天海に教えられた通り、三成たちは最北の地・恐山に向かった。そこにいる南部という男に会うために。そして、100人の友を一挙獲得するために。
これほど沢山の友を得ることが出来れば、家康に勝ったも同然である。あの家康とて、100人もの友をすぐに作ることは出来ないはずだ。
100人の友を連れた自分を見て、悔しがる家康の姿を想像すると、とても楽しい気分になってきた。自身が大切にする絆において負けた、という絶望を味わいながら息絶えれば良い。
もうすぐその夢が叶うのだと思うと、自然に笑いが沸き上がってくる。
「ふはははは!待っていろ、家康ううぅぅぅ!」
何故か周囲に集まっていたカラスたちが、三成の高笑いに合わせて一斉に飛び立っていった。
もんじゃな友達
その道中、三成たちは妙な光景に出くわした。男が1人、何匹かの虎と戦っているという光景だ。獰猛な虎に迫られ、じりじりと後退する男の背後には切り立った崖が立ち塞がっている。まさに絶体絶命という状況であった。
これは放ってはおけない、と真田と島津がすぐに駆け出した。三成が止める間もなく走り出した2人に続いて、佐助と長曾我部がその後を追う。
お人好しにも程がある。さっさと先に進みたいが、あの馬鹿共を置いていくわけにはいかない。それに、あの男の危機を救ったのちにその恩を盾に脅せば、友の数を増やすことが出来るかもしれない。そんな作戦を考えた三成は、真田たちの後についていった。
三成がゆっくりとした足取りで男のいる場所に行くと、既に真田たちが虎を撃退した後だった。へたり込んだ男に、長曾我部が手を差し出す。
その時、佐助が少し素っ頓狂な声を上げた。
「あぁー!?あんた、上杉さんちの無敵じゃん!」
「む、無敵なのにかたじけない」
虎に襲われていたのは、上杉さんちの無敵こと直江兼続だった。愛の字の前立てが目印という、実に分かり易い男である。
直江は長曾我部の手を掴んでヨロヨロと立ち上がると、軽く頭を下げて礼を述べた。満身創痍という様ではあるが、立つことは出来るので重傷というわけではないようだ。
虎の群れに襲われながらも、命があったのは幸運であった。直江は上杉軍でも有名な武将であったが、強さとしては一般兵とほとんど変わらないのだ。もしかしたら、一般兵よりも弱いかもしれない。
そんな彼が助かったのも、真田や島津が駆けつけたからであり、それに対して直江は感謝しきりの様子であった。
「助けてもらった礼に、無敵の俺が何か礼をしよう!」
暑苦しい口調でそう宣言する直江の前に、刀を抜いた三成が立ちはだかる。
思いもよらない三成の行動に、直江はたじろいだ。
「ならば、貴様を助けた我々に対する礼として……」
「れ、礼として……?」
「私の友達になれ!」
ちゃきーん、と刀を突きつけて三成は直江に要求する。恐ろしいほど真剣な声音で。
直江は驚きで目を丸くした。それはそうだろう。助けられた相手に、刀で脅されながら友達になれと強いられるとは普通思わない。
しばらく呆然としていた直江だが、俯いて拳を握り締めながら、プルプルと震え始めた。三成の言動があまりにも非常識すぎて怒りに触れたのだろうか、と佐助は思っていた。
――しかし。
「友達…………こちらこそ大歓迎だあぁぁぁ!むしろ、なってくれ!」
「ええぇぇぇっ!?」
今度は佐助が驚く番であった。この中で比較的常識人であるため、三成の友達集めの方法がおかしいことはよく分かっている。
何故そこまで喜んで受け入れられるのか。むしろなって欲しいとまで言うのには、何か理由があるのだろうか。
「なんでなんで!?あんな風に言われたら、普通友達になりたいなんて思わなくない?」
「俺は無敵の主人公であるがゆえに、友達がいないのだ!」
無敵が理由というわけではないだろう。そもそも、自称無敵であって、本当に無敵ではないのだ。性格やその他諸々といった理由が大きいのではないか、と佐助は思った。
直江の好意的、というより熱烈歓迎的な受け入れによって、三成も機嫌良く笑っている。あまり一般的とは言えない喜悦に満ちた笑いである。
何はともあれ、打倒・家康への道のりが、また一歩進んだのだ。これでさらに100人の友を得ることが出来れば、合計で105人。もはや家康に勝ち目はないだろう。
「私の勝ちだ、家康うぅぅぅ!」
「くううぅぅ!無敵の俺にも、ようやく友がっ!友が出来た……!」
三成の歓喜の声と、直江の感激の声が重なる。直江は友達が出来たことを、むせび泣きながら喜んでいた。
そんな直江を見て、何故か真田が男泣きを始めた。感動しているのだろうか。その隣では、島津が鼻をすすっている。変な光景だ、と思いながら佐助は、直江が何故ここにいるのか尋ねた。
「それよりあんた、どうしてこんなトコにいんの?越後からは随分離れてんじゃん」
「無敵の俺は、重要かつ極秘の任務の真っ最中なのだ!」
腰に手を当て、直江は意味もなく威張って答える。どうやら秘密の任務の真っ最中に虎に
直江の返答に、三成の耳がピクリと動いた。もしかして家康が関わっていることなのではないか、という疑心に駆られたのだ。
「重要かつ極秘の任務とは何だ?」
「この塩を運ぶ役目だ!」
三成の問いに、直江はクルリと振り返り背負っている樽を見せながら、あっさりと白状する。全く秘密になっていない。友達に対しては隠し事はしない、という考えなのだろうか。
全く家康のいの字も掠っていない内容に、三成は肩すかしを食らった気分になった。しかも、ただ塩を運ぶというくだらない任務だった。一気に脱力した三成は、ぷいと横を向く。
その時、直江の背の樽を見ていた真田が突然大声を上げた。
「もしかして上杉殿の塩でござるかああぁぁぁぁ!?」
隣で叫ばれて、耳がキィンと痛くなる。三成は思わず耳を押さえた。
「かつて上杉殿には大変世話になったと、お館様が仰っていた!その塩が!あの時の!塩くああぁぁぁ!」
「よく知っているな!この塩を運ぶのは、無敵の俺にしか出来ないことだ!」
興奮が最高潮に達したのか、今にも血管が切れそうな勢いで真田が叫ぶ。そこまで感激することなのだろうか。
上杉の塩――かつて敵方の武田が塩不足で困っていた時に、塩を送ったという出来事から、有名になった逸話である。そこから、上杉領で取れた塩は、人々の間で密かな人気を得るようになった。
敬愛する師が関わる話になり、真田は両手を上げて、天を仰いでいる。
「へぇ、コイツがあの有名な上杉の塩かい」
「魚を漬けたら旨いつまみになりそうだの」
その隣では、直江の背の樽をぽすぽす叩きながら、長曾我部と島津が酒の肴談義を始めていた。
三成のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「いい加減にしろ、貴様らあぁぁぁ!さっさと北に向かうぞっ!」
腕を振り上げて、三成が叫んだ。このほのぼのとした空気は何なのだ。こんな場所で、塩の話に花を咲かせている場合ではない。
目的は100人の友を得ることである。そのためにこのような僻地まで来たのだ。早く友を得なければ、家康に先を越されてしまうかもしれない。
ゼェゼェと息を切らして怒る三成に、長曾我部は笑顔で声を掛けた。
「なーに、イラついてんだ。魚でも食うか?イライラに効果があるらしいぜ」
「食わんっ!そもそも何故今そんなものを持っている!?」
腰に下げた魚籠から、長曾我部は魚をぴょっと取り出した。何故魚を持ち歩いているのか、三成には理解出来ない。その魚を見て、真田と直江が歓声を上げた。
調子が狂う。ヨロヨロと数歩動いて、三成は頭を左右に振る。そして、意を決したように1人でズカズカと歩き始めた。馬鹿に構っている暇はない。
1人で進み始めてしまった三成を見て、真田たちは慌てて追いかけたのだった。
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