片倉小十郎の様子がおかしい――のは普段からのことなので、特に気にすることはないのだが、城の連中から妙な噂を聞いた。なにやら馬を虐めているとか、いないとか。新たな趣味にでも目覚めてしまったのだろうか。それとも、日頃溜まった鬱憤を馬にぶつけているのだろうか。

しかも、ただの馬ではなく政宗の愛馬を虐めているという話だ。最近、愛馬に乗る機会がなく、家臣たちの噂を聞くまで政宗はそのことに気付いていなかった。

しかし、よりによって主のお気に入りの馬を虐待しているとは、なかなか小十郎も大した根性の持ち主である。いや、楽観している場合ではない。

こうして、政宗は面倒に思いながらも、小十郎に真相を問い詰めるべく立ち上がったのであった。



伝説の馬カスタマー



小十郎を探して、政宗は森の中を歩き続けていた。

城の周辺に姿はなく、他の連中に聞いてもその居場所を知っている者はいなかった。

小十郎が馬を虐めている、という発見報告は一所からではなかったので、どうやら転々と馬を連れて行っているらしい。

かつてヤツと馬がいたという場所に行き、そこの周辺住民から聞き込みを行った。その結果、捜査線上にある場所が浮かんできた。それがここだった。

「小十郎!ここにいやがったのか!」

森を抜けた先に広がる草原に主はいた。その隣には、愛馬もいるようだ。

「ま、政宗さま!?何故このようなところにっ!」

突然現れた政宗の姿を見て、小十郎は大層驚いたようである。その手には、工具のようなものが握られていた。それで馬を虐めているに違いない。

しかし、チラリと政宗が馬の方に視線を遣ると、別段傷付けられているという風でもなかった。政宗的には、相変わらずハンドルとマフラーのカスタムがイカしているクールな愛馬である。

ならば、小十郎は一体何をしているのであろうか。肉体的ではなく精神的に馬をいたぶっている、ということなら小十郎の皮を被った明智光秀という線を疑わなくてはならない。

「なぁにやってんだよ、小十郎?」

「見つかってしまったのなら、仕方ありませんな」

悪事がバレたというのに、小十郎は何故か晴れ晴れとした雰囲気である。いやそれどころか、得意気な表情をしている気がする。

半眼で政宗が見つめていると、小十郎はおもむろにバッと体を開き、馬の頭を左手で指し示した。

「どうですか、政宗さま!」

「どうですか、じゃねええぇぇぇぇ!こんのアホ十郎!」

「ぐはあっ!?」

目を輝かせて嬉しそうな声で言う小十郎を、政宗は顎の下から容赦なく殴り飛ばした。

よく見ると、馬に取り付けた2本のハンドルが、2本のゴボウに変わっていたのだ。

政宗は拳を握り締めて禍々しいオーラを放っていた。かつて、このハンドルを取り付けようとした時に、とても苦労した覚えがある。嫌がる愛馬を、ある時は宥めすかし、ある時は脅しながら、数日かけて取り付けることが出来たのだ。

そんな苦労の結晶を、小十郎はダサいゴボウに代えてしまった。あのお気に入りのハンドルが、土にまみれたゴボウになってしまった。政宗は泣きたくなった。

馬も哀しげな瞳で主を見つめていた。助けてください、と言わんばかりの切ない表情をしている。

「政宗さま!なにゆえ怒っておいでなのですか?」

殴られた顎を擦りながら、小十郎が立ち上がる。政宗が怒っている理由が分からないとは、余程の重症であるらしい。

「なに、人の馬勝手に改造してんだよ?」

ビキビキと青筋を立てながら、政宗は笑っていた。怒りが頂点を越すと、自然と笑顔になってしまうらしい。ただし、目が笑っていないので、見た者に寒気を感じさせるような笑みである。

怒髪天を衝くという様子の政宗に流石の小十郎も気付いたのか、両手を降りながら慌てて弁明し始めた。

「聞いてください、政宗さま。これは俺の趣味に走ってやったわけじゃあありません」

「明らかに完全に趣味だろ、お前の」

政宗は思わず、じっとりとした目付きで小十郎をにらんでしまう。これが趣味でないなら何なのか。何故、敢えてゴボウなのか。突っ込むところが多すぎる。

政宗の疑わしげな視線に、コホンと咳払いをした小十郎は詳しい説明を続けた。

「政宗さまには、野菜の王と呼ばれるゴボウこそ相応しいかと……」

「いつの間にkingに格上げされたんだよ、ゴボウ!?」

勝手に小十郎が野菜の王と主張しているだけで、ゴボウは普通の野菜である。そこまでゴボウが好きなのか、と政宗は内心呆れていた。

「それだけではありません。万が一のことを考え、非常食を兼ねたものにすべきと思ったのです!ゴボウならば、馬でも食えるはずですし」

「馬は食わねーよ、ゴボウ。食うのはニンジンだろ」

「なっ!?」

政宗の言葉に、小十郎は驚愕する。どうやら、本気で馬はゴボウを食すものだと思っていたらしい。おぉぉ、と両手を地について項垂れる。

相当ショックを受けたようである。もしかしたら、この世の中にゴボウを食べない動物はいない、などと考えているのかもしれない。

小十郎は突然ユラリと力無く立ち上がると、眉間に皺を寄せて真剣な目付きで馬に問い詰め始めた。

「なぁ、馬……テメェは食うだろ、ゴボウをよ」

「人の馬を脅してんじゃねえぇぇ!」

殺気を放ちながら馬にジリジリと近付いていく小十郎を、政宗は必死に止める。馬は怯えているのか、プルプルと震えていた。

これ以上、愛馬にストレスを与えるわけにはいかない。小十郎の暴走を今この場で止めなければ、ストレスで愛馬がやられて、共に戦に出ることも出来なくなってしまうかもしれない。それどころか、こんな腹心を抱えている政宗自身に愛想を尽かして、愛馬が家出をしてしまうかもしれない。

そんな不安に駆られた政宗は、小十郎を本気で止めねばならないと感じていた。前にも用いた手だが、とりあえず小十郎の野菜を誉めちぎって持ち上げて、遠回しに諦めさせるという方法を使うことにした。

小十郎としては、非常食としてゴボウを馬につけようとしていたのだ。非常食なんざいらねーよ、と直球で言うと角が立つし、何より小十郎が納得しないだろう。だから、小十郎の心をこしょりとくすぐり、納得させられるように持っていかなくてはならない。

どのようなことを言うか、一瞬で考えた後、政宗は口を開いた。

「あのな、小十郎。そこまでやる必要はねぇだろう?オレは普通に食うのが好きだぜ、お前の育てた野菜」

「政宗さま……?」

「馬につけなくてもよ、いつもお前のゴボウはあるぜ、オレの心の中に」

「ま、政宗さま……!この小十郎、貴方様にお仕えしていて良かったと、これほど思ったことはありません!」

政宗の心中とは正反対の優しげな声に、小十郎は正座で男泣きし始めた。義侠に厚く、悪い男ではない。ただ、野菜に対する愛情が尋常でないだけなのだ。

こうして政宗の機転と尽力により、小十郎の暴走に歯止めが掛けられた。政宗の愛馬も小十郎の恐怖から解放され、再びのびのびと走り回れるようになったのである。





しかしその後、戦場でマフラー部分から小十郎特製野菜汁が出てくる改造がされていたことに気付いた政宗が、敵軍そっちのけで刀両手に小十郎を追い回し、伝説となるのであった。





―終―


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