悪戯ならば実質的な被害はないので、心配することなどないだろう。全く、小十郎のせいで朝からとんだ目に遭ってしまった。二度寝でもしたい気分である。欠伸をしつつ、政宗は部屋をグルリと見回した。

そして、その動きがピタリと止まる。いつもならパッと目につくものが見当たらない。常に自分の傍から離れることのないように、きちんと部屋に置いている大事なもの――政宗の六爪が跡形もなく消えていたのだ。

「オレの……オレの六爪がねえぇぇぇっ!」

「なんですとおぉぉぉっ!?」

政宗の絶叫に、小十郎が驚きの声を上げた。まさに盲点だった。小十郎が犯行状を持っていたから、被害者は小十郎だとばかり思っていたが、よもや自分の大事な物が盗まれていたとは。

冗談ではない。小十郎のようなふざけた宝物とは違い、政宗にとっては魂に等しいものなのだ。それが盗まれたとは、かなり由々しき事態である。

「まさか、松永の野郎が……!」

小十郎は六爪を盗んだ犯人が松永であると思っているようだ。かつて六爪を奪おうとした松永が、懲りずに再び狙ったということも考えられる。政宗の六爪を欲しがっている人物など、あの男以外に思い付かない。

しかし、松永の犯行にしては違和感がある。大体、こんなふざけた犯行状を残すのは彼らしくない。あの松永がニヤニヤ笑いながら、コソコソと六爪を盗んで、犯行を記した文書を置いていく姿など想像できないのだ。

もっと阿呆で杜撰でろくでもない人物の仕業だと思ったところで、政宗の脳裏にとある男とその周囲の人物の姿が浮かんだ。奴らしかいない。犯行状にあるような南蛮語を操り、ワケの分からない自己主張をしたがる。そして、百害あって一利なしという言葉がぴったりの集団。

「松永じゃねぇな、多分」

「では、どこのどいつの仕業だと言うんです?」

「アイツらしかいねーだろ。あの変態宗教・ザビー教の奴らだよ」

そう、こんなふざけたことをするのは、ザビー教の連中しかいないのである。しかし、何を目的として、こんな盗みを働いたのかは分からない。常識で計れる奴らではないので、もしかしたら愉快犯的な犯行なのかもしれない。

政宗の推論に小十郎は、おぉと小さく呟いた。どうやら合点がいったらしい。

「なるほど、貴方以外で珍妙な南蛮語を操る者と言えば、奴らしかおりませんな!」

「珍妙ってどういうこった、こじゅーろー?」

言葉の端々に何かと違和感を覚える。小十郎に悪意はないはずだ。真面目さ故の分かり難いボケだと思いたい。

とりあえず、犯人の目星も付いた。あとは、盗まれた物を取り返しに行くだけだ。あのザビー教の連中であれば、取り戻すのも楽だろう。ここの所、城に篭もって溜まった政務を片付けていたので、鬱憤も溜まっていたりする。

「んじゃ、いっちょ乗り込んで取り返して来るか!」

「お待ちください、政宗様!」

相手があの宗教団体ならば存分に暴れられる。そう考えて、不敵に笑う政宗を小十郎が止めた。

「怒りで我を忘れていたとはいえ、主である政宗様に殺気を放ちながら詰め寄ったのは俺の不始末」

「……本当に殺気立ってたのかよ」

「俺がその始末をつけます」

グッと拳を握り締め、小十郎は真剣な眼差しで政宗を見据えた。覚悟を決めた男の目である。最近馬鹿な言動ばかりしているのに、こういう場面で格好の良いことを言ってキメる姿は流石に似合う。

始末をつける、ということは一人で政宗の宝を取り返してくるというつもりだろう。誰も共に行かなくて良いのか。助けは必要ないのか。それが疑問だった。

「単独で突っ込むつもりか、小十郎?」

「ええ、俺が奴らの拠城に出向き、政宗さまの六爪を取り戻して参ります」

小十郎の言葉に、政宗はしばし悩んだ。あの連中が相手ならば、小十郎一人でも余裕だとは思うが、万一のことも考えられる。だが、始末をつけると言った小十郎を止めるのも気が引ける。それなりの覚悟を決めて行く男を止めるのは、野暮というものだろう。

政宗は小十郎の申し出を承諾した。アホ共んとこ行って、存分に暴れてこい。そう言って、政宗は小十郎を送り出したのだった。

――しかし。

何日経っても帰って来ない。何の音沙汰もない。流石の政宗も不安になった。まさかあの小十郎がお笑い宗教団体に返り討ちにあったなどとは思えないが、それにしても遅すぎる気がする。

小十郎がいない間、政宗の使っていた茶碗に突然ひびが入った。草履を履くたびに、鼻緒がちぎれた。外を歩くと、常に黒猫が横切っていった。湯呑みに茶を入れると、必ず茶柱が沈んだ。一体、どうしたことか。

妙な不安に駆られた政宗は小十郎を追って、ザビー城に向かうことにしたのである。



* * * * *



「相変わらずcrazyな城だぜ」

馬から降り、政宗は門扉の前に立っていた。派手派手しい装飾の施された門や壁を見て、吐き捨てるように呟く。

一見豪奢な建物ではあるが、その造りはとてつもなく悪趣味だ。前に一度この城に来たことがあるが、中の造りも相当酷かった。すべては教主の趣味なのだろう。

「Hey、遊びに来てやったぜ、ザビーさんよ!」

門扉を蹴り破って中に入ると、信者らしき男たちが待ち伏せていた。どうやら、政宗が突入してくることを予期していたらしい。これは益々小十郎の身が心配である。

立ち向かってくる信者を軽くのして、政宗は中庭へと進んだ。小十郎はどこにいるのだろうか。そして、自分の宝である六爪の行方は。色々なことを考えながら歩いていると、前方から人の気配がした。

「ふふふ、のこのことやって来おったな」

どこかで聞いた覚えのある声に、政宗は顔をしかめる。声の主はザビー教の幹部で、元中国の支配者・毛利元就であった。何がどうなってザビー教などに入信したのかは、政宗にはよく分からないが、今ではすっかり馴染んでいる
世の中、常人には理解できないことが多々あるが、これもその内の一つだと思う。

しかし、毛利が出てきたということは、雑魚は粗方片付いたらしい。幹部のお出まし、ということでここからが本番だ。心して掛からねばならない。

「飛んで火に入るドクガンリューって感じネ!」

毛利の背後から、独特のダミ声が聞こえてきた。目的の人物が早々に姿を現したのだ。その発言だけでなく、存在自体がふざけていると政宗は思った。


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