病に倒れた武田信玄に代わり、現在武田を率いている真田幸村が三成と同盟を組みたいと申し出た。その申し出は三成にとって、2つの理由により朗報となった。
1つは、その戦力である。一時期に比べその勢力は衰退したとはいえ、東軍に対抗する戦力としては申し分のない軍勢であった。
そしてもう1つは――。
拳で語る友達
「い、石田殿!?突然、何を!」
同盟相手の三成から首元に刀を突き付けられ、真田は目を丸くした。突然、かつ理由の思い当たらない行為だからである。
傍に立っていた佐助は、咄嗟に己が武器へと手を伸ばす。三成が少しでも動いたら、迷わず斬り込むつもりだ。
妙な緊張感を纏った三成は、目を見開いて叫んだ。
「真田幸村……私と友達になれ!」
予想だにしていなかった言葉に、真田と佐助の頭上に疑問符が浮かぶ。友達と言えば、親しく付き合っている者同士のことで、それ以外の意味はない。
そんな親しい仲になって欲しいというならば、何故刀を突きつけているのだろうか。しかも、途轍もなく上から目線の命令形付きで。
友達になるのに、いざこざに巻き込まれたり、苦難を乗り越えたりという出来事を経ることはあるが、こんな方法は見たことがないと佐助は思う。
石田三成という男は少し変わっていると思ってはいたが、少しどころか大いにズレた人物らしい。そんな奴と同盟を組んで、これから共に進むというのは大変だなぁと佐助は心の中でぼやいていた。
しかし、佐助が仕える主も三成とどっこいどっこいの変人であるわけで。
「承知致した!今日から石田殿と某は友達でござる!」
「ええぇぇぇっ!?」
思ってもいなかった主の返答に、佐助は思わず大声を上げてしまった。本気で言っているのだろうかと考えたが、真田は何に対しても全力で直球なので、冗談を軽く言えるような人物ではない。だから、本気で言っているのだ。性質の悪いことに。
周りに集うのは変人ばかりだし、好敵手も変人だし、友達ぐらいはちゃんとした人物を選んで欲しい。まぁでも変人同士気が合うだろー、と佐助は笑いながら思っていた。
主が友になったのだから、仕えている者も自動的に友となる。そんな三段跳びのような考えを三成がしているとは露も知らない佐助は、他人ごとのように構えていたのである。
「では、今日これより三成殿と呼ばせて頂こう!」
親しくなったことが分かり易いように名前で呼ぶことを、真田は高らかに宣言する。
思うとおりにことが進んで喜んでいるのか、それとも友人ができたことを本気で喜んでいるのか。よく分からないが、三成はうっすらと笑みを浮かべた。嬉しさを表す笑みなのだろうが、少し怖い。
三成は刀を鞘に収めながら口を開く。
「ふん、これから貴様は私とともぐはあぁぁぁっ!?」
三成がいきなり真田に殴り飛ばされた。これには、佐助も驚かざるを得なかった。
思い切り吹っ飛んだ三成は、後方の木に勢い良く激突した。そのまま木に背をもたれさせたまま、ズリズリと座り込んだ。
そんな三成の目の前に、拳を握り締めた真田が立ちはだかった。
「そして友の証として、全身全霊を込めて殴らせて頂きまする!」
今度は三成が呆気に取られる番であった。
語り合いでなく、殴り合いで互いを理解しようとしているのだ。これが武田流の親好の深め方である。三成の友達のなり方もどうかと思うが、真田のこの友情の深め方もおかしい。そんなことを思って、佐助は軽く溜め息を吐いた。
しばらく呆然としていた三成は、真田の理解しがたい行動に激高して刀を抜いた。
「何をする、貴様あぁぁぁ!」
「待たれよ、三成殿。獲物は不要でござる。漢ならば、己が拳で語るのみ!」
「うるさい!私に斬られろ、真田幸村!」
「徳川殿は武器を持たず、拳のみで戦国の世を渡っておられるが、貴殿には出来ぬと申されるか?」
徳川、という言葉に三成の耳がピクリと動いた。そして、刀を構えたまま、固まってしまった。
真田は狙っていたのか分からないが、三成に徳川家康という言葉を言うと、かなりの反応を示す。まるで脊髄反射のように。しかも、徳川より劣るというような言い方であれば、さらに効果的である。
しばしの沈黙ののち、三成は喉が枯れんばかりに叫んだ。
「おのれ、家康うぅぅぅ!」
刀を投げ捨て、拳を握り締めながら、三成は真田めがけて一直線に走り出した。その拳が真田の頬に届く前に、顎の下から殴りあげられた。三成の体が宙に舞う。
体格の違いはさほどないが、信玄と毎日のように殴り合いをしていた真田に、三成が勝てるはずもなかった。だが、三成は諦めることなく、真田に挑んでいく。意地になっているのだろう。
殴り飛ばされては、すぐさま跳ね起き、そしてまた殴られる。そんな光景に、佐助は少しだけ懐かしさを感じていた。
「ごめんねぇ。うちの大将、誰に対しても全力だから」
一方的に殴られ続ける三成に、佐助は苦笑して呟く。その声音は申し訳無さというものを、全く感じさせていなかったが。
顔をボコボコに腫らせた三成を見て、大谷と毛利が密かに笑い合っていたのは、その翌日のことである。
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