三成としては、小早川に対して友好的に振る舞うことほど、屈辱を感じることはない。にこやかに語りかける己など想像出来ない。しかし、小早川を友として得るには、無理やりにでもやらなければならないのだ。

「いや、待て金吾。鍋は私が準備をしよう」

怒りを抑えて、三成は無理やり笑顔を作る。そのせいか、頬がピキピキと引きつり、顔がプルプルと小刻みに震えていた。さらに目もカッと見開いているのが、余計に恐ろしさを感じさせる笑顔である。

その姿に言いようもない恐怖を感じたのか、腰が引けたような体勢で小早川は鍋を抱え込んだ。

「いいよ、三成くん!僕がやるからいいよ!」

「お前に上手い鍋を食わせてやる。鍋を貸せ」

「わ、分かったよ」

有無を言わさないような雰囲気を感じ取った小早川は、恐る恐る抱えた鍋を三成に手渡した。

三成はその鍋に水を入れ、側にあったかまどに置いた。小早川の城には、至るところにかまどが設置してあり、いつ何時でも鍋を食せるような準備がしてある。まさに鍋好きによる、鍋好きのための、鍋城であった。

火にかけられた鍋を、皆でぐるりと囲む。食材はついてきた連中が持ってきているのだ。

「ほいきた、野菜だよー」

「取れたての魚も入れるぜ!」

「隠し味に酒ば入れっどー」

佐助が北の地で頂いてきた野菜類を、長曾我部が自身の領地で採って来た魚介類を、島津が自ら手作りした酒を一斉に入れた。

この素晴らしい食材で作った鍋さえ共に食べれば、小早川も上機嫌で友になってくれるに違いない。今回の作戦は上手くいくはずだ。いや、上手くいかねばならない。苛立ちを抑えて、小早川にへりくだったのだ。これで失敗などは出来ない。

煮立ってきた鍋から良い匂いが漂ってきた。食欲を刺激するようで、小早川は目を輝かせて中をしきりに覗いている。

この時、1人だけ何も持ってこなかったことに不安を感じたらしい真田と、ぼんやりと眺めているだけだった天海がもぞもぞと動き出した。

「な、ならば某は……!何か、そこら辺に生えてた草類を!」

「ふふふ、では私はこのなんだかよく分からない物体を入れましょうか」

真田は周辺の庭から引っこ抜いてきた草を、天海は懐から取り出した何とも形容しがたい謎の物体を、何故か同時にぼちゃぼちゃと投げ入れたのだった。

突然の暴挙に、お玉で鍋をかき混ぜていた三成が悲鳴をあげた。

「待て貴様ら!ワケの分からないものを入れるなあぁぁぁ!」

水の色が急激に赤色へと変化する。ぐつぐつと煮える鍋の中からは、異臭が立ち込めてきた。鼻の奥から脳髄を刺激する危険な匂いである。天海は一体どんな劇物を入れたのだろうか。

あああ、と三成は愕然とした表情になる。せっかく上手くいくと思っていたのに。これでは小早川と鍋を一緒に食べて、友達にするどころではない。

佐助も長曾我部も島津も、眉を潜めて鍋の中身を見ていた。ゴクリと息を呑む音が聞こえる。この地獄を凝縮したかのような鍋を、食べる勇気のある者はいないらしい。

真っ赤に染まった鍋をしばらく呆然と眺めた後、三成は小早川に視線を移した。

「うわあぁぁぁ!凄く美味しそうだねぇ、三成くん!」

目をキラキラと輝かせて、嬉しそうに言う小早川に、三成は顎が外れるかと思うほど驚いた。この馬鹿は視覚も嗅覚も、そして味覚も正常に働いていないのだろうか。

刺激臭を放つ赤色の鍋で、食欲がそそられることなど有り得ない。もはや三成は、これを食べ物とすら認識出来なくなっているほどである。

「もう食べ頃だよ!一緒に食べよう、三成くん!」

腕を掴んで、小早川は三成にせがむ。うがああぁぁ、と叫んで振りほどくことが出来れば、なんと良いことか。

ここで下手に小早川の機嫌を損ねるのは拙い。なんとしても、友になるという目的を果たさねばならないのだ。しかし、何故小早川が一緒に食べようと誘う対象が自分だけなのか。他の者にも声を掛ければ良いのに、と三成は思った。

「わ、私だけでなく、皆で食べた方が良いだろう!」

縋るような目つきで、三成は他の連中の方を見る。その瞬間、真田を除く3人の顔がピキリと引きつった。まさか、己の身に降りかかってくるとは思っていなかったのだろう。

わたわたと慌て出した長曾我部は、急に腹を押さえて苦しげな声を出した。

「俺は、ちょっと今腹を壊しちまってて……」

「おいは持病の二日酔いが……」

長曾我部に続いて島津も冷や汗を流しながら、頭を押さえた。持病の二日酔いってなんだ。2人とも、不自然に目が泳いでいる。

ならば、真田だ。真田があの鍋を見てもほとんど動じていないのは、確認済みである。近くに立っている真田に、三成は視線を向けた。

「某ならだいじょっ!?」

「ごめんごめん!俺様もこの人も今、断食修行中でね」

大丈夫と言おうとした真田の口を、佐助が咄嗟に手で塞いだ。主にとんでもない物を食べさせないように、という保護者のような心遣いなのだろう。

そんな4人の反応に、そうかぁ、と小早川は残念そうな声を上げた。明らかに断るための嘘なのに、信じてしまったようである。

「き、貴様らあぁぁ……!」

「三成くん、食べよう!」

小早川に促され、三成はぐっと言いよどむ。ここで断れば、全てが水泡に帰してしまうかもしれない。

三成の横に立った小早川は、何も持たない手を鍋の中に突っ込んだ。その中から、良い具合に煮えた野菜を掴んで取り出し、そのままパクパクと食べ始めたのである。

何故素手で食べるんだ、という疑問を抱きながら三成が眺めていると、小早川が満面の笑みを向けてきた。

「はいっ、取ってあげたよ、三成くん!」

「いっ……」

いらん、と言いそうになるのを堪えて、三成は小早川からネギらしき野菜を受け取った。ネギといえば白と緑で構成されているが、もはや全て赤に染まっているのでネギなのかも分からない。

いつの間にか、他の連中は好奇の視線を向けていた。裏切り者めええぇぇ、と三成は恨みに満ちた目で睨み返す。

こうなれば覚悟を決めねばならない。こんなことになったのも、元を辿れば家康が悪いのだ。家康が絆などと言い出さなければ、自分もこんな風に友を無理やり作る必要もなかった。全部、家康が悪い。

「いえやっすうぅぅぅ!」

喉が張り裂けんばかりに叫びながら、三成はネギとおぼしき野菜を口に入れた。その瞬間、口が爆発するかのような感覚が走った。辛い、死にそうに辛かった。

口を押さえ、涙目になりながらも、吐き出すまいと必死に飲み込もうとするが、それがかなりツラい。

おそらくこの辛さの原因は、幸村が入れた草類と天海の入れた謎の物体だろう。そのせいで、鍋が恐ろしい化学反応でも起こしたに違いない。ちらりとその方を見れば、幸村はわくわくとした瞳を向け、天海は愉しげな笑い声を上げていた。

小早川は小早川で、自らも食べつつどんどんと鍋の中身を三成に渡してくる。三成の惨状に気がついていないようだ。あまりの辛さに、唇がヒリヒリと腫れてきていた。

必死にネギのようなものを嚥下し、魚だったであろう物体を咀嚼し、かつては白菜と呼ばれていただろう野菜を口に含んだまでが、三成の限界だった。

「いい加減にしろ!金吾おぉぉぉぉ!」

怒りが頂点に達した三成は、鍋を勢いよくひっくり返して、刀に手をかけた。突然キレた三成に、それまで上機嫌だった小早川も、憐れみの目で見ていた長曾我部たちも驚いた。

小早川を友として得るという目的は、もうどうでもよくなっていた。この目の前の愚鈍な男を斬り殺したいという衝動に駆られていた。

再び恐怖で顔色を青くした小早川は、三成の近くから素早く離れる。

「うわあぁぁぁん!やっぱりいつもの三成くんだあぁぁぁ!」

そして、空になった鍋を引っ繰り返して、小早川はその上に素早く乗り、勢いよく滑走し始めた。一瞬でそんな行動を機敏に取れるとは思っておらず、三成の一刀は空振りに終わってしまった。

「僕はこれから戦国美食会の会合があるんだあぁぁぁ!天海様、あとはよろしくうぅぅぅぅ!」

クルクルと回転移動をする鍋に収まった小早川は、そのままどこかへと去っていってしまった。戦国美食会の会合とやらは、ただの言い訳だろう。

怒気の冷めやらぬ三成は、小早川を取り逃がしたことでさらに立腹し、地団太を踏んで悔しがっている。

結局、失敗に終わってしまった。小早川に友好的な態度をとり、あまつさえ味覚が破壊されそうな激辛鍋を懸命に食べた三成の努力は実らなかったのだ。

「おやおや、金吾さんたら……」

勝手に後を任された天海は、消えていく小早川の方をしばらく眺めたのち、三成たちの方に向いた。

「聞けば、貴方達は友人を集めているそうですね。それもかなりの数の……」

聞けばも何も、まだそんなことは一言も説明していない。小早川がいた時点でさえ、話に出していないのに、どうしてそのことを知っているのだろうか。

胡散臭いものを見るような目つきで三成が眺めていると、天海はするりと手を差し出してきた。

「よろしければ、私が友達になって差し上げましょうか?」

唐突な申し出に三成だけでなく、他の者もぎょっと驚いた。おそらく逃げた小早川に代わって、申し出ているのだろう。

しかし、三成の本能が訴えていた――この男は危険だと。友達は欲しいが、危険人物はご遠慮願いたい。

首をブンブンと横に振って、三成は拒絶の意を示した。

「え、遠慮させてもらう!」

「ふふふふ、そうですか。ならば、1つ良いことを教えて差し上げましょう」

後退る三成にじりじりと近付いた天海は、人差し指をピッと立てて告げる。この男の言う良いことというのは、あまり良いとは思えないから不思議である。

話半分に聞いておくぐらいがちょうど良いのかもしれない。そんなことを考えながら、三成はこの得体のしれない男をじっと見つめていた。

「この世とあの世の狭間にある最北の地に、南部晴政という男がいましてね」

「その男が何だ?」

「彼ならば、素敵なお友達をたくさん紹介してくれますよ。100人は容易いでしょう」

100人は容易い――その言葉に、三成の考えが一気に反対側に振り切れた。100人というのは三成が目指す人数である。それだけの友を紹介してもらえれば、まさに僥倖である。

その南部という男に会えば、これ以上苦労する必要はない。今までのように殴られたり、辛い物を食べたりすることもないはずである。

先ほどまでの不審げな表情から一変して、三成は希望に満ちた笑みを浮かべている。そんな三成を見て、天海は薄気味悪い笑みを浮かべていた。愉しくて堪らないというような笑みである。

三成は小さく拳を握りしめ、バッと後ろを振り向いた。

「よし、次は北へ向かうぞ」

『おー!』

ヒリヒリと痛む唇で、三成は真田たちに声を掛けた。目指すは最北の地である。三成の掛け声に、真田と島津が拳を上げて応えた。

三成はまだ気付いていなかった。自身に緩やかな変化が訪れていることに。

大谷などの心を許した者以外に、共に行動をしようと声を掛けるなどこれまではなかった。それが今、少しずつ変わってきているのだ。





そして、長曾我部と佐助の2人は気付いていた。もう1つの三成の変化に。

唇がたらこのように赤く腫れている三成の顔を見た2人は、肩を震わせて必死で笑いを堪えていたのであった。


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