家康より多くの友を得ようと、三成が西へ東へ各地を歩き回っている間に、天下は二分されていた。家康は東軍の大将であり、三成は西軍の大将となっていた。

それぞれ絆の力で、また策略によって、様々な勢力を取り込んできた。その成果を試す時が来た、と言っても過言ではない。

これまでの決着をつけるための、最後の戦という大舞台。日の本中を巻き込んだ、関ヶ原の戦いの幕が開かれたのであった。



昔も今も友達



今、三成の目には家康が、家康の目には三成が映っている。戦場から少し離れた岩場で、2人は対峙していた。

ずっと望んできたこの日が、ようやくやって来たのだ。三成は気分の高ぶりを抑えられないでいた。

「覚悟しろ、家康うぅぅぅぅ!」

刀を鞘ごと手に持ち、三成は家康を睨んでいる。殺気に満ちたその瞳を、家康は真っ直ぐ見つめ返していた。

あの日から、2人は全く違う道を歩んできた。家康は自らの理想のために、三成は自らの憎しみのために、今日まで生きてきた。家康の理想を現実のものにするには三成を、三成の憎しみを払拭するには家康を倒さなければならない。

今日、こうして向かい合うのは避けられない宿命だったのだ。そう思った家康は、ギュッと拳を小さく握り締めた。

その時、三成が急に勝ち誇ったような表情に変わった。そして、天を仰いで高笑いを始めたのである。

「ふはははは!驚け、家康!私は貴様以上の数の友を得たぞ!なんとその数、105人だ!」

「……はぁ?」

突然何を言い出すのか、と家康は首を傾げた。唐突すぎて、意味が分からない。驚けという言葉通り、家康は別の意味で驚いていた。

最終決戦の地で急に友達自慢など始められるなどとは、流石に予想だにしていなかった。隙あらば飛びかかられるかもしれない、と覚悟していたのが拍子抜けしてしまった。

さらにこれまた、その友の数というのが微妙である。何故、105人などという中途半端な数なのか。その数に何か拘りでもあるかもしれない。三成の理解の範疇を超えた言動に、家康は腕を組んで悩み始めた。

そんな家康を指差して、三成はさらに胸を張って続ける。

「私は貴様に絆の数で勝った!貴様の信ずる絆で、だ!絶望に足掻くが良い、家康!」

家康は知らない。家康に負けたくない一心で、三成が密かに友を集めていたことを。そして、その友が真田に始まり、佐助、島津、長曾我部、直江といった面々であることも。

三成の言う105人の内、まともな人間であるのはたった5人である。その5人も、ある意味ではまともな人間とは言い難い時もあるが。

「そして、その絶望のまま、私に殺されろ!」

三成は刀の柄を握る手に、ぐっと力を入れる。

家康はポカンと呆気に取られていた。三成は絆の数で勝ったと言っているが、これで負けたなどと家康は思っていなかった。絆というのは数を競うものではないし、そもそも勝ち負けのあるものでもないのだ。

だから、絶望しろと言われても無理な話である。しかし、自分に対抗するために友達集めをしていたという三成に、家康は少しだけ安堵を感じていた。憎しみという狂気に取り憑かれた三成が、そんな人間らしい行動をするとは思っていなかったからである。

家康がふっと緩んだ笑みを三成に向けた。友の数で負けて絶望を感じていると思っていた家康が、余裕の感じられる笑みを浮かべているのを見て、三成は怒りをさらに募らせる。

その時、耳をつんざくような爆音が響いた。三成の背後で爆発が起きたのだ。

ふと顔を上げると、離れた場所から放たれた砲弾が三成の元へと飛んできていた。先ほど爆発を起こしたのも、東軍の陣地から放たれた砲撃なのだろう。

砲弾は家康ではなく、三成の方へと一直線に弧を描いて近付いてきている。このままでは直撃する。避けなくてはいけないが、危険のない場所まで移動する時間はなさそうだ。

被弾する寸前で叩き斬るしかない。そう思って三成が刀を構えた瞬間、目の前で眩しい光が閃いた。

「ぐっ!?」

砲弾が空中で爆発したのだ。いや、正確にいえば三成に当たる前に真っ二つに割られたのである。

爆発の起きた場所から、もうもうと白い煙が周囲に立ち込める。その中から、真っ赤な色の男が現れた。

「無事でござるか、三成殿!?」

「さ、真田!?」

2本の槍を両手に持ち、大きく構えた真田幸村であった。砲弾を叩き割ったのは、彼なのだろう。

そしてその傍に、音もなく彼の忍が現れた。人差し指と中指をピッと額の前に立てて、佐助は三成に挨拶をする。

何故、この2人が今この場にいるのか。三成は驚きで目を丸くしていた。

何故貴様らがここにいる――そう尋ねようと三成が口を開きかけた時、凄まじい叫び声が聞こえてきた。

うわあぁぁぁとか、ぎゃああぁぁぁという悲鳴と同時に、人がどさどさと三成の近くへ飛んできたのである。黄金色の旗を掲げていることから、彼らは東軍の兵であることが分かった。

何事かと思って三成が振り向けば、よく見知った人物が2人立っていた。

「真剣勝負に水を差すってんなら」

「おいたちが相手になるど!」

長曾我部と島津である。2人は武器を構えていた。懲りずにかかってくる兵を、島津が大剣で薙ぎ払った。

先ほどの東軍の兵たちは、この2人によって飛ばされてきたものであった。彼らは三成に奇襲をかけようと様子を窺っていた部隊であり、突然現れた長曾我部と島津に返り討ちにされたのである。

真田たちに続き、島津と長曾我部までやって来たことに、三成は酷くうろたえていた。彼らの行動が全く理解出来ないのだ。

また少し離れた場所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「無敵の俺もいるぞー!」

刀を振り上げ、後ろに亡者の軍団を引き連れて坂を上ってきているのは、直江である。

百近い亡者がにじにじと団体で歩いてくるという恐ろしい光景を見て、家康は顔を引きつらせていた。三成はいつの間に、こんな集団とつるむようになったのか。

さらに増えた仲間に、三成は目眩を感じた。恐山から連れ帰った亡者軍団は、後に直江に指示を一任した。任せたというより押し付けたと言っても良い。直江の無敵軍団として使え、などと適当なことを言って押し付けたのだ。

勢揃いした連中を見て、懐かしいような妙な感覚に襲われる。三成は頭を左右に振った。最後の戦いという緊張感から来る錯覚に違いない。

「何故、貴様らがここに!?」

声を振り絞って、三成は尋ねた。そもそも彼らは西軍としてこの関ヶ原で、また別の地で東軍と戦っているはずである。それが何故こんな場所まで来ているのか。単に面白がって来たというのであれば、言語道断だと考えていた。

そんな三成の問いに、真田と長曾我部が、力こぶを作るように腕を振り上げて答えた。

「友として加勢に参った!」

「あんたが心置きなく家康と戦えるようにと思ってな!」

その言葉を聞いて、三成はさらに目を見開いた。

友だからという理由で、こんな風に駆けつけてくれるなど、思ってもいなかった。友というのも、家康に対抗するためだけに集めていたものだ。本気で友などとは、考えてなどいなかった――はずである。

妙な縁から紡がれた絆が、これほど大きな存在になっていたと気付いて、三成は愕然とした。

自分の傍には、刑部さえいれば良い。そう思っていたのに、この場に駆けつけた連中を見て、三成の胸に不思議な気持ちがじわりじわりと浮かんできた。

昔も、このような気持ちを抱いた時があった。人と関わるのが煩わしく、なるべく関わらないようにしていた頃だ。そんな自分に、いつも空気を読まず話しかけてきた男がいた。

この男なら、自分のことを分かってくれるかもしれない。そう思い、気付くと友のように感じていた。それなのに――。

「そいつが絆だ、三成!」

三成の心を見透かすかのように、家康が叫んだ。三成の肩がびくりと震える。そして、ゆっくりと後ろに振り返り、家康を睨みつけた。

絆。その言葉は、三成に相反する2つの気持ちを呼び起こす。懐旧の念、そして遣る方のない憎しみ。それはどちらも、家康に向けた感情である。

しかし今、その2つ以外の感情が、三成の中に芽生え始めていた。いや、既に芽生えていたものが、花開こうとしているといった方が正しいかもしれない。

家康だけでなく他の者にも向けられた自身のその感情に、三成はまだ気付いていなかった。

「うるさい、黙れ!貴様に何かを言う権利などない!」

ギリギリと歯噛みして、三成は刺し貫きそうな眼で家康を睨みつける。

右の拳を胸に当て、家康は真っ直ぐな瞳で三成を見据える。

「ワシは、あの時お前に背を向けたことを後悔している」

あの時、というのは秀吉を倒した時のことである。それは三成もすぐに理解出来た。それを今更後悔しているとは、どういうことか。三成の怒りの炎がさらに燃え上がる。


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