そして、その隣には見覚えのある姿。その男の姿を見て、政宗は胸を撫で下ろした。しかし、気になることが1つ。いつもと格好が違うことである。ザビー教の信者たちが来ていた黒い服を身に纏っている小十郎に、イヤな予感が胸を掠めた。
「小十郎!無事……なのか?」
「俺は小十郎ではありません。ベジタブル片倉という名を賜ったのです」
ぶふぉ、と思わず政宗は吹き出してしまった。笑っている場合ではないのだが、真面目な顔をしてベジタブル片倉などとおかしなことを言うので、笑いを堪え切れなかったのだ。
小十郎の肉体は無事であったが、精神的に大変な事態となってしまっていた。イカレてるとしか思えない洗礼名をもらったということは、ザビー教に入信したということである。一人で潜入した結果、返り討ちにあって洗脳でもされてしまったのだろうか。
「ベジタボーはワタシたちに忠誠を誓ったのデース!」
「ザビー様に手を出すなら、いくら政宗様といえど本気で挑ませてもらいますぞ」
愛用の刀を携えて、主の前に立ちふさがる。あのザビーを様付けして呼んでいることからして、完璧に洗脳されてしまっているようだ。いや、もしかしたら珍しい野菜を餌に釣られたという可能性もある。あの小十郎だから、それはないとは言い切れない。
さて、この小十郎をどうするか。主として、大切な家臣を傷つけるのは気が引ける――などという殊勝な思いは、政宗には微塵もない。立ちふさがるなら、ぶちのめすだけである。刀を抜き出して、政宗は小十郎と対峙した。
普段、稽古をつけてもらっているので、その攻撃の癖などは把握している。負ける気はしないが、勝つのに苦労するだろう。
間合いを取りながら、じりじりと横に動く。小十郎がこちらに向かって走り出した。思っていたより早い。その攻撃を受け止めようと、政宗が刀を構えた時、小十郎が妙な声を上げた。
「ぬおっ!?」
突然、小十郎が何かに足を滑らせ、後ろにひっくり返ったのだ。その後、ゴッと鈍い音が響いた。頭を強かに打って、気絶してしまったらしい。白目を剥いている。
政宗の目が点になった。2人の闘いを眺めていたザビーと毛利も絶句している。よく見ると、イカのような物が倒れ伏した小十郎の足下に落ちていた。腐ったイカだ。おそらく信者が落としていったのだろう。それに足を滑らせ、頭を強打したのだ。
「……Rest in peace、成仏しろよ?」
「オー、ベジタボー!死んじゃイヤーン!」
あれしきで死ぬたまではない。しかし、なんとも情けない決着のつき方である。もし正気に戻った暁には思い切り笑い倒してやろう、と政宗は心に決めた。
何はともあれ、小十郎は片付いた。あとは、自分の宝を取り戻すだけである。抜いた刀をザビーと毛利に突きつけ、政宗は叫んだ。
「おい、オレの六爪はどこやったんだよ!?」
「ドクガンリューの武器は、新メカザビーの武器にしましたのコトヨー!」
「新しく作ったメカザビー様に、相応しい獲物を探していたのだ。そこで目を付けたのが、貴様の六爪よ」
政宗の問いに、ザビーと毛利が親切にも説明をしてくれた。怪盗セイントエンジェルを名乗って犯行状を残したのは、ザビーの趣味であることも教えてくれた。別にそんなことは知りたくなかったが。
このように、聞かれたことに対して余裕をかましながら説明するのは、出てきてすぐにやられる三流の悪役によくある特徴である。そして、毛利は三流悪役がよく言う台詞を続けた。
「ちょうど良い、貴様でその切れ味を試してやろうぞ」
悪どい笑みを浮かべながら、毛利はメカザビーを呼び寄せる。その木製のカラクリの腕に、政宗の六爪が凛然と輝いていた。やりようによっては、かなり奪還しやすい場所だと政宗は感じていた。
メカザビーはくるくると旋回しながら、政宗に一直線に向かってくる。その攻撃がどれぐらいの威力を持っているかは、現時点で分からない。最初の一撃を避けて、様子見をするのが賢明だろう。
少しずつ後退していた時、ずりん、と政宗は何かに足を滑らせた。思わず見た足元には、先ほど小十郎を自爆させたイカが横たわっていたのである。
「だあぁぁぁ!?」
体勢を崩して地に倒れる政宗めがけて、メカザビーが勢いよく迫ってきた。六爪を装着した腕を思い切り回転させながら。
このままでは拙い。避けきれない。メカザビーが目の前まで迫り、思わず目を閉じてしまった。すぐ傍で、大きな音が響く。
目を開けると、メカザビーが思い切り横に吹き飛んでいくのが見えた。代わりに、政宗の目の前には一人の男が立っていたのである。
「そうか、そこにあったのか」
「キャー、ゾンビー!」
ザビーが驚きの声を上げる。気絶していたはずの小十郎が、メカザビーを蹴り飛ばしたのだ。政宗は目を丸くして驚いた。
「こ、小十郎!お前、正気に戻ったのか!?」
「最初から正気ですよ。貴方の六爪がどこにあるのか探るために、信者になった振りをしていただけです」
さらりと告げる小十郎に、政宗は先ほど以上に衝撃を受けた。信者になった振りをしていただけだったとは。
六爪を取り戻しに来たは良いが、無事に取り戻すことは難しいだろうと踏んだ小十郎は、洗脳された風を装ってその在処を探っていたのだという。もし無理矢理取り返そうとして、逆に六爪を壊されでもしたら元も子もない。小十郎はそう判断したらしい。
南蛮野菜に魂を売ったのではないか、などと疑心暗鬼になっていたのを申し訳なく思った。小十郎のことだから有り得る、などと思って済まない気持ちになった。
小十郎の淡々とした説明に、ザビーが非難の声を上げる。
「ベジタボー!?騙してたのネー!ヒドイ男!」
「貴様、ザビー様の南蛮野菜に魂を売ったのではなかったのか!」
小十郎と彼らの間でどのようなやり取りがあったのかは分からないが、野菜が絡んでいたという政宗の推察は少し当たっていたようだ。
ぎゃいぎゃいと抗議するザビーと毛利に、小十郎は冷たい視線を投げかけた。
「俺の主は政宗様だけだ。ま、散々世話になったからな。半殺しで済ましてやるさ」
ぎらりと刀を突きつけ、低い声で小十郎は半殺し宣言をする。背筋が寒くなるほどの殺気を放つその姿に、2人の顔はサァッと青ざめた。慌てて援軍を呼ぼうとするが、小十郎の動きの方が早かった。
小十郎の必殺技が炸裂し、ザビーと毛利が大空に舞う。容赦のない一撃である。流石、オレの右目だぜ。政宗は満足そうに、その様子を眺めていた。
「お次はあの訳の分からんカラクリですな」
小十郎が見つめる先には、火花を散らしながらも動くメカザビーの姿があった。どうやら、まだ完全には倒せていなかったらしい。なかなか頑丈に作られている
刀を握り直して、小十郎はメカザビーに向かって走っていった。こうなれば、楽勝も楽勝だ。余裕に満ちた表情で、政宗は己が右目の活躍を見つめる。
小十郎の刀が一閃し、メカザビーは思い切り爆発し始めた――政宗の六爪を手にしたまま。
それに気付いた政宗の顔が、みるみる内に青くなっていく。続いて、小十郎が愕然とした表情となった。
慌ててメカザビーの残骸に駆け寄る。そこには、折れて、焦げて、見る影もない六爪の無惨な姿があった。
「こぉじゅうううろおおおぉぉ!?」
「申し訳ございませぬ政宗様あぁぁぁ!」
伊達主従の叫びが半壊の城内に響きわたった。目的の物が、いや政宗の大事な武器が、粉々になってしまったのだ。本末転倒と言わずして、なんと言えば良いのだろう。
ワナワナと震えながら、政宗は六爪の成れの果てを両手で持つ。刀だった物が、塵となって風に運ばれていった。
「どぉしてくれんだよ、これ……?」
「ま、政宗様、かくなる上は……」
また腹を切って詫びるとでも言い出すのか。そう思って、政宗は思わず身構えた。腹を切るなどと言い始めたら、止めねばならないのだ。そこまでして責任を取れ、などと政宗は思わない。小十郎が攻撃する前に気付かなかった自分にも非がある。
そんなことを考えていると、小十郎は神妙な顔をしながら懐に手を入れた。小刀でも取り出すのか。政宗は一抹の不安に駆られる。しかし、この腹心の思考回路は主の斜め上を飛んでいたのである。
「この小十郎のとっておきの武器をお使いくだされ!」
そう言って小十郎が取り出したのは、瑞々しいネギ。ちょうど6本揃っている。ぶちっ、という音が政宗のこめかみから聞こえた気がした。
やっぱりコイツは馬鹿だ、奥州一の馬鹿だ。Hahaha、と政宗は俯きながら乾いた笑いを上げる。その姿を見て、主の機嫌が直ったと小十郎は思ったらしい。ネギを両手にもって顔を綻ばせながら言った一言が、政宗の限界に止めを刺した。
「小十郎とお揃いですぞ、政宗様!」
「お揃いですぞ、じゃねええぇぇぇぇ!」
残った1本の刀をブンブンと振り回しながら、政宗は逃げる小十郎を追い続けていった。
今日も今日とて政宗は、不憫の神様に生温かく見守られていたのである。
―終―
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