こうして結成された眼帯友の会一行は、ぞろぞろと広間に入っていった。入った瞬間から、美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐっていた。料理は期待出来そうだ。そう思いながら、政宗は卓の前に座った。

卓に並んだ料理を見て、元親が歓声を上げた。先ほどから声を上げてばかりである。しかし、声を上げずにはいられないほどの料理が目の前に並んでいた。見た目からして、豪華極まりない料理である。

皆座ったことを確認した元親が合掌した。それを見習って幸村も手を合わせる。妙に礼儀にうるさい毛利も手を合わせていた。ここで一人空気を読まないのもどうかと思うので、政宗も渋々それに倣った。

『いただきます!』

口を合わせて言った瞬間、幸村は食事にかぶりついていた。驚異的な素早さである。そこまで腹を空かせていたのかと、思わず呆れてしまうほどだ。隣を見ると元親も大口を開けて料理に食らいついていた。この二人の豪快さは、201号に住みついている連中の中でも群を抜いているだろう。

しかし、政宗も真田や元親ほどではないが、料理を素早く口に運んでいた。あまり食事の量が多くない毛利も、普段に比べてかなり食べている様子である。見た目だけでなく、味もやはり素晴らしい。新鮮な海の幸と山の幸がふんだんに使われており、普段口にすることの出来ないような食材ばかりで、きちんと味わって食べようと思ってはいるが空腹には逆らえず、ひたすら料理を口に運び続けていた。

こんな食事をするのは久しぶりだった。実家にいた頃は食事の良し悪しなど考えたこともなかったが、一人暮らしをするようになってその有難さを実感するようになった。この生活を始めてから少しずつ自身の考えが変わっていることに、政宗は最近気付いた。その変化が良い方向に進んでいるのかは、客観的に見なければ分からないだろう。しかし、こんな生活もまんざらではないと思っている時点で悪いわけがない。

メインの蟹料理が出てくると、皆黙り込んで蟹を食べる作業に没頭した。蟹なんて食べるのも見るのも久しぶりである。最近では、真田が落書きしていたニセモノの蟹、いや蟹と呼ぶのもおこがましい生物ぐらいしか見ていなかったのだ。

政宗はふと真田の方に視線を向けた。殻ごと豪快に食べているのではないかと一瞬思ったが、さすがにそこまで無茶はしないらしく、一生懸命中身を穿り出していた。次第に面倒になったのか、足の部分をちゅーちゅーと吸い始めた。なんとも真田らしい光景である。政宗が眺めていると、真田は突然大きなあくびをした。その瞼がゆっくりと下りてくる。そして、ガクッと首を大きく揺らして下を向いてしまった。手に蟹の足を持ったまま寝てしまったようだ。

なかなか器用な奴だな、などと思いながら政宗自身も眠気を感じていた。急に眠気に襲われ始めたのだ。遠出をしたから疲れていたし、入浴後に食事をして十分な満腹感も得た。だから睡魔に襲われても当然である。しかし、食べている最中から眠りに落ちるのはどうもおかしい。自然な現象とはとても思えない状況である。

真田の隣では元親が卓に突っ伏していた。毛利もこくりこくりと舟を漕いでいる。これは拙いと悟った瞬間、政宗の意識が遠のいたのだった。



* * * * *



ぼんやりと靄のかかったような視界の先に、自分の顔が見える。夢を見ているのだろうか。自分が心配そうにこちらを覗きこんでいるようだ。

これまで自分への不安が多かった。だから、心配そうに自分が見ているのだろう。家族と暮らしている時は辛いと思うばかりだった。一人生活すると決めた時は不安でいっぱいだった。

しかし、なんだかんだ言って今は楽しく暮らしている。それはあの連中のお陰だ。これからもあの連中と一緒なら、何があっても乗り越えることが出来るだろう。根拠は全くないが、政宗はそんな風に思っていた。

もう大丈夫だから心配すんなよ。自分にそう声をかけようとした瞬間、ふっと意識が浮上した。

パチリと目を開ける。どうやら自分は寝ていたようだ。視界がぼんやりと白く霞みがかっている。眠りから覚めた時の感覚だ。

視線を上げると、その先に自分がいた。思わず政宗は両手で頬をぎゅっと抓った。まだ夢を見ているのだろうかと思ったのだ。しかし、頬に痛みを感じる。これは夢ではない。ならば、目の前の自分はいったい何者なのだろうか。

声をかけようとして気付いた。目の前の自分の隣には、元親と毛利が黙ったまま座っていた。そして、元親がおもむろに手鏡を差し出したのだった。

「NOooooo!?なんだこれえぇぇえ!?」

手鏡に映った自身の姿を見て、政宗は絶叫した。常に聞き慣れた声ではないこの叫び声にもかなりの違和感がある。自身の姿と声の衝撃に、政宗は目眩を感じた。

鏡の中に映っていた姿は真田そのものであった。見慣れた赤い鉢巻きに、大きな眼、そして赤茶けた長い髪。見間違うはずもない。自身の姿が真田で、目の前にいるのが自身の姿をしたのが真田なのだ。

一体何の悪い冗談なのか。先ほど、夢でないことは確認した。ならば、この現実は性質の悪い冗談以外の何物でもないだろう。だが、何故自分と真田が入れ替わったのか。政宗の思考回路は混乱をきたし始めていた。

その時、元親が重々しく口を開いた。

「真田と伊達、我と長曾我部の阿呆が入れ替わったということか」

元親のはずなのに話し方がおかしい。それに、自分を阿呆などと自虐的なことを言うような男ではなかったはずだ。その隣では毛利が腕を組んで、うんうんと頷いている。それも妙な光景であった。

元親がまるで毛利のようだと思って、政宗は気付いた。毛利と元親、この二人も見た目と中身が違うのだ。

「お前らも入れ替わったってのか?」

口から出るのは真田の声。そんな違和感に戸惑いつつも、政宗は掠れた声で尋ねた。その問いかけに、元親の姿をした毛利が神妙そうに頷く。眉間に深い皺を刻んで懊悩する元親など、そうそう見れるものではない。

政宗と真田、そして毛利と元親。それぞれの人格が入れ替わってしまったのだ。こんな途方もない事態などフィクションのように思えるが、紛れもない現実である。

この事態を如何に解決するのか。そもそも何が原因で入れ替わってしまったのか。分からないことばかりで、動きようがない。まずは原因だけでも探るのが先決であろう。

「ま、政宗殿が某……某が政宗殿……ううぅ」

理解の範疇を超える事態に、政宗の姿をした真田が珍しく頭を抱えていた。知恵熱でも出しそうな雰囲気である。しかし、自分の姿を客観的に見ることが出来るというのも妙な感覚だった。

その時、毛利と元親の背後に人影が現れた。

「おじゃー、失敗でおじゃるか」

残念そうな声を出したこの人影は、この宿のオーナーである今川だった。気配を感じさせずのっそり登場するとは、ある意味で器用だと言えよう。

しかし、気になるのは失敗という言葉。失敗とはどういうことなのだろうか。政宗と同じ疑問を抱いた毛利が今川に尋ねた。

「失敗、とはどういうことだ?」

「そなたらを麿の影武者にしようと思っていたでおじゃ〜」

そのあっさりとした白状と突拍子もない返答に、元親の姿をした毛利が目を丸くしていた。当然、毛利以外も驚いている。影武者というのは一体どういうことか。いまいち想像がつかないが、今川がとんでもないことをしようとしていたということは分かる。

今川の言葉から、ふと政宗は気付いた。ここで働いている者たちはみな、このオーナーの影武者だったのだ。だから、従業員は全員オーナーと同じ格好をしているのである。そんな不憫な従業員たちには思わず同情をしてしまう。

しかし、従業員ぐらいの人数がいるのであれば、十分な数の影武者がいることになる。ならば何故政宗たちを影武者に仕立てようとしたのか。

「なんでオレたちまで影武者にしようとしたんだ?もう十分いるじゃねぇか」

「麿の美しさを保ったままの影武者は普通では作りだせないでおじゃるよ」

政宗の問いに、今川は溜め息を吐きながら答えた。所詮、影武者は影武者。自身のように美しい姿の影武者に仕立て上げるのは難しい。そこで、ある薬を作ったのだという。その薬こそ、飲んだ者の容姿の良さと今川の美しさで相乗効果を出して、眉目秀麗な今川の影武者を作りだすというものであった。

今川自身からそんな説明を聞いた政宗は心底嫌そうな表情をした。今は真田の姿をしているので、酷く似合わない顔をしていることだろう。

そんな政宗の様子など意に介することなく、今川は説明を続ける。

「そなたらが泊まりに来たのを見て、この薬を使おうと思ったのでおじゃ〜」

偶然、泊まりに来た政宗たちを見て、今川は思ったのだ。元々の見た目がそれなりに良い政宗たちならば、自身が目指す完璧な影武者を作ることが出来るのではないか、と。

そして夕食にその薬を混ぜて食べさせたらしいが、それが完全に失敗作だったようだ。幸か不幸か、このオーナーに似ることはなく、4人それぞれの人格が入れ替わってしまったというわけである。なんとも非現実的な話であるが、実際人格が入れ替わってしまっているので信じるしかない。

しかし、今川の影武者になるというのも考えるだけで恐ろしい。まだ見知った連中と人格が入れ替わるだけで良かったのか。一瞬、政宗はそう思ったが、やはり人格が入れ替わったというのもとんでもないことである。

「……というわけぞよ〜」

「ふざけるなあぁぁぁ!」

今川の説明を聞き終えた政宗が怒りで声を荒げた。ここまで悪びれることもなく白状するとは、悪いことをしたと全く思っていないのだろうか。

自身に似た美しい影武者を作りたい。そんなくだらない且つ勝手な理由で、政宗と真田と入れ替わってしまった。このまま一生真田の体で過ごす羽目になるのだろうか。それは嫌だった。あの姿とこの魂を持ち合わせてこそ、伊達政宗という個となるのだ。その二つがバラバラの状態で生きることなど出来ない。

政宗だけでなく、真田自身も嫌だろう。そして、元親も毛利も。

「おい、元に戻る方法はあるのかよ?」

みょいんと今川の頬を引き延ばして尋ねているのは、毛利の姿をした元親である。かなり違和感のある光景だ。そして、その隣に立っていた元親の姿をした毛利が、険しい顔をして今川に詰め寄った。

「客を実験台にする酷い宿だという噂を流して、経営を悪化させることも可能だが」

「ひょー、それは嫌でおじゃ〜!」

毛利の脅しに、今川は大仰な身振りで仰け反った。嫌も何も、実際酷い宿であることは事実である。毛利はさらに顔を近づけて、低い声で今川に告げた。

「ならば、我らが帰るまでに何が何でも元に戻る方法を考えるのだな」

「出来ねぇって言ったら、アンタのその美しいとかいう顔を倍に腫らせてやるぜ」

「わ、分かったぞよ〜」

毛利に続く政宗の脅しに、今川は顔を青ざめさせた。白く塗られた顔でも、その蒼白さは分かるほどである。もし政宗たちを元に戻すことが出来なければ、宿の評判を落とされるのと同時に、肉体的にも酷い目に遭わせられる。政宗から本気だという様子を感じ取った今川は、身を竦ませて部屋を出ていった。

今はあの馬鹿オーナーを頼るしかなかった。薬を作った本人ならば、元に戻す薬を作ることも出来るだろう。出来るに違いない。出来ないと困る。そんな藁にも縋るしかない状況なのだ。

政宗はハァと溜め息を吐いた。よくよく考えると、とんでもないことになってしまった。普通に起こり得ない事態である。

「もし……もし、元に戻ることが出来なければ、我はこの阿呆の姿のままということになるのか……」

心底嫌そうな声音で、元親の姿をした毛利は呟いた。声は元親なので、話し方にかなり違和感がある。わなわなと震える自身の姿を見て、毛利になった元親が比較的明るい声を出した。

「まぁ、俺は別に困るこたぁねーけどな」

「貴様にはなくとも、我にはあるのだ!」

どげしっ、と元親は毛利に力いっぱい後頭部を引っ叩かれた。しかし、その体が元は自分のものだったことに毛利は殴った後で気付いたようで珍しく狼狽していた。


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