何故上手くいかないのか。作戦としては完璧だったはずなのに。眉間に深い皺を刻み、三成は考えていた。

先日、新たな友を獲得しようと各地へ出掛けた。しかし、雑賀衆の頭領からは銃弾の雨で、伊予河野の巫女からは矢の雨で丁重にお断りされた。

何がいけないというのか。刀で脅せば、前のように成功すると考えていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。

今のところ、真田とその忍、島津に長曾我部の計4人しかいないのだ。これは由々しき事態である。この調子では、100人には到底達することが出来ない。

そして、三成は気付いた。1人、友として得られるであろう人物がいたことに。個人的な心情としては、あの男を友などと呼びたくはないが、この際我が儘は言っていられない。愚鈍な輩とはいっても、数合わせぐらいにはなるはずだ。

家康に数で劣ることほど、許せないことはない。絆の大切さを説きながら、三成の大事な絆をあっさりと奪っていったあの男ほど許せない者はいない。

だから、奴より一人でも多くの友を得なくてはならない。たとえあの小早川とて、頭数としてぐらいには使えるだろう。それを足掛かりにして、着実に数を増やしていくのだ。

大事な大事な絆で負けて、悔しがる家康の姿を想像して、笑いがこみ上げてきた。

「ふふふ、ふはははは!惨めに負けて、許しを請え、家康うぅぅぅ!」



鍋を囲む友達



「小早川殿でござるか」

「……貴様、どこから湧いて出た?」

1人高笑いをしていたら、真田が左隣に立っていた。先ほどまで高ぶっていた心が、急激に冷えていく。何故かとてつもない気恥ずかしさを感じる。人に見られていないと思っていた行動が、実はばっちり目撃されていた時に感じる気分だ。

さらに、どうして三成が脳内で立てていた計画を知っているのか。この男、惚けた風を装って読心術でも心得ているのではないか、と一瞬不安になった。

突然、右肩をポンと叩かれた。三成の心臓がドキリと跳ね上がる。

「さっきから、ずっとおったど!気付かんかったね?」

「しかも、思ってること口に出てたぜ!だだ漏れだ、だだ漏れ!」

真田だけではなかった。島津に長曾我部までいる。何故こんなに人が集まっているのに気付いていなかったのか。いや、忍でもないのに、気配を感じさせずに近付いてくる方がおかしいのだ。

しかも、どうやら考えていたことが口に出てしまっていたらしい。気分が高ぶると、つい口に出してしまうようだ。

「何故、貴様らまでいる!?」

「何故って、友達だから?」

三成の問いに、長曾我部は疑問形で返す。答になっていない答である。友達だから、何故いることになるのか。そこからして理解出来ない。

雑賀と伊予河野に赴いた時もそうだった。頼んでもいないのに、この4人はひょこひょこついてきて、余計なことをした挙げ句、みな揃って銃弾と矢の雨あられを受けたのだ。

イライラとした顔をしていると、島津が肩をばしばしと叩いてきた。

「1人で悩むよりも、みんなで考えた方が良かー」

よくよく考えれば、島津の言うことも一理ある。これまで順調にいっていた友集めが、全くうまくいっていない事態を如何に打破すべきか。そして、小早川を確実に友として得るにはどうするべきか。脳天気であまり考えるということをしていないが、そういうことには詳しそうなこの連中を有効的に活用すれば良いのだ。

剣呑な表情のまま、三成は腕を組んだ。そして、真田たちに尋ねたのである。

「何か案でもあるのか?」

「友ならば、互いの思いをその拳に詰め込んで、全身全霊を込めてその思いをぶつけ合えば良いでござる!」

「それは単にお前の趣味だろう!」

真田の案に、三成の顔が思わず歪んだ。誰もかれもが殴られて友情に目覚めるわけではない、と三成は思っている。そして、事あるごとに殴り合いになっているが、自分と真田の間にも友情など芽生えるはずがない。家康に負けたくない一心で、友を集めているだけなのだ。ただの対抗心によるものなのだ。三成は自身にそう言い聞かせていた。

真田の案、というより信念のようなものは速攻で却下された。こうなれば、いつものように刀で脅すしかない。あの小早川ならば、三成が少し刀の切っ先を突き付ければ、土下座しながら友となってくれるだろう。

「金吾なら武器で脅せば、すぐに言うことを聞くはずだ」

「いやいや、あいつにゃそれは駄目だろ」

「あのわかもんには逆効果ね」

長曾我部と島津から反対意見を述べられる。脅すと逆効果とは思わなかった。聞けば、脅しただけではすぐに裏切られる可能性があるという。裏切りという言葉を聞いて、三成の頭に血が上った。これ以上、誰かに裏切られるのは嫌だった。

ならば、どうすれば良いというのか。真田の言うように、殴り合うしかないのだろうか。逆に、こちらが頭を下げて友達になってもらうという手もあるが、それだけは絶対にやりたくない。あの金吾に頭を下げるなど、考えられない。その光景を少し想像しただけで、三成の怒りがさらに沸き立つ。

口をへの字に曲げて考え込んでいると、長曾我部が不意に大声を上げた。

「良いこと思いついたぜ!」

「良いこと、だと?」

「そう。こういう場合は相手の土俵に乗っかってやりゃ良いんだよ!」

手の平をパタパタと動かしてにこやかに言う長曾我部の言葉に、三成は怪訝そうに眉を潜めた。土俵に乗るとは、どういう意味なのだろうか。

しかし、どのような方法であろうと確実であれば良い。一度話を聞いて問題なく進められるようなら、その方法を採用しよう。そう考えて、三成は長曾我部の案を聞いたのであった。





「金吾おおぉぉぉ!」

「うわあぁぁぁ!?三成くん!?ごめんなさいごめんなさい!」

まだ何も言っていないのに、小早川は土下座をして謝り始める。日頃の三成の態度に、恐怖を覚えているのだ。

ここは小早川が居を構える鳥城。三成たちがいきなり乗り込んで来たのを見て、小早川は慌てていた。何か言われるようなことをした覚えもないし、怒られるようなことを言った覚えもない。

その結果、何かを言われる前に謝ってしまえということで、小早川は瞬間的に土下座をしたのである。そんな小早川の背後から、するりと人影が現れた。

「おやおや金吾さん、お客さんがいっぱいですねぇ」

うねうねと妙な動きをしている銀髪の僧・天海は、愉しげな口調で小早川に話しかける。全身から胡散臭さが滲み出ているのだが、小早川はこの怪僧を慕っている。

「なぁ、あいつどっかで見たことねぇか?」

「うん、絶対どこかで会ったことあると思う」

長曾我部と佐助は、少しげんなりとした表情で天海を見つめていた。その髪形、その口調、その動き方。どこかで見たことのある男に似ている。その男は、ある戦いで死んだと言われているが。

あの変態ならば、死んだように見せかけて生きていても不思議はない。しかし、初対面の人物に対し不躾に聞くのも躊躇われるのと、あまり関わり合いたくないという理由で、敢えて2人はその疑念に触れないことにした。

頭を地につけて謝り続ける様子を、眺めているだけでは埒が明かない。三成は小早川に対し、再び声を掛けた。

「金吾おぉぉぉ……!」

「な、何、三成くん!?」

「私と……私と一緒に鍋を食ええぇぇぇ!」

少しだけ顔を上げた小早川は、ぱちぱちと目を瞬かせた。忌々しげに吐き捨てられた台詞とその内容が一致せず、すぐには理解出来なかったようである。

長曾我部のあげた案とは、鍋好きな小早川と一緒に鍋を囲み、和気藹々と食べることで、友情を育むという作戦であった。人に警戒心を抱かせず、スススと上手く懐に忍び込むには、相手の好きな物事を利用するのが手っ取り早い。そんな長曾我部の主張を理にかなっていると判断した三成は、早速実行に移したのである。

しばらくぽかんとしていたが、三成の言葉の意味を理解した小早川は、ガバリと起き上がって、大仰に驚く仕草を見せた。

「な!?と、突然どうしたの?いつもは鍋を見ると怒り狂ってるのに!鍋の良さに目覚めてくれたの!?」

「えぇい、四の五の言わず、鍋の準備をしろ!」

鍋仲間が出来た、それも鍋を嫌っていた三成が仲間になったと思い込んだ小早川は嬉しそうな声を上げる。三成としては、鍋よりも小早川を毛嫌いしていただけであるが。

しかし、その後の高圧的な三成の物言いに、小早川は鍋の下で身を竦めてしまった。そんな2人のやりとりを眺めていた長曾我部が、三成に耳打ちする。

「なぁ、もうちっと友好的に振る舞わねぇと、友達にゃなってもらえねぇぜ」

三成には小早川を友にするという、最大にして最終の目的があるのだ。そのために、ここまで来た。もう少し冷静になって、小早川に恐怖を与えないような接し方をしなくてはならないのだろう。



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