小十郎の様子が尋常でない。元からおかしいといえばおかしいのだが、こんなことは今までなかった。

ここは政宗の自室。今、小十郎は己が主を壁際に追い詰めていた。深い皺を眉間に刻み、口元を引き締め、鋭い眼光で政宗を睨む。

鋭い殺気を全身から放っているようで、政宗は先ほどから身動き一つ取れなかった。動けば確実に殺られるのではないか。そんな身の危険を覚えるほどの迫力を、小十郎から感じる。

主従の間に、生温い風が吹き抜けていった。



謎の怪盗セイントエンジェル



「政宗様、今日ばかりはこの小十郎、腹に据えかねましたぞ」

「い、一体何だってんだ?」

覚悟を決めたような雰囲気で言う小十郎に、政宗は妙に掠れた声で尋ねる。一体何がどうなっているのか、さっぱり理解出来ない。

腹に据えかねる――普段から政宗に対して思うところがあったのは、なんとなく分かる。面倒な政務を放り出して、やれ一騎討ちだのなんだのと自分のやりたい放題やっていたこともあるのは事実だ。

しかし、政宗のやんちゃ振りを、小十郎は今までたしなめながらも、温かく見守っていた。あまりにも目に余るという場合は、厳しいことを言われたりしたが、政宗の自由を奪うことはなかった。

そんな小十郎の堪忍袋の緒をどこかでキレさせてしまったのか。別段、キレさせるようなことをした覚えはない。小十郎も昨日までは普通だったのだ。政務をこなして、空いた時間は畑に行き、政宗に請われれば稽古の相手をする。小十郎はそんな普段と変わらぬ一日を過ごしていた。政宗としても、小十郎の愛する野菜に何かした記憶などない。

全く状況が分からないという政宗に、小十郎は眉間に刻まれた皺をさらに深くして、懐から一枚の紙を取り出した。

「これを見ても、まだお惚けになられますか」

その紙に書かれていたのは、『貴方の大切なものをイタダキマシタ』という一文である。問題はその下に書かれている署名らしき文字であった。

「怪盗、Saint Angel……?」

南蛮語で書かれたその言葉を、政宗は怪訝そうに読み上げた。怪盗というのはいわゆる愉快的に盗みを行う輩で、saint angelというのは聖なる天使という南蛮語だ。

これが何故自分に繋がるのか。接点といえば、南蛮語ぐらいのものである。しかし、流石にあの小十郎でも、そんな安直な考え方をするわけがない。だが、そんな風に考える政宗の予想を裏切ってくれるのが、小十郎でもある。

「この文字、そしてこのような悪ふざけをするのは貴方しかおられませんでしょう」

「ちっげーよ!」

小十郎の予想通りの行動に、政宗は思わず大声で突っ込んでしまった。普段は大がつくほど真面目で頭の切れる男なのだが、時々常人には出来ないであろう思考の空中回転をかますのだ。

頭を抱える政宗を、小十郎は真っ直ぐな目で見つめていた。冗談を言っているのではなく、真剣そのものといった様子だ。だからこそ、たちが悪い。

沈黙する政宗に、小十郎は犯行状を突き付けてさらに問い詰めた。

「俺が大切にしまっておいたゴボウの種をどこにやったのです?」

「んなもん知らねぇよ!てか、お前がそんなの持ってたってことすら知らねえぇぇ!」

濡れ衣も良いところである。しかも、ゴボウの種が宝物というのもおかしい。変なことを真面目くさった表情で言う姿もおかしい。

この男は一体何がどうして、ここまで野菜に取り憑かれてしまったのか。前に聞いた話では、気にしている老け顔対策と言っていたが、ここまでくると野菜の神に祟られたか、野菜の霊に呪われているのではないかと思えてくる。

とにかく、一切身に覚えのないことで濡れ衣を着せられても困る。そもそも小十郎の宝物がゴボウの種だなんて今知ったのだから、それを大切なものだからと盗めるわけがないのだ。

そんなことを考えていると、庭の方から家臣の声が聞こえてきた。

「片倉さーん、ゴボウの種見つけましたぜー!畑んトコに忘れてたっぽいッス!」

「な、なんだと!?」

その言葉を聞いて、小十郎は驚愕の表情のまま固まった。幸いにもあっさりと濡れ衣を晴らすことができ、政宗はほっと胸を撫で下ろした。あのままでは埒が明かなかったかもしれない。

そして安堵した後で、政宗の胸中にフツフツと怒りが沸いてきた。いくら大切なものを盗られたと思い込んでいたとはいえ、主に対してあのような態度をするとは言語道断である。本気で身の危険を感じていたぐらいなのだ。文句の1つも言いたい。

「Hey、小十郎……主に濡れ衣着せておいて、すみませんであっさり片付くと思ってないよな?」

意地悪く言う政宗に、小十郎は真っ青な顔で勢いよく土下座をした。小十郎のこんな姿を見ることなど滅多にない。この珍しい光景に、政宗は少しだけ調子付いた――のが拙かった。

「どう責任取るってんだァ?」

「はっ、腹を切って詫びる覚悟は出来ております!」

唐突に刀を取り出して、小十郎はそれを腹に当てる。思い込んだら命懸け、どころの騒ぎではない。こんなバカなことで覚悟を決めて腹を切られても、政宗としては大いに困るのだ。

「だああぁぁぁ!stop、小十郎!腹は切んな!いいから、もう気にしてねぇから!」

一気に力を入れようとした小十郎を見て、今度は政宗が蒼白になった。小十郎の目は本気だ。ここで止めないと大変なことになる。

必死の形相で主に止められ、小十郎はようやく刀を鞘に納めた。どっと疲れた気がする。生真面目な馬鹿の相手をすることほど、生命力を削られることはない。

とにもかくにも、政宗の濡れ衣は晴らされたのだが、問題は小十郎の持っているワケの分からない犯行状である。一体、何を盗んだというのだろうか。

「しっかし、何なんだこりゃ?他に盗られそうなモンはあったか?」

「他に盗られたと思しきものはありませんが……。ただの悪戯ですかね」

他に被害がないようならば、悪質な悪戯としか考えられない。全くどこの暇人の仕業なんだか、と政宗は首を傾げた。


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