真田に経緯を簡単に説明して毛利の部屋に向かおうと考えていた時、廊下の奥から今川がひょこひょことやってきた。騒ぎを聞きつけて来たのかもしれない。

オーナーである今川にもきちんと説明しておいた方が良いだろう。話しかけようと近付いて、ふと政宗は気付いた。今川の様子が少しおかしい。ぜえぜえと息切れをして、妙な汗を掻いている。そして、目に生気がない。顔色が気になるところだが、白粉のせいでよく分からなかった。体調でも崩しているのだろうか。

政宗たちの方にふらふらと近付いてきた今川が弱弱しい声を出した。

「お、おじゃ〜、麿の体の調子が……」

大丈夫か、と政宗が声を掛けようとした時、今川がウッと顔をしかめた。その途端、口からゴボリと赤い液体が滴り落ちた。真っ赤な液体が今川の足元に水たまりを作る。

「ぎゃああぁぁぁああぁ!?」

スプラッタホラーのような光景に、真田が恐慌状態に陥った。真田だけでなく、政宗も元親も凍りついたように立ちすくんでいる。今川が突然血を吐いた。政宗にはそうとしか思えなかった。

手についた真っ赤な液体を見て、今川は目を丸くする。自身の口から赤い液体が流れているのに気付いたようだ。

「ま、ま、ま、ま」

「オイ、大丈夫かよ!?って大丈夫じゃねえな!従業員呼べ、元親!」

「あぁ!」

政宗の言葉に応えた元親はすぐさま受付へと走っていく。今川はフラリとその場に座り込んでしまった。その体を政宗と真田が軽く支える。

「麿は死にたくないでおじゃるよー」

今川が悲痛な声を上げた。病か、はたまた事件か。病ならば、これほど唐突に体に現れることもないだろう。見るからに健康そうだった今川だから、余計に病だとは考えにくい。ならば、と政宗が考えた時、従業員たちがちょうど駆け付けた。

元親に呼ばれて来た従業員たちは、今川の異常な様子に気付いて驚いていた。救急車を呼べなどと声を掛けながら、従業員たちは今川を介抱し始めた。

まだ今川の意識はある。しかし、いつ何時悪化するか分からない。もしかしたら、毒物を盛られた可能性もあるのだ。そしてその可能性の方が高い、と政宗は考えている。

政宗たちは従業員たちに運ばれていく今川をしばらく見送っていた。その姿が見えなくなった時、真田がポツリと呟いた。

「さ、殺人事件でござるか……?」

「あのおじゃる野郎は死んでねぇよ。事件の可能性はありそうだがな」

今川は生きているので未遂である。しかし、未遂とはいえ事件であることは明白だった。あの異常な様子は病という雰囲気ではない。

消えた死体と残された大量の血痕。口から血を吐き出したオーナーの今川。この二つの事件は全くの無関係だとは思えない。人格が入れ替わってから物騒な出来事が立て続けに起きているせいで、どうにも関連付けて考えてしまうのだ。

「ぬうぅぅおおぉぉ!み・な・ぎ・るあぁぁああぁ!!」

政宗の姿をした真田が突然絶叫を始めた。そんな自分の姿など直視したくない。政宗は思わず下を向いて、目を逸らした。そんな政宗の様子など意に介することなく、真田は続ける。

「名・探・偵!真田幸村!!お館さむわあぁの名にかけて!この事件を解決致すううぅぅぅ!」

ビシッとポーズを決めて、真田は再び天に向かって叫ぶ。そのうち血管が切れるのではないかと、政宗は自分の体が心配になった。

テレビ番組で推理ドラマなどをよく見ている真田は、探偵の真似事をしてよく遊んでいる。その言動から、名探偵というよりは迷探偵の方が正しいだろう。普段からも無茶な推理をして皆に突っ込まれている。先日も密かに隠しておいた菓子がなくなるという出来事があり、真田が率先して犯人を推理していたが、実は真田がその真犯人だったという事件もあった。事件を解決するというよりも、難解にする方が多い名探偵である。

名探偵を自称する真田は政宗たちにクルリと背を向けた。

「謎は全て一つ!まずは現場検証でござるううぁあぁぁ!」

訳の分からない雄叫びを上げて、真田は厨房へと走って行った。食事に毒を盛られたという線で捜査を行うつもりなのだろう。自分の姿でそういう行動をしないで欲しい。政宗は心底そう思っていたが、あの暴走超特急を止められる者などそうそういない。

しかし、どこかの部屋へと連れていかれた今川は無事なのだろうか。原因が病にしろ、毒物にしろ、政宗たちの手に負える状態ではない。傍についている従業員か、もしくは駆け付けた医療関係者に任せるしかない状況である。最悪、警察が呼ばれる事態になるかもしれない。その前に、残る一人の安否を確認しておかなくてはならない。

「あのバカは放っておいて、毛利の部屋に行くか」

「まだ寝てるかな、あいつ」

元親の姿になってしまったせいで不貞寝をしているらしい毛利の元へと政宗たちは向かった。あの毛利のことであるから、無事であるとは思うが確認するに越したことはない。

毛利の泊まっている部屋の前に二人は辿り着いた。政宗が軽く扉を叩いて毛利を呼ぶ。しかし、中から返答はない。少し強めに扉を叩くが、やはり反応はない。政宗と元親は互いに顔を見合わせる。そして、頷き合うと扉を開けて無断で部屋に入っていった。

毛利の部屋は無人であった。どこかに出掛けたのだろうか。姿が見えないことに一抹の不安をおぼえる。部屋の中に入り、隅々まで探したが毛利の姿はやはり見えない。

元親と人格が入れ替わってしまったことに腹を立てて、一人で帰ってしまったのか。政宗はそんなことを思ったが、あの毛利が元親の姿のままふらふらと帰るはずもないだろう。それに荷物は部屋に置かれたままである。

「荷物はそのままだから、勝手に帰ったわけじゃなさそうだな」

机の上に置かれていた手帳をひょいと持ち上げると、パラリと紙が1枚落ちてきた。何か手掛かりになるかと思い、政宗はその紙を拾い上げる。折られた紙を広げて中身を見ると、達筆な字で誓約書と書かれていた。

これは毛利の行方に関係ないだろう。日輪がどうのと書いてあるので、毛利のいつもの発作の一環に違いない。再び折り畳んで手帳に戻そうとした時、その下に書かれた名前が目に飛び込んできた。それを見た政宗は思わず声をあげてしまった。

政宗の隣に立っていた元親もその紙を覗きこんだ。そして、目を大きく見開いて驚いたのであった。

「あいつ、こんなのまだ持ってたのかよ……」

懐かしさと驚きとが入り混じった表情で元親が呟く。その珍しい様子に、政宗は元親にこれが何なのかを尋ねた。ただの興味本位だった。政宗に聞かれて、元親は昔のことを思い起こしながら説明を始めたのであった。



* * * * *



毛利と元親の思い出話をひとしきり聞き終えた後、自分たちが置かれている状況を思い出した政宗は元親の頭をぽかりと叩いた。

「こんなトコでheart warmingな昔話してる場合じゃねぇだろ、そういや!」

「っとと、そうだった!元就のヤツはどこ行ったんだ!?」

早く毛利の安否を確認しなくてはならないのだ。部屋にいないことは確認済みである。どこに出掛けたのか。おそらくこの宿から遠くに行くことはないだろう。外に出たかどうか、それをまず確認した方が早いに違いない。

毛利の部屋を出て、二人はフロントを通り玄関へと向かった。玄関にもやはりいない。毛利らしき、というより元親らしき姿は見当たらない。取り合えず、近くを掃除していた従業員に話を聞いてみることにした。

「なぁ、一つ聞きたいんだが、この辺りを銀髪のデカイ男が歩いていなかったか?」

「銀髪の……?眼帯をした人なら、さっき外へ出てったでおじゃるよ〜」

今川の格好を真似た従業員は話し方も今川と同じでなければならないらしい。気の抜ける返答であったが、毛利の行方を知ることが出来た。政宗と元親は顔を見合わせて頷く。早く毛利を追い掛けなくてはならない。

二人が宿の外へと出た瞬間、大きな物音が聞こえてきた。ガラガラと何かが崩れ落ちる音だ。日常では決して耳にすることのないような轟音に、政宗は焦りを感じていた。どこかで何かが起きている。次から次へと雪崩のように起きる騒動は、やはり一つの線で繋がれているのだろうか。

この連続的な事件を解決しなくては、無事に家に戻ることもできないかもしれない。何より、元の姿に戻ることすら出来ないかもしれない。嫌な未来を想像して、政宗は頭を振る。

政宗と元親は崩壊音の聞こえてきた場所へと全速力で駆けていった。そこは宿と外部を繋ぐ唯一の橋がある場所であった。そして、その橋に大きな異変が起きていた。

橋が燃え落ちていたのだ。地に繋がって辛うじて残されている橋の残骸は火に包まれている。そして、その傍には元親の姿が、いや、元親の姿をした毛利がいた。

政宗たちが駆け付けたことに気付いたらしい毛利は、珍しく狼狽した表情で振り向いた。明らかに怪しい挙動である。信じたくはないが、毛利がこの一連の凶事を起こしたという線もありうるかもしれない。政宗たちが近付くと、毛利は下を向きながら後ずさった。ますます行動が不審だ、と政宗は感じていた。

先ほどの中庭の消えた死体事件の時も毛利にはアリバイがない。今川の件でも、元親の姿にされて恨みを募らせていたという動機が考えられる。そして、外界と繋がる唯一の橋が燃え落ちた件。これでこの宿にいる者は皆逃げることが出来ない状況となった。完璧な殺人計画が実行出来る環境が整ったと言えよう。

橋を落とす現場を政宗たちに発見されて、毛利は焦り始めている。そうとしか思えない状況である。政宗はさらに一歩近付いた。毛利が憔悴したような声を出す。

「こ、このような場所に何用だ、貴様ら……」

「毛利さんよ……まさか、アンタが全ての事件の犯人ってワケじゃねぇよな?」

犯人という言葉に、毛利の眉がピクリと動いた。やはり動揺している。その態度によって、さらに政宗の疑惑が深まった。

信じたくはなかったが、毛利が全ての事件の犯人であると思われる状況証拠が揃ってしまっている。ここは毛利の口からきちんと説明を聞くべきだろう。政宗が毛利に詰め寄ろうとした時、毛利の姿をした元親が動いた。

「いや、元就は犯人じゃねぇよ……そんなことするヤツじゃねぇ!」

元親が辛そうな表情で、政宗と毛利の間に割って入る。昔から付き合いのある元親が毛利を庇いだてする気持ちは政宗にもよく分かる。

「日輪同好会とか変なことばかりしてるし、人を人と思っていないような言動するヤツだけどな」

「我を褒めておるのか、貶しておるのか。どちらなのだ、貴様……」

ぐっと拳を握って力説する元親に、毛利が冷たい視線を送る。元親の言う通り、毛利は日輪同好会という胡散臭い組織に無理やり政宗を入会させようとしたり、他人を捨て駒と言って憚らない人間である。政宗も何度か迷惑を掛けられたり、腹を立てさせられたりした。

しかし、元親は毛利がただの碌でもない人間ではないことを知っているのだ。

「だけどな!俺との昔の思い出を……あの誓約書をまだとっておいてくれるようなヤツなんだよ!」

先ほど元親から毛利との思い出話を聞いて、政宗はうっすらと感じていた。毛利元就という男は、根は悪い奴ではない。感情を素直に表現することが出来ないタイプだということを。

はた迷惑な行動を取りながらも、密かに人のためにも行動する。夏に起きた騒動で元親が海で溺れた時、真っ先に元親の身を心配していたのはこの毛利なのだ。

元親の誓約書を毛利が今でも残している理由は政宗にはよく分からない。しかし、思い出の物を手元に残しておくような普通の人間であり、人のために自らの身を挺することの出来る人間だということが分かる。そんな毛利が殺人など犯すはずなどない。そんな元親の主張は政宗にもよく理解出来た。

肝心の毛利はどうなのか。政宗が毛利の方を見ると、毛利は愕然とした表情で驚いていた。まさか、元親が自分のことをこのように庇うなどとは思っていなかったのだろう。


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