紆余曲折はあったものの、三成たちはなんとか天海より教えられし北の地へと辿り着くことが出来た。

――出来たが。

「なんだ、ここは?」

日の本中の禍々しい妖気を凝縮して、一カ所に放出したような場所であった。周囲に漂う死臭と火の玉のような光を見て、三成たちは呆然と立ち尽くしている。

こんな場所に、素敵な友達を100人も紹介してくれるような人物がいるのだろうか。いや、それよりも人がいるのかさえ疑問である。

いるのは死体ばかりで、人っ子一人見当たらない。人どころか、他に生きているものがいる気配もない。

ぞわぞわとした寒気を感じつつ、三成は歩みを進める。どこかに南部という男に関する手掛かりがないか、注意深く探しながら。

その時、急にガシッと肩を掴まれて、三成は心臓が飛び出そうなほど驚いた。

「こっ、こっ、こここここ……」

「なっ、何だっ!?突然、鶏の真似など始めて!」

三成の肩を掴んだのは、ガチガチに固まった表情で同じ言葉を繰り返す真田だった。

鶏の真似をしているわけではなく、この雰囲気に恐怖を感じて歯の根が合わなくなっているだけである。

「ここは一体どこなのか?って、真田の旦那は聞きたいみたいなんだけどさ」

付き合いの長い佐助が、真田の言葉にならない台詞を通訳する。あの言葉で、真田の言いたいことを一瞬で理解出来るのは、この世で佐助だけだろう。

しかし、どこだと問われても、三成に答えることは出来ない。そういえば、天海はあの世とこの世の狭間と言っていた気がする。あの時は何気なく聞き流してしまった言葉であるが、今思うととんでもない事実を表した言葉だったに違いない。

長曾我部も島津も顔を強張らせながら歩いている。直江に至っては、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうな顔色をしている。

こんな場所に長居は無用だ。そう思って三成が足早に歩を進めていると、目の前に妙な物体が現れた。ふよふよと浮いている、4つの青い人魂である。

「なっ!?」

何だ、と言う間もなく、青く光る人魂は尋常でない速さで移動した。真田、佐助、島津、長曾我部の4人に向かって。

そして一瞬の後に、人魂は4人の胸に体当たりをするかのように突っ込んでいき、そのまま体に潜り込んでしまった。

「ぐっ!」

胸を押さえて、真田や長曾我部がガクリと膝をつく。その後、4人は地に倒れ伏してしまった。

三成はその光景を、ただ呆然と眺めるしかなかった。こういう場合にどうしたら良いのか、三成には分からないのだ。

直江は立った状態で気を失っているようで、直立不動のまま白眼を剥いている。

「お、おい、大丈夫か、貴様ら……」

掠れ気味の声で、三成は真田たちに声を掛けた。死んでしまったのか。あの程度の攻撃で、死ぬようなたまではないと思うが、不安が押し寄せてくる。

無事かどうか確認しようと手を伸ばした時、ピクリと佐助の体が動いた。生きている。それが分かって、安心すると同時に怒りが沸いてきた。しなくとも良い心配をさせられたせいだ。

しばらくして、4人がゆっくりと起き上がり始めた。普段からは信じられないような、緩慢な動きである。

無事だと分かったからには、容赦する必要もない。いつものように、苛立った声で三成は真田たちに怒りをぶつけようとした。

「おい!貴様、ら……?」

違う。いつもの彼らではない。三成は本能的に感じ取った。今目の前に立って動いているモノと、これまで一緒にいた彼らとは全く別物である、と。

ニタニタとした妙な笑みを浮かべて、4人は赤く光らせた目を三成に向けた。やはり、様子がおかしい。あの青い人魂に取り憑かれてしまった。そうとしか考えられない。

どう対処すべきか三成が悩んでいると、彼らはゆっくりと武器を構えた。どうやら三成を攻撃対象と見なしたらしい。

三成は危機的状況に陥っていた。霊に取り憑かれた人間を、どうやって正気に戻せるのか分からない。だから、自分に害が及ぶ前に、目の前の4人を始末しなければならないのだ。こんな場所で、三成は倒れるわけにはいかなかった。

しかし、刀の柄にかけた右手が動かなかった。

いつもならば、躊躇うことなく斬りつけているはずである。己の前に立ち塞がる者があれば、三成は誰であろうと容赦なく斬り捨てている。

それなのに、何故今この状況で右手が動かないのか。脳から動けと命令を出しているはずなのに、刀を抜くことすらできない。

三成は気付いた。右手に動けと命ずる自分がいる一方で、それを必死に止める自分がいることに。

思えば、彼らと行動を共にするのが当たり前のことになっていた。それが極自然なことであると、知らぬ間に思うようになっていた。

これでは本当の友ではないか、と三成が思った瞬間、目の前の4人が襲いかかってきた。拙い、と思いながらも、やはり手は動かすことが出来なかった。

――その時。

「俺は無敵いぃぃぃぃ!」

三成の前に、直江が飛び出してきた。三成を攻撃から庇うように。

真田の一撃で、直江は勢いよく宙に舞った。何故こんなことをするのか、と三成は吹き飛ぶ直江の姿を呆然と見ていた。自らの身命を賭して、知り合ったばかりの者を庇うことなど、三成には理解出来ない。

不意にパラパラと何か細かい粒状のものが降ってきた。そして、落下してきた直江を見て、真田たちは何故か怯えたようにそこから離れたのである。

倒れた直江の周りには、白い砂のようなものが散らばっている。塩だ。直江が背負っていた樽が壊れて、中から溢れた塩に怯えているのだ。古来より、塩は清めの力があると言われている。こういう霊などの類に効果もあるのだろう。

そう気付いた三成は素早く直江に近付いて、周囲に散乱した上杉の塩をギュッと握り締めた。チラリと見ると、直江は頭を強かに打ち、気を失っているだけのようだ。

塩を握った手を構えて、三成は4人の方に近付いていく。

「正気に戻れ、貴様らあぁぁぁ!」

握った塩を、三成は思い切り真田の顔に叩きつけた。いや、それよりも塩で殴りつけたと言った方が正しいだろう。その拍子に、真田は後ろへと吹っ飛んでいった。そのまま倒れて、動かなくなってしまったのである。

長曾我部たちが三成の攻撃に怯んでいる隙に、再び塩を取りに直江の元へと戻る。両手いっぱいに塩を抱えた三成は、ふははははと半ば自暴自棄にも近い笑い声を上げて、残りの3人への攻撃を開始した。

島津に、佐助に、長曾我部に、三成は力の限り塩を投げつける。塩を顔面に受け止め、彼らは悶絶しながら倒れる。塩を撒いているだけなのだが、その光景はある意味で壮絶なものとなっていた。

1人残った三成が肩で息をして立ち尽くしていると、もぞもぞと動く人物の姿が見えた。

「そ、某は一体なにをぶへあぁっ!?」

よろよろと立ち上がった真田の顎に、三成の拳が炸裂した。正気を取り戻したと分かった瞬間、三成の安堵と怒りが頂点に達し、それが形として表れたのである。

真田に続いて、正気に戻った島津たちも頭を振りながら立ち上がった。彼らも自分の身に一体何が起きたのか、分かっていないようだ。塩塗れになった顔を不思議そうに撫でている。

「霊に取り憑かれるなど、腑抜けすぎだ」

険しい顔をして言う三成の言葉から、佐助は自らに起きた出来事を理解した。長曾我部と島津もなんとなく分かってきたのか、目を丸くして三成の方を見た。

「迷惑かけちまったみてぇで、悪かったな」

困ったような表情をして、長曾我部は謝罪する。三成としては、真田に一発お見舞いした時点で気が晴れていたので、これ以上文句を言うつもりもなかった。またもし何かあった場合は、躊躇うことなく斬滅してやる、と心に決めはしたが。

三成に殴り飛ばされた真田を佐助が抱え起こしていると、その顔がビキリと強張った。

「ちょちょちょちょっと!石田さん、後ろ後ろー!」

「おぉ、三成どん!こげん所にも人ばおったみたいだど」

佐助の言葉に続いて、島津が驚いたような声を上げた。いつの間にか三成の背後に、片目を布で覆った矮躯の老人が立っていたのだ。

「何用で、ここに参った?」

「貴様が、南部晴政か」

「如何にも」

ゆっくりと近付いて問う三成に、男は静かに答えた。淡々とした口調で、抑揚というものがほとんど感じられない。

この薄暗い雰囲気を纏った男が、三成の探していた南部という人物であった。ここにきて、ようやく目的の人物を見つけた。その嬉しさから、三成の気持ちが少し高揚し始めた。

「天海という僧から聞いたのだ。貴様に頼めば、素敵な友人を100人ほど紹介してくれるとな!」

「友が欲しいと申すか、ホウ、ホウ……」

無意味に刀を突きつけながら、三成は珍しく饒舌に告げた。そんな三成の言葉に、南部はゆるゆると頷く。脅しに近い三成の行動に、抵抗する素振りすら見せない。

この調子ならば、順調にことが運びそうだ。先ほどまでの尋常でない状況から、事態は好転しつつある。この男はどのような人物を友人として紹介してくれるのだろうか。三成は含み笑いをしながら、南部を眺めていた。

戻りてたまわれ、と南部がぼそぼそ呟く。その周りに、先ほど見たのと同じような青く光る人魂が現れた。しかも1つ2つではない。きちんと数える暇はないが、百近くはあるだろう。

その青い光が、周囲の死体たちに降り注ぐ。その光を体に取り込んだ死体たちが、1人また1人と起き上がり始めた。その後、ゆっくりと移動を始めたのである。

そんなおぞましい光景に、三成は嫌な予感を感じていた。そしてその予感は、残念ながら現実のものとなりつつあった。

「一つ、聞くが……これが貴様の紹介する友人とやらなのか?」

「如何にも」

頬を引きつらせて尋ねる三成に、南部はやはり起伏のない声で返す。

三成の周りに、現世に魂を呼び戻された100体の亡者が集結した。死んでから時間が経ち、体の腐敗の進んでいる者もいるので、さながら地獄絵図となっている。

「こっ、これの……!これのどこが素敵な友人だあぁぁぁ!」

三成の絶叫が、静かな霊場に木霊した。恨むべきは、あの怪僧か。

真田は友が増えたと嬉しそうに喜んでいる。島津は酒を飲みながら豪快に笑っている。長曾我部は乾いた笑いを浮かべている。佐助は憐憫に満ちた視線を三成に向けている。そして、直江は未だ意識を失ったままであった。

気付けば、南部の姿が見えない。用は済んだとばかりに、この場から立ち去ってしまったようだ。

この亡者軍団をどうすれば良いのか、と三成は頭を抱える羽目になった。この動く死体の集団は、三成の後をついてくる。動きは遅いが、確実に後を追ってきているのだ。

多くの友を得たいと望んだが、こんな集団を友にはしたくはない。生理的に受け付けない。しかし、100人いるという点において、三成の心は振り子のように振れていた。これだけの数がいれば、家康には勝てる。家康を悔しがらせることが出来るのだ。

三成は決めた。家康に勝つために、この亡者軍団を友にするという覚悟を決めた。その拳をぐっと握り締める。

「ふふ、ふはははは!私は貴様に勝つ、いえやあぁぁすううぅぅぅ!」

若干涙目になりながら、三成は高らかに叫んだのだった。その声に、少し投げ遣りな響きを含ませて。





げっそりとした表情で100体の亡者を引きつれて歩く三成を見て、大谷と毛利が無言で互いに顔を見合せたのは、その翌々日のことである。


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