友を得るというのは案外痛みを伴うものなのだな、と腫れが引いた顔を撫でながら、三成は考えていた。

その痛みのお陰で、友を作ることが出来たのだ。多少の我慢はするつもりだが、限度というものがある。会う度に全力で殴られていたら、顔の形が変わってしまうかもしれない。

しかし何より問題であるのは、今現在得た友の数が、真田と猿飛のたった2人ということである。まだまだ家康には遠く及ばない。もっと多くの友を作らなくてはならないのだ。この程度で根を上げていたら、家康には絶対に勝てない。

家康が絆とやらを大切にしているのならば、それを超える数の絆を作り、それをもってして今家康が大事にしている絆を完膚なきまでに叩き潰してやりたい。そのためには、家康を超える絆を得なくてはならないのだ。

「私は負けんぞ、家康うぅぅぅ!」

三成は天を仰いで鋭く叫ぶ。その咆哮に、驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。



呑み友達



三成はゆっくりと森の中を歩いていた。目的の人物は、この先にいるはずである。同じ西軍に属する人物ならば、四の五の言わず友になってくれるに違いない。そんな考えを持って、とある男の居場所に向かっていた。

しばらく進むと視線の先に、人影が見えた。あの体格は、おそらく目的の男である。声を掛けようとしたら、先にあちらが気付いたようで、振り返って声を上げた。

「おぉ、三成どん!何か用かね」

目的の人物とは、九州の島津であった。三成と勝負をした後、何故か西軍に属することを選んだ剛毅な老人である。三成の進む道を見守りたいという主張は理解出来ないが、使いようによってはかなり役に立つと思い、西軍に招き入れた。

そして、その隣を見て三成は驚いた。そこには、思いがけない男がいたからである。

「あんたから出向くなんて、珍しいじゃねぇか」

島津と同じように西軍に与する長曾我部であった。自らがいない間に家康に国を襲撃されたことに憤りを感じ、家康に敵対することを選んだ男である。過去に家康と親しかった分、その怒りは深いらしい。

長曾我部という人物自身に興味はないが、信じていた者に裏切られることほど辛いものはない。その一点だけは、三成が長曾我部に共感を抱いている部分であった。

島津と長曾我部が共にいるとは思っていなかった三成は、驚きを隠せずにいた。しかし、ある意味で好都合でもあった。島津だけでなく、長曾我部もこの場で一緒に友達にしてしまえば良いのだから。

三成は口の端を上げて笑った。そして、チャキリと刀を抜いて、2人に突きつけながら叫んだのである。

「島津に長曾我部、私と友達になれ!」

2人の目が点になった。言っていることとやっていることが一致していない三成に、どう反応すれば良いのか分からず、2人は互いに顔を見合わせる。

「おいおい、あんた正気かい?刀抜いて友達になれってな、穏やかじゃねぇな」

呆れたような表情で、長曾我部が述べる。普通に考えれば、同じ軍に属するからといって、凶器で脅されて友達になる輩などいない。

しかし、三成はそれで友になると信じていた。前回この方法で上手くいったと思い込んでいるため、三成は再び同様の手段を用いたのである。それが一般常識からかなりズレた方法であると気付かないまま。

その時、遠くからズドドドという地鳴りが聞こえてきた。嫌な予感が三成の脳裏を過ぎる。刀をその方向に構える前に、左の頬に衝撃を受けた。

「三成殿おぉぉぉぉ!」

「ぐはあぁっ!?」

思い切り殴り飛ばされた。三成は勢いよく真横に吹っ飛んでいく。

三成を殴ったのは、真田であった。友となってから、何故か執拗に付きまとわれるようになった。そして、会う度に殴られる羽目になっている。

吹き飛んだ先には岩があり、それに激しい音を立てて三成はぶつかった。そして、そのまま片膝をついて、三成は真田の方を鋭い目つきで睨みつけた。

「真田あぁぁぁ!貴様を斬滅してやるうぅぅぅ!」

殴られた頬が赤くなっている。すっかりと油断していた。この熱血猛進男はいつ何時現れるか分からないのだ。現れたが最後、友情を深めるだのなんだのと言いつつ、ただの殴り合いが始まる。

三成が刀を使おうとすると、家康を引き合いに出されるので、それに毎回ブチギレて拳のみの殴り合いに発展する。昔から武田信玄との殴り合いで鍛えられていた真田と何度も拳を交えるうちに、三成は素手での勝負にだいぶ慣れてきたような気がしていた。

殴り返そうと大きく腕を振り上げるが、真田は器用に避ける。そのまま崩してしまった体勢をなんとか立て直して、三成は次の一撃を繰り出す。その拳は、上手く真田の顎下に決まった。

そんな攻防の中、真田は島津と長曾我部の存在にようやく気付いたらしく、三成の攻撃をかわしながら2人に声を掛けた。

「おおっ、島津殿に長曾我部殿!お二人も三成殿の友になられるか!?」

「ぶわっはっはっは!おまはんら面白かー!」

三成と真田のやり取りを眺めていた島津が大声で笑った。この状況を面白いと言われても、何がどう面白いのか三成にはさっぱり分からない。

その隣では、島津につられたのか長曾我部まで腹を抱えて笑っていた。三成は動きを止めて、ムッとした表情で2人を睨みつけた。そこまで笑える場面などあっただろうか、と考えながら。

そして、ひとしきり笑ったあと、島津は自らの胸を握り締めた拳で叩いた。

「おいは三成どんの友達になるど!元親どんはどうするとね」

「へへっ、別に断る理由はねぇしな。それに、あんたのことは気に入ってんだ」

どういう心境の変化かは分からないが、どうやら島津も長曾我部も三成の友になれという申し出を――というより脅しを受け入れることにしたらしい。

これでまた一歩、家康に近づいた。思わずニヤリとした笑みが零れる。順調に友の数は増えている。この調子でいけば、家康に勝つことが出来るに違いない。

その時、隣に立っていた真田が、唐突にパシンと手を叩いた。

「ならば、ここは1つ互いに親愛の情を深め合いませぬか!?」

唇から血を流したまま、晴れ晴れとした笑顔で告げる真田に、三成は顔を歪めて固まってしまった。

かなり嫌な予感がする。というより、予感も何もソレ以外に思いつかない。

「まさか、また殴り合いでというのではないだろうな?」

「まさか、それ以外の方法があるでござるか?」

ギギギと首を左に動かして、三成は真田に尋ねる。真田はさも当然というような口調で答える。この男の行動は殴る以外の選択肢がないのか、という疑問が浮かぶ。

しかし、拳での語り合いはこれ以上勘弁願いたい。体力的にも、顔の形的にも限界が近いのだ。三成が頬を引きつらせていると、島津がどこからともなく酒を取り出して口を開いた。

「友なら、一緒に酒ば呑まんとね?」

よくやった島津、と三成は心の中で褒め称える。この助け舟は、三成にとって地獄で仏と言っても過言ではない。

しかも、島津の手作り酒という珍しい物の登場に、長曾我部と真田が沸き立った。

「良いもん持ってんじゃねぇか!みんなで呑もうぜ!」

「某、酒はあまり得意ではありませぬが、呑めるだけお呑み致しましょうぞ!」

三成も嗜む程度には呑めるが、強い方ではない。あまり深く呑まぬように、理由をつけてさっさと退散した方が良いだろうと考えていた。

それぞれ島津から酒を受け取る。この男は何本の酒を隠し持っているのだろうか。しかも、どこに隠し持っているかも謎である。

島津の一言から始まった急拵えの酒盛りも、案外盛り上がった。酒の肴になるようなものなどないが、欲しければ自分でそこら辺から採ってくれば良いのだ。そんな適当さが、長曾我部や島津の性に合っているのだろう。

しばらくすると三成が立ち上がって、1人で一気飲みを始めた。家康は案外呑める口だったと、長曾我部に焚き付けられたのだ。

どんな些細なことでも、家康に負けるのは絶対に嫌だ。三成のそういう気質を知った上で、長曾我部はからかっているのだ。

「おのれ、家康うぅぅぅ!」

家康に対する憎しみの言葉を吐いてから、三成は酒瓶を口にあて、その中身を勢いよく飲み始めた。長曾我部は笑いながら、手を叩いている。真田も少し良いが回っているのか、へらへらと笑い続けていた。

そんな場所から少し離れたところに島津は座り、酒を呑みながらその光景を眺めていた。

その時、一陣の風が舞い、どこからともなく迷彩柄の服を着た忍が現れた。そして、一人で酒を呑んでいた島津の隣に座ったのである。

「あんたも物好きだね、鬼島津さん」

「何がかね?」

「あんな風に友になれって言われて、素直になっちゃうなんて」

うちの大将もだけど、と小さく付け加える。普通であれば、あんな乱暴な方法をとる人物の友達などにはならない。だが、真田も島津も長曾我部も友になることを選んだ。

彼らが普通ではないと言えばそれまでなのかもしれないが、何か思うところがあってその選択をしているようにも佐助には思えるのだ。そう告げると、島津は目を細めて、三成たちの方を見遣った。

「あの若者たちに囲まれてりゃ、三成どんも色々気付くもんがあるはずだど」

島津は、生きることに執着しない三成の行く末を見守ると決めた。どこかで三成自身の大切さに気付いて欲しいと願っている。

太陽のように真っ直ぐで曇りのない真田、海のように広い心を持つ長曾我部。彼らには人を惹きつける明るさがある。そんな彼らと共にいることで、三成の頑なな心に多少なりとも変化が表れれば願ったりだと考えているのだ。

「やっぱ物好きだね、あんたもうちの大将も鬼の旦那も」

「おまはんも人のこと言えた義理じゃなかねー」

豪快に笑いながら、島津は佐助に酒瓶を差し出した。武田にいる時点で物好きなのは否定できねーか、と佐助は苦笑する。

ふと前方を見た島津が、嬉しそうな声を上げた。

「おー、三成どんが一番最初に潰れてしまったかね」

両脇を長曾我部と真田に抱えられて、三成はズルズルと引きずられてきた。あっさりと酔いが回ってしまったらしく、ぐったりと脱力している。まるでしなびた野菜のようだ。

どさり、と三成は地に下ろされた。気付けば、既に寝息を立てていた。

「こういう時は、一番最初に寝た奴に罰があるんだよな」

にやーりと笑う長曾我部に、にたーりと真田が笑い返す。夢の中で家康を斬首していた三成は、寝ながら笑みを浮かべていた。己が身に何が起きているかも気付かないまま。





顔中に落書きをされた三成を見て、大谷と毛利が密かに笑いあっていたのは、その翌日のことである。


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