ドキッ☆男だらけの湯煙殺人事件〜人格が入れ替わった眼帯友の会会員を襲う恐怖!幼少期の記憶が危機を救うかと思えばそうでもなかった〜



そもそもの事の発端は、元親が4枚のチケットを手に満足そうな笑顔で201号室に帰ってきたことである。

「ええぇぇぇえ!?凄いじゃん、特賞当てちゃうなんて!!」

佐助の物凄い驚きように、逆に元親がたじろいでしまった。部屋中に響き渡る佐助の声に、わらわらと野次馬が集まってきた。狭い部屋で生活しているので、何があっても筒抜けなのである。

詳しい話を聞くと、どうやら元親がスーパーで行われていた抽選会で特賞を当てたらしい。スーパーで買い物をした時にもらった抽選券だそうで、その時は1枚のみだった。その1枚で特賞を当てたということだから、物凄い確率だと言える。

そして、その賞品は2泊3日の温泉旅行だった。しかも家族向けだったのか、4名様ご招待という大羽振りの賞品である。そんな特賞の内容を聞いた一同は、わっと盛り上がった。お金のない学生ばかりが集まった生活を送っているので、温泉旅行などという豪勢な旅行など縁のない話だったのだ。

究極的に運の悪い元親がくじ引きで特賞を当てたというのは、一体どういうことか。常に幸運の女神に見放されていた元親も、とうとう女神に微笑まれたのだろうか。それとも、天変地異が起こる前触れだろうか。201号室の住人は口ぐちに勝手なことを言い始めた。

そして、何より問題なのは、その温泉に誰と行くかということである。

「で、どうすんの?誰と一緒に行くの?ねぇ彼女?彼女?」

「Ah、羨ましいぜ。オレも可愛いカノジョと一緒に温泉行きてぇなぁ」

元親に恋人がいないことなど知っているはずなのに、佐助はニヤニヤしながら尋ねた。そんな佐助のからかいに政宗も便乗する。

「うるせー!彼女なんざいねぇのテメェら知ってて言ってるだろ!」

痛いところを突かれたというように、元親は憤慨する。このむさ苦しい男連中の中で、浮いた話を聞く者などいない。ほとんどいないというのではなく、全くいないのだ。

ならば、誰を誘うのか。家族と一緒になどという年齢でもないし、実家も離れているのでまず無理な話である。そうなると、自然にこの部屋にいる者に限られてくる。

ここに住んでいる人間は全部で6人。温泉に行くことの出来る人数は全部で4人。確実に2人あぶれることになる。温泉旅行などという一大イベントには皆参加したいと思うのが当然である。

温泉旅行を当てたのは元親である。その元親が一緒に行く面子を選べば良い。そう思った政宗が元親に尋ねた。

「じゃあ、誰と一緒に行くんだよ?」

「某は……某は温泉に入りたいでござあああるううぁぁぁああ!」

「うるせええぇぇぇ!耳元で叫ぶな、アホ真田!」

元親の答えを聞くより早く、真田が諸手を上げて名乗り出た。耳を押さえながら、政宗が抗議する。真田は人一倍声が大きい。近くで叫ばれると、脳天に響いて仕方ないのだ。

しかし、真田が行きたがるというのは政宗も分かり切っていたことであった。真田が行くということは、自動的に面倒を見る役目の佐助も行くということである。政宗は佐助の方をちらりと見た。

「あ、残念だけど俺様今回パスね」

政宗の視線に気付いた佐助は、片手をひらひらと上げて辞退の旨を申し出た。その言葉に、政宗だけでなく他の連中も驚いていた。

そして、何より一番驚いていたのは真田であった。

「な、なぜだ佐助ええぇぇぇえ!共に温泉で汗を流そうと約束したではないか!」

「いつそんな約束したってのよ……」

突然の佐助の辞退発言に、真田は訳の分からない約束を持ちだして引き止めようとしていた。佐助にはもちろんそんな約束をした覚えはない。

しかし、あの佐助が温泉旅行に行かないというのは気になる。何か余程の事情があるのだろうか

「おい、どうしたんだよ?忙しいのか?」

「んー、まぁ忙しいってのもあるけどね。たまには一人で羽伸ばしたい時もあるのよ」

なるほど、と政宗は思った。いつも忙しくバイトやら家事やら真田のお守やらで動き回っている佐助は、休む時間などほとんどない。皆が出払って面倒を見る必要がなくなれば、ゆっくり休養も出来るのだろう。

ならば、政宗が引き止めるわけにはいかない。佐助にはこの機会を活かして、日頃の疲れを癒して欲しい。温泉で休養を取るという手もあると思ったが、自分たちと一緒では落ち着くことも出来ないだろう。

そんな佐助の理由を聞いた真田は、ぼたぼたと顔中から透明な液体を流し始めた。

「ざ、ざずうぅぅげええぇぇ……」

「ちょっと、何泣いてんの!?別に真田の旦那の面倒を見るのが嫌になったわけじゃないって!」

真田が佐助に見捨てられたわけではない。たまには一人で羽を伸ばす時間も必要なのである。政宗にはそれがよく分かった。常にうるさい連中に囲まれていると、時々静寂が恋しくなる。静寂の中に居続けると、再び喧噪に身を委ねたくなる。そういうものなのだ。

涙と鼻水でべしょべしょになった真田に、佐助はタオルを手渡した。タオルで顔を拭き、鼻をかんだあと、真田は佐助に心配そうな眼差しを向けた。

「も、もし、俺が温泉に行っている間に、お前が干からびていたらどうするのだ!?」

「干からびるって……俺を節足動物かなんかだと思ってんの、旦那」

何をしたら佐助が干からびるというのだろうか。妙な心配をする真田に、佐助は呆れたように突っ込んだ。佐助が一人になる真田を心配するのならば分かるが、一人になる佐助を真田が心配するというのはおかしなものである。

漫才でも見るように、2人のやり取りを眺めていた元親が口を開いた。

「じゃあ、佐助は今回欠席ってワケだな」

いつの間にか、元親がチラシの裏にメンバーの名前を書いて出欠を取っていた。佐助の所に横線を引いている。変な所で細かいというか、場をまとめる役にかなり向いている男なのだ。そういうところは、政宗も感心してしまう。

その時、成り行きを眺めていた慶次が片手を軽く上げた。

「おっと、俺もちょっと今回はパスさせてもらおうかな」

「ええぇぇぇ!?なんで、慶ちゃんそういうの好きそうなのに」

佐助に続く慶次の辞退発言に、佐助自身が大いに驚いてしまった。あのお祭り騒ぎ大好き人間が、仲間内で行く温泉旅行を遠慮するなど一体どうしたことだろう。

同様に驚いていた政宗も元親と顔を見合わせる。不思議そうな表情をしている同居人たちを見て、慶次は困ったように笑って説明した。

「ちょっとさ、行かなきゃならないトコがあるんだよ」

「どこに行くんだ?女のトコか?」

行かなくてはならない場所という発言に、元親が食いついた。先ほど佐助と政宗に弄られたのと同じ内容で問い詰める。政宗もニヤニヤしながら、慶次の方を眺めていた。恋だのなんだのと言っている割に、本人の色恋沙汰に関する話は全く聞かない。だから、女性絡みでないことは分かっているのだ。

元親と政宗、そして便乗してきた佐助に問い詰められ、慶次は頬をぽりぽりと掻きながら口を開いた。

「うーん、女は女だけどね」

「マジかよおぉぉ!?」

慶次の答えに、一同はどよめきたった。思いも寄らない答えだった。あの慶次に彼女がいたとは思いもしなかった。どんな女性なのか、とても気になる所である。

しかし、これは是非とも慶次を温泉に連れて行かなくてはならない。ここの住人の中で、慶次一人だけ抜け駆けしていたということである。そんな裏切り者には相応の罰という名の八つ当たりを受けさせなくてはならない。

「お前、温泉に強制連行決定な!」

「いやぁ、でも墓参りってやつだから」

へへへ、と軽く笑って言う慶次に、元親も政宗も言葉を続けることが出来なかった。深く触れてはいけない話なのだろうと直感的に分かったのだ。目を見開いたまま、しばらく沈黙してしまった。

それなら仕方ねぇな、と元親が呟いた。慶次も急に静まり返った場の空気を元に戻そうと、明るい調子で笑っている。

いつも明るくお祭り騒ぎが好きな慶次にも、触れられたくない過去というのはあるのだ。そう思うと、政宗は何故か逆に安心したような気持ちのなった。一点の曇りもない完璧な人生を歩んできた者などいない。後悔や憂い、悲しみなど何かしら抱えて皆生きている。それを慶次は隠さなかった。

本当のことを言わなくとも、嘘をついて上手く誤魔化すことも出来ただろう。しかし、敢えて慶次は嘘をつかずに、本当のことを政宗たちに伝えた。それは信頼されている証だと思えるのだ。

今はその内容を詳しく聞くことはできない。しかし、もし慶次が自分から話してくれるようになったら、きちんと向き合って聞けるようになっていたいと政宗は思っていた。

「一緒に行きたいんだけど、ホント今回は御免な」

「良いってことさ。土産はちゃんと買ってきてやるからな」

「んじゃ、俺様と慶ちゃんはお留守番組だね」

いつもの調子を取り戻した元親が、慶次の謝罪に笑って答えた。佐助と慶次が抜けて、残り2人。これでちょうど人数的には良くなった。だが、一応予定は聞いておかなくてはならない。そう思ったらしい元親が、政宗の方を向いて尋ねてきた。

「お前はどうする、政宗」

「オレか?オレは暇だから行ってやるぜ。今は学校もspring vacationだからな」

そう。政宗は今、初めての長い春休みを満喫しているのだ。満喫しているといっても、バイトぐらいしか予定がないため、かなりの日数でシフトを入れていた。だが、遊び盛りの大学生が春休みに、ただひたすらパン屋でパンを作って売るというだけでは悲しいにもほどがある。たまに出掛けようと思っても、金銭的な心配があるのでなかなか遠出をする機会もない。だから、この温泉旅行は出来れば行きたいと思っていた。

ただガツガツと行きたがっている雰囲気を見せるのはcoolではない。折角だから行ってやる、というぐらいの様子で余裕を見せた方が格好良い気がするので、あまり興味のない風を装って答えた。くだらないと思われるかもしれないが、これが政宗のポリシーなのだ。

政宗のそっけない返事に、元親はニッと笑った。

「んじゃ、真田も行くし政宗も行くってことで、元就お前はどうする?」

一人、さんさんと輝く太陽を窓から眺めている毛利に元親は話しかけた。毛利は先ほどから話に参加していなかったが、内容は聞いていたらしい。自分に話が来るまで待っていたのだろう。

元親の問いかけに、毛利は妙に居丈高な態度で答えた。

「ついてきてくださいお願いします、と土下座をすれば一緒に行ってやらんこともない」

「じゃ、元就も行くってコトだな」

長い付き合いのため、元親は毛利の扱い方を心得ているようだ。政宗には毛利の発言から元親のように上手く流せる自信はない。絶対に突っ込みを入れて、それなら来なくて良いと言い返してしまうに違いない。

元親がチケットの裏に名前を書き込む。これでちょうど4人。留守番組の2人にも、きちんと土産を買ってこよう。また、泊まりに行く準備もしなければならない。温泉旅行という珍しいイベントに、政宗の気分も自然と盛り上がってきた。そして、気分が盛り上がっていたのは政宗だけではなかった。

「ぬうぉぉおおぉ!みなぎってきたでござるうぅああぁぁ!」

真田がそう叫んで拳を振り上げた。その瞬間、ガスッという音が聞こえてきた。真田の拳の先には、毛利の顔があった。窓際から移動しようとしていた最中に、真田の一撃を喰らってしまったようだ。

「ももも毛利殿おぉぉぉ!?申し訳ござらぬ!わ、わざとでは……」

「さ、真田……貴様…………日輪に捧げ奉られたいか……」

右目を押さえて、毛利が低い声を出す。ちょうど右目の瞼辺りに直撃したのだろう。目の部分に当たったとはいえ、悪態をつける余裕はあるのでおそらく大丈夫だろう。もしかしたら、明日あたりには青あざになっているかもしれないが。

毛利は呪いでもかけそうな雰囲気で真田にジリジリとにじり寄っていく。怯えた真田は佐助の背後に隠れていた。佐助は苦笑しながら、毛利をなだめようとしている。相変わらずな連中だと政宗は思っていた。

相変わらずな連中とこれから向かう2泊3日の温泉旅行。これが全ての始まりだったのである。


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