始動

 

ちいさなうめき声と共に床に倒れるヤヌアさん
彼に駆け寄ろうとすると制しがかかる

「おっと近づくな安心して、殺しちゃいないよ
 私もそいつに死なれちゃったら困るからね」

死んで、ない
そう聞きほんの少しだけ、緊張からうまくできていなかった呼吸がもとに戻そうとする

「ニゲルさん気を付けて…あいつはフェブルアール・ツヴァイ
 ああ見えて200歳以上の魔女だよ」

魔族といえど女性であることに変わりのないツヴァイは
ルキが自分の歳について触れたことに対して恥ずかしいのか薄く頬を染めながら訂正を入れようとする
そんな彼女の頭上にもうスピードで迫りくる物体

ヤヌアさんを攻撃されたことによって怒り狂うミーちゃんの拳が何のためらいもなく振り落される
床に拳がめり込み、周囲のコンクリートもその衝撃によって剥がれ上がるが
なんてことも内容にツヴァイにバックステップでよけられる

「やっくんを!離せッ!!」
「そうはいかないね!なぜなら彼は……」

適度にミーちゃんとの距離をとり、ヤヌアさんを狙った理由を口にしようとしたとき
かすかに聞こえたつらそうな声にもしや先ほどの破片があったのかと息をのむ



「急に動いたら……腰が…」
「200才!!」

ただの腰痛だった

「くそぉ…おのれ…こしゃくな…」
(何がだろう…)
「しめた!フェブルアールは急に動くと腰や間接に痛みが走る呪いにかかってるて話は
 本当だったんだ!」
「ルキちゃん、それ老化って言うんだよ」

嬉しそうに事前に入手していた情報を口にするルキは可愛いのだが
呪いでもなんでもない、ただのぎっくり腰だ

「ぬ!今かすかに聞こえたぞお前ら!」
(かすかって…ルキなんて声張り上げてたけど…)
「私を年寄り扱いするんじゃほがー!」
(入れ歯とんだ)

彼女の口からとんだ入れ歯を見ていると、いきなりミーちゃんがヤヌアさんの方へと走りだした
それに気付いたツヴァイが攻撃を仕掛けようとするが…

「むだほが!ヤヌアんとこにいったって!私の触手は伸縮自在!!
 私の意思以外ではけしてとけないほがよー!!」
「普通に喋れてるんですけど」

得意げに宣言した彼女の触手を戦士が無遠慮に踏む

「なっ!ほがの間に!?」
「この触手ってのは、どのくらい伸びるんだ?」

相手の返答を待たずに、触手を踏んでいる方とは逆の足を振りかぶり
ツヴァイを蹴りつける
壁の強度などお構いなしに突き抜けていき、向いの家に激突したようで
外から聞こえる悲鳴が軽く牢の中で木霊する
その途中で戦士に踏まれ、伸びることができなくなったのか自慢の触手はブチッと音をたててちぎれた

「ルキゲート開いとけ、そいつのキズふさいでさっさと返すぞ」
「う…うん!」

それと、といいながら先ほどと違いゆったりとした動きでこちらに体を向ける戦士

「つっこみのお姉さん……あ!違った勇者さん
 状況はわかりません。がここはひとまずここから逃げた方がいいかもしれませんね」
「へ?」

どうしてそうなるのだろうと思っているとそれが顔に出たのか
小さくため息をつかれる、幸せ逃げるぞ…
再びこちらを見据えたかと思うと内緒話をするように顔を、口をぼくの耳に近づける戦士に
思わず身構えてしまった

「なんです?まだ意識してるんですか?」

戦士にとってはなんともない出来事だったからそんなことが言えるのだろうと思うと
複雑な気持ちである。胸の辺りがもやもやする
否定しようと口を開くとそれより早く戦士が言葉を紡ぐ

「今アイツを蹴りだしましたが、人の声が聞こえません
 壁をつきやぶって人が飛び出してきたのに、だれも驚きの声をあげない
 そしてこれだけの騒ぎにも関わらず、看守が見回りに来ない」
「あの人、が?」
「おそらく、きれいに掃除していると思います」

心地よく鼓膜を揺らす戦士の声をできるだけ意識しないように、それだけを考えていると

「勇者さん、わかるでしょう?この状況――










 逃げれば明日の新聞の一面は絶対勘違いされて
 元勇者ニゲル、村人全滅させ脱獄!になりますよ!」
「なにキラキラしながら言ってるの!!??」

いつもの戦士だ、ここ数日、というか一昨日のあの時から戦士の様子がおかしいので少し心配だったが
吹っ切れたのかそこまでのことじゃないのかはわからないが、前の調子に戻ったようだ
1人安心してると、背後、ヤヌアさんが倒れていた方から楽しそうな声が聞こえてきた

ルキと戦士、ヤヌアさんとミーちゃんという2チームに分かれて
どこからもってきたのか定かではない黄色ボールを投げ合っている

「……ドッジボールしてる!?
 なにドッジボールしてるの!?傷はもう治ったんですか!?」
「え?うちの地域じゃどっぢボールだったな」
「どっちでもいい!!」
「ドッヂだけにどっちでもいい」
「ぷふー!」
「うざい!!」
「実はたいしたキズじゃなかったんですよ」
「え?」

誰がうまい事を言えと!!とミーちゃんとルキのちっちゃいコンビに突っ込むと
後ろから触手に貫通されたとは思えない台詞を吐かれた
これです
そういいながら懐から出されたのは小刀だった

「これは古い友人がくれたものなのですが…
 胸ポケットに入れてたこれに触手があたり、盾の役割をはたしてくれたのです!」
「貫通してたよ!?」
「ありがとう…鮫島」
「誰!?」

ドッジボルだかドッヂボールだか背中だかなんだかと騒いでいると、先ほど戦士が開けた穴から見覚えのある二人が入ってきた

「あれ?おじいちゃん!」
「おぉ!ルキたん!」

数日前別れた老戦士のルドルフさんが先ほど壁を突き破って蹴飛ばされたツヴァイを縄でぐるぐる巻きにして連れ来た

「無事で良かった、戦いにまきこまれなかったかい?」
「うん!」
「はは、それは良かっ…」

良かった、そういうルドルフさんがいきなり笑顔のまま止まる。
何かあったのかとルキを顔を見合わせる

「おいおい何だもう終わってるのか、出番は無しかよオレのよぉ…」

いつしか聞いたことがある声が聞こえ、そちらを振り返ると
数日前にルドルフさんと共にいた金髪の青年が顔をのぞかせていた

「よぉ45番…まさかオレをブチ忘れたとか言わねぇよな?」
「貴方は――」

暗がりだったのでわからなかったが、こちらに歩み寄ってきた彼の顔の左半分ははれ上がり
右腕は骨折したのだろうか、包帯がまかれ固定されていた

「ど、どうしたの!?
 なんで、14の勇者がここに…?王様のところに連れて行ったはず…」
「あー実は王様が黒幕でねー。ワシとフォイフォイ君殺されかけて逃げ来たの」
「え!?何をあっさり!すごく重要な事ですよねそれ!」

というか14番の戦士さんはフォイフォイていうのか…フォイフォイさん…

「それでこんなボロボロに…?」
「いや、それはヒメちゃんがやったんだよ」
「ヒメちゃん…?」
「ちょっルドルフさん!!」

高音のかわいらしい声が聞こえてきて振り返ると、ガシャンガシャンと金属音も共に響いてきた

「それは言わない約束で…」
「ヒメちゃんはアレだ、ツンなんだよ」

またもや新しい人が出てきた。
青い髪の年上の女性、戦士より少し年上ぐらいだろうか、出るところはでて、へこむところはへこんでいる
理想の体型の女性だ

「ヒメちゃんはねーフォイフォイの事好きなんだよ!
 でも気持ちを素直に表現できなく――」
「何言ってるんですかー!?」

鈍い音と共に青い髪のお姉さんが宙を舞う
ボスボスボスボスと音は軽そうだが、鎧の人に全力で殴られている彼女が不憫でならない

「わ、私が!あんな!あんな奴を!す、すすすちゅき!とか!あるわけ、ないですよ!!」

きれいなアッパーが決まり、曲線を描いて再びお姉さんが宙を舞う。

「あれぇ?ゆっ勇者様こそ顔赤いですよ!実は惚れてるのは勇者様の方なんじゃないですかぁああ?」
「まぁとにかく詳しい話はヤヌアさんとロリババアを魔界に還してからってことで」
「あの人死にそうですよ」










「失敗したな…」

それまでおとなしくしていたツヴァイがぼそりと呟く

「私の触手を切ったのは、失敗だったな…そいつの体内に…触手を残す結果になったんだからね!
 そうさ…オレの――」

コキッと肩を鳴らすと、先ほどまでの声とは逆に喉がつぶれたような低い声が
左肩に乗っていた黒い球体から続きが紡がれる

「オレの体の一部をな!!」

いきなり固まってしまったヤヌアさんは体が痙攣し、持っていたボールが手から離れ
地面をてんってんとむなしく跳ねる音が、いやにはっきりと耳に残る





(はじまっちゃった、な)

このときボールが地面を跳ねる音にかき消されるほど小さく
アルバがそうつぶやいた意味を

ぼくはこれから、痛いぐらいに痛感することになる




 

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