。毛利の嫌がらせに屈したようで、政宗は渋い顔をしながら歩いていた。

しばらくして、政宗の泊まっている部屋の前へと辿り着いた。政宗は無言で扉を開いて中に入る。それに続いて、毛利たちが部屋へと入り込んだ。

真田が現場検証でもするかのように、ウロウロと部屋の中をうろつく。部屋の中をグルリと見まわしていた元親が、あるところでその動きを止めた。その視線の先にあるのは床柱である。

「さっきの野菜の妖精ってのは嘘だ。本当はコレを隠したかったんだよ」

「こ、この紙の束は……!」

押入れから雪崩れたようにはみ出している大量の紙を発見して、真田が驚きの声を上げた。元親が見つけて絶句していたのは、床柱に打ち付けられた藁人形である。部屋の異様な様子に、毛利が眉をひそめた。

「言いたくなかったし、見せたくなかったんだがよ。もしかしたら、さっき真田が言ってた殺人鬼っつーのが本当にこの宿にいるかもしれねぇんだ」

渋面の政宗が説明すると、部屋の中の空気がピンと張り詰めた。政宗の言葉に皆動揺を隠せないようだ。それはそうだろう。真田の言っていた殺人鬼説がここにきて真実味を帯びてきているのだから。

まさか政宗の部屋がこのような惨憺たる有様になっているとは思ってもいなかったに違いない。あの毛利でさえさすがに言葉を失っている。

散乱した紙の束を手に持ち、政宗は自らの推理を披露し始めた。

「中庭の消えた死体、ownerの吐血、そして燃え尽きた橋……は毛利の大馬鹿野郎のせいだが、こうも立て続けに事件が起きてんだ」

毛利の頬がピクリと動いた。大馬鹿野郎と言われたことに反応したのだろう。ただ橋を燃え落としてしまった原因は自分にあることを理解しているため、無茶苦茶な反論は出来ないようだ。苦虫を噛み潰したような表情で政宗を睨んでいる。

そんな毛利の様子を気にかけることなく、政宗は推理の説明を続ける。

「で、これらの事件を起こしてるのが、その殺人鬼じゃねぇかとオレは思うんだ」

「野菜の妖精殿ではござらぬのですか!?」

政宗の姿をした真田が驚きの声を上げた。政宗が口から出任せで言った野菜の妖精という存在に妙に拘っているようだ。もしかしたら、興味があって一目見たいと思っているだけなのかもしれない。

野菜の妖精というのは、真田たちをこの部屋から遠ざけるために用いた架空の存在であることを政宗は再度説明した。3人を不安にさせたくなかったという理由は伏せ、単にこの部屋を見られたくなかったと軽く告げる。本当の理由を告げるのは、自分の柄ではないし照れ臭いと政宗は感じている。

その話を聞いて、真田はしょんぼりと肩を落とした。野菜の妖精が存在しないことを理解してショックを受けているらしい。そこまでして見たいものだったのか、と政宗は思わず呆れてしまう。小十郎の姿を模したUMAを想像するとあまり見たいものではないような気がするが、好奇心旺盛な真田はかなり期待をしていたようである。

気落ちする真田とは異なり、元親は殺人鬼という存在に相当驚いているようだった。

「殺人鬼ってマジかよ……」

「あぁ、そいつが全ての事件の犯人だとオレは考えてる。まず、中庭にあった死体……」

ゆっくりと部屋の中を移動しながら、政宗は一人呟く。連鎖的に発生した事件は、この部屋の惨状から始まっているのではないか。政宗が泊まった部屋に隠れ住んでいた殺人鬼。その存在に、宿の連中はおそらく気付いていなかったのだろう。オーナーからしてあのような変人なのだ。壊滅的に間の抜けた連中が揃っていたとしてもおかしくはない。

藁人形や呪詛の言葉が書かれた半紙を政宗が見つけたことによって、殺人鬼はその存在を気付かれたと思った。そして、その存在が広められるのを止めようとして凶行に走ったのではないか。政宗はそれが今回の事件の全貌ではないかと考えている。

眉間に皺を寄せて、政宗は自分が考えている推理の説明を続けた。

「オレと元親が駆け付けるまでの間に見つからずに死体を運ぶなんて芸当、この旅館内を知り尽くしていなければ出来ねぇはずだ」

「外部の人間の犯行じゃねぇってことか……」

元親が顎に手を当て呟く。旅館の一部屋に隠れ住んでいた殺人鬼ならば、館内のことも熟知しているはずだろう。どこに何があって、どこに繋がっているか。それを知っているからこそ、短時間で死体を別の場所に移動させることも出来たのだ。

この時、政宗の推理を黙って聞いていた毛利が声を上げた。

「待て、伊達よ。一つ大事なことを聞きたいのだが」

「なんだ?」

「中庭の死体とはなんだ?我はそんな事件知らぬぞ」

今さらすぎる毛利の発言に、政宗の顔が引きつった。しかしあの時間帯、毛利は橋の近くにずっといたのだ。中庭で起きた異変を知らないのも無理はない。

「そ、某も知らないでござる……」

真田が恐る恐る手を上げる。毛利同様、真田もあの時別行動をしていたのだ。中庭を確認した後、心配になった政宗たちが真田や毛利を探しに行った時にちょうど出会った。そしてよくよく思い返せば、中庭の話は真田に伝えていない。

毛利も真田も中庭の事件については知らなかった。さらに言えば、今川の身に起きた出来事も毛利は知らないのであろう。

OKと小さく呟いて、政宗は毛利と真田に中庭での出来事を簡単に説明した。政宗が大浴場から部屋へと戻る廊下から中庭を見た時に、血だまりの中で人が倒れていたこと。元親と共に急いで中庭に駆け付けた時には、そこから死体が消えていたこと。

政宗の口から一連の出来事を聞いた真田は、目を見開いて驚いていた。

「そんな事件があったとは!某も昼頃に中庭にいたでござるが、そんなことが起きていたとは知らなかったでござる……」

昼頃。ちょうど政宗が温泉から出て中庭を覗き込み、死体を発見したぐらいの時間である。真田の言葉に、今度は政宗が驚く番であった。

「おい、真田!あの時間、怪しいヤツを見なかったか?」

「むうぅ、怪しい人物……。某はいつものように鍛錬をしようと中庭にいたでござる」

真田は頭を抱えて必死に思い出そうとする。もしかしたら、犯人と真田が鉢合わせしていた可能性もある。真田が見たその時の光景に手掛かりがあるかもしれない。行き詰りかけていた謎解きが、ここにきて急に進み始めた。

その時の状況を真田は懸命に思い出したが、その記憶の中に犯人らしき怪しい人物は残念ながらいなかったようである。人目につかないよう注意を払って行動していたとすれば、真田の記憶になくてもおかしくはない。決して姿を見せないようにする慎重な殺人鬼なのだろう。

ならば、犯人ではなくもう1つの問題である死体はどうだったのだろうか。真田がいつぐらいから鍛錬を始めたのかが重要になる。中庭に着く前に凶行が行われたならば、確実に死体を、もしくは血塗れで倒れている人物を見ているはずである。もし鍛錬を終えてからの出来事であっても、もしかしたら被害者と擦れ違っているということもあるかもしれない。


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