屋敷から一番近い町にある、小さなバー。
ハーフエルフの女性ミナが営むその店は、静かで居心地がよく、質の高い酒を提供する店だ。そんなのは、今日はいらないけど。

「で、カイトを突き放してここまできた」

味もよくわからないまま強い酒を煽りながら、ぼくはミナにこれまでの経緯を伝える。

「ふーーん、あんた、わかってたけどめんどくさいわね」

ミナはぼくの言葉をばっさりと切り捨て、深いため息をついた。

「ひどい!!だって、あんなに懐いてると思ってたのに、結局顔なんだよ!?そんなの、エルフだったら誰だっていいってことだ」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。それに、あんただってその子のこと着飾らせて楽しんだりしてたわけじゃないの?」

ミナの言葉に、ぼくはうっと声を詰まらせる。
そりゃあ、カイトの見た目が好きかどうかと言われればもちろん好きだ。このあいだのスーツ姿もよく似合っていたし。

「でも、女の子と比べるようなものじゃないし」

言い訳みたいにぼくが呟くと、ミナは優しい口調になる。

「確かに、エルフの見た目を欲して悪どいことを考える人間は多いし、あんたがそんな奴らに追われてたのも知ってるわ。でも、そんなのとカイトくんが違うってことくらい、ほんとはわかってるでしょ」

そう。わかっていないわけじゃない。
カイトのいう好きが本当に汚いと思っているわけでもない。
ただ、怖かった。それがぼく以外でも認められてしまうものなんじゃないかとか、ただの一瞬の思い違いなんじゃないかとか。
たまたま、今回の女の子よりはぼくのほうが綺麗だった。だけど、次は? ぼくよりも綺麗な人が現れたら?
そう考えると、カイトの気持ちを突っぱねたほうがいいんじゃないかと思ってしまう。

「あんたが傷つくのを怖がって言った言葉で、カイトくんは傷つけられたんじゃない?」

ミナの言葉はその通りだ。
ぼくは、カイトに甘えていただけ。

「ほら、はやく帰って謝りなさい。カイトくん、きっと待ってるわよ」
「……うん、ごめん。ありがとう」

ぼくが珍しく殊勝に謝ると、それまでの優しさが嘘のようにミナは笑う。

「そもそも顔がいいとかそんな理由だけで、あんたみたいなめんどくさいのにこんな長い間付き合ってくれる人いないわよ」

何か言い返したいのに何も反論の言葉が見つからない。
でもまあ、今はそんなことよりカイトのところにはやく帰りたい。
待っていてくれるかはわからないけど。


***


「おかえりなさい!」

自分の家なのに中に入るのが怖くて、勇気を出して入った先には涙でぐしゃぐしゃになったカイトがいた。
ぼくの顔を見て、ぱあっと頭を上げる。

「……ただいま」
「もう、帰ってきてくれないかと思いました」

ぼくがウダウダしている間、カイトはずっと泣き濡れていたのか。ぼくが、帰ってこないかと思って。
そう考えると申し訳なくて、ぼくはカイトの顔を覗き込む。

「ごめんね、そんな風に傷つけるつもりはなかったんだけど」

ぼくの謝罪に、カイトはぶんぶんと頭を振る。

「僕こそ、アルヴィが見た目で判断されるの嫌がってるってわかってたのに……あんなこと言って、嫌な気持ちにさせて……」
「いやなんかじゃない」

また泣きそうになるカイトに、ぼくは少し近づく。
見つめ合うとなんだか恥ずかしいけど、ここで言わないとあとで後悔しそうだ。

「カイトに綺麗って言われるのはうれしいよ。嫌だなんて、思ったことない」

きょとんとするカイトの手を握って、最後の勇気を振り絞った。

「ねぇ、カイト……ぼく、君のことが好きみたいだ」

真っ赤になったカイトが一拍置いて「僕のほうが!」なんて叫ぶから、緊張したのが嘘みたいに笑ってしまった。