刀の柄に手を添え、伊達政宗はゆっくりと腰を落とす。いつ動いても良いように、神経を眼前の男一点に集中させて。

目の前の男は、これから始まる戦いが楽しみで仕方がないというような笑みを浮かべている。

そんな男――徳川家康の様子に、政宗も自然と口の端を上げて笑った。



伊達政宗の家康うぅぅぅぅっ!



政宗と家康とが対峙する、ここは三方ヶ原。

伊達軍が奥州から遥々この地までやって来たのは、徳川軍と同盟を結ぶためであった。

かつて小田原で、政宗は石田三成に完膚なきまでに負けた。その屈辱を晴らすことは、弱体化した自軍のみでは叶わないと知った。だから、豊臣勢と並ぶ一大勢力となっていた徳川家康と同盟を結ぶことを画策したのである。

己の力を信ずる政宗にとって、他の勢力と同盟を結ぶというのはあまり嬉しくないことであった。この同盟は徳川の傘下に下ることを意味する。それが政宗には気に入らなかった。

ここは1つ、家康に対して自身の力を見せ、互いに対等であることを認めさせるべきだ。そして、信用に足る人物か、己が目で見定めなくてはならない。そう思った政宗は、家康に直接挑むことにしたのだ。

家康としても、同盟相手として政宗が相応しいかを確認したいのだろう。もしかしたら、単に強い相手と戦うことが楽しいのかもしれないが。

構えたまま動きを止めていた家康が先に動いた。来る、と感じた政宗は素早く刀を抜いて、後方へと体を反転させた。

「はっ!」

家康の拳が、政宗の懐を掠める。これが直撃していれば、かなりの打撃を受けただろう。一つ一つの拳に重さを感じる攻撃だ。

家康の左拳を刀で受け止め、政宗は押し返した。一旦体勢を立て直して、懐に切り込むのが良策だろう。

家康は確かに強い。しかし、政宗には勝算があった。家康は武器を持っていない。いや、己が信念に従い、武器を持たずに戦っているのだ。

武器を持たない分、その攻撃の距離は必然的に短くなる。対して、政宗の武器は刀。拳のみに比べて、相手に届き易いはずだ。その弱点を狙えば、家康に勝つことが出来る。

勢いよく繰り出された家康の拳を、政宗は刀で弾いた。そして一瞬出来た隙を見て、程よい距離を保ったまま、その刀を家康の胸元へと突き出そうとした、その時。

「ぶふぅ!?」

突然、固い金属物が政宗の顔の真ん中に直撃した。その拍子に、政宗は上半身を反らせながら後ろへと倒れ込んでしまった。

かなり痛い。鼻が折れたかもしれない。ぼたぼたと鼻から血が流れ落ちる。上体を起こして、政宗は鼻を押さえる。

一体何が起きたのか、足元近くに落ちている物を見て、政宗はすぐに理解した。

「てぇんめぇぇ、何しやがんだ!ていうか、何だよソレは!?」

片手で鼻を押さえながら、もう片方の手でその物体を指差す。

ソレとは、家康の付けていた籠手であった。

刀を家康に突き出そうとした瞬間、この籠手が政宗の顔に飛んできたのだ。

「こいつは発射する籠手だ!」

家康は悪びれることなく、堂々と言い放った。その毅然とした物言いに、政宗は呆然としていた。

はっはっは、と朗らかな笑いを浮かべて近付いてきた家康は、政宗の近くに落ちていた自らの籠手を拾い上げた。そして、カシャンと音を立てて、右腕にはめ直したのである。

未だに座り込んでいる政宗に、家康は籠手を天に掲げて高らかに言い放った。

「忠勝の技術を応用して作った!」

「そんなの籠手に応用すんじゃねえぇぇぇ!」

攻撃距離の短さを補うために、家康は忠勝が持つ高度な技術を利用したらしい。腕の微妙な動きに合わせて、籠手が発射される仕様となっている。

武器を持っていない振りをして、かなり危険な飛び道具を持っていた家康に、政宗は文句を大いに言いたかった。

皮肉と嫌味を大いに含んで引きつった笑みを、政宗は家康に向ける。

「爽やかな振りして卑怯なコトしやがるじゃねぇか、徳川さんよ」

「絆の力で天下を統べるためなら、ワシは何でもすると誓った」

「何でもするのは良いけど、方向性が明らかにおかしいだろ!」

素晴らしい信念が、とんでもない方向に突っ走ってしまったものだと政宗は思う。家康は遠い目をして、ギュッと拳を握り締めていた。

相手の痛みを理解するために武器を捨てたとはいえ、戦いに負けてしまえば元も子もない。負ければ、絆によって天下を統べるという夢も叶えられない。そこで家康が考えたのが、この発射する籠手だったのである。

政宗は刀を手に、よろよろと立ちあがった。鼻血もようやく止まった。中断してしまった戦いの続きをしなくてはならない。このまま家康に負けるのは嫌なだった。発射する籠手などという情けないものでやられた、という思い出を作るのは嫌だった。

ただ戦いを再開するにしても、これでは家康の攻撃距離の短さという弱点を利用することはできない。真正面から勝負するしかないか。そう考えた時、政宗の脳裏に妙案が一つ浮かんだ。

籠手を発射した後、家康はそれを拾わなくてはならない。発射は出来るが、自動で戻ってこないことは先ほどの家康の行動で分かった。ならば、籠手が遠くに飛んでいった時に、もしくは何かに刺さってしまった時に大きな隙が出来る。

この弱点を使わない手はない。自身に向けて飛ばされた籠手を華麗に避け、籠手を拾いに向かう家康に鮮やかに一撃を加える姿を政宗は想像する。完璧な策だ、と政宗は満足そうに笑った。

刀を握り締め、家康を真っ直ぐ見据える。政宗が復活したのを見て、家康も再び構えの体勢をとった。

今度は先に政宗が動いた。間合いを一気に詰める。しかし、あまり近付き過ぎないよう、微妙な距離を政宗は取っていた。その動きを呼び水にして、家康の一撃を誘い出す作戦なのだ。

家康の拳が届かない位置を保ちつつ、政宗は刀を閃かせる。相手が攻撃が届かない距離にずっといることに気付いた家康は少し後退した。籠手を発射するのに、程よい間合いを取るためだろう。それを政宗は見逃さなかった。

来る――瞬時に悟った政宗は、体を捻った。それと同時に、家康の籠手が腕から離れた。政宗の予想は見事に当たった。政宗が先ほどいた場所を、家康の籠手は掠めて直進していく。



1/2
 next#

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -