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文化祭が終わってから二日が経った。

この二日間、私のスマホの通知はすごく穏やかだった。ほぼ毎日1時間に何十回と来ていたあのしつこい彼からの連絡は一切来ていない。ていうか、どうやら向こうから私の連絡先を消してくれたみたいだ。やっと私の事を諦めてくれたんだと安心出来た。
これも全て、私を気にかけて守ってくれたお兄ちゃんと…手嶋さんのおかげだ。

漸くこれで怯えて毎日を過ごす必要はないんだと思うんだろう。本来、なら。


──平穏が訪れたと思ったと同時に、私は失恋した。


人生で三回目の失恋だ。
一度目は小さい時にお兄ちゃんとは結婚出来ないのよと言われて、二度目は中学の時好きになった河村先輩に彼女がいた事を知って、そして三度目……手嶋さんに。
誰かをこんなに好きになったのは初めてだった。私って一人の人をこんなに好きになれるんだなって思った。毎日毎日気が付けば彼の事ばかり考えていて、彼の為なら何だって出来ちゃうんじゃないかって思える程手嶋さんの事が大好きでたまらなかった。

だからこそショックが今までの失恋の中で一番大きい。

振替で休みだった昨日はずっと布団でうずくまっていられたからよかったけど、朝練も授業もある今日は体が鉛のようにずしんと重たくてこのまま動きたくない位。だけど休んで家族にも友達にも心配はかけたくない。重たい体をなんとか動かして、いつも以上にのろのろと朝の支度を始めた。

しつこかった彼との決着を着けた後、手嶋さんと二人きりになった時の事は私と手嶋さんしか知らない。……手嶋さんに告白しようとしてしまった、あの時の事。
その時の事を思い返しては頭の中には自責と自己嫌悪の言葉と罪悪感、それから後悔ばかりが浮かんでくる。むしろ失恋のショックよりもこっちの方が大きい。


『……ワリィ、一花ちゃん…。今は、何も言わないでくれ』


わかってた、はずだった。フラれるのは当たり前だって。

それに、来年のインターハイに向けて部活と自転車の事だけ考えている手嶋さんに今気持ちを打ち明けるのはダメだって事も。毎日一生懸命な彼の気を散らせて邪魔をしたくないって思っていたのに。優しい彼の事だからきっと気を遣わせてしまうってわかっていたのに。その証拠に、あの時の手嶋さんの表情は今までに見た事がないくらいに悲痛そうだった。きっと私に気を遣って言葉を選んでくれたんだろう。


想いを伝えるのは次のインターハイが終わるまで我慢しなくちゃいけない……そう思っていたのに。本当にバカだ、私。


『手嶋さんを、私の大好きな人を、傷付けたんだから!!』


手嶋さんにこの言葉を直接言った訳じゃないし、彼が殴られて頭に血が昇っていて勢いで叫んでしまったのもあるけど…どうしてこんな事言っちゃったのかな。手嶋さんへの気持ちがもう自分の中にぎゅうぎゅうに詰まって収まりきらなくなってたんだと思う。だからこそ、もっと冷静にならなくちゃだったのにな……飛び出さないように、強く強く押し込めておかなくちゃいけなかった。


(…朝練、行きたくないな……)


心の中で呟いてからハッとした。たとえ早起きが辛くても朝練に行きたくないなんて事は思ったことなかったのに。
いや、違うな…朝練に行きたくないっていうか、手嶋さんに会わなくちゃいけない事が気不味いし、怖かった。彼の私を見る目がきっと変わってしまうし、多少なりとも気も使わせてしまうだろう。きっとそんな手嶋さんの様子にお兄ちゃんも気が付いて心配してしまう、もしもそのせいで私の大好きなチーム二人の練習に影響が出るなんて事があったらと思うと……申し訳なさすぎて消えてしまいたい。

本当はすごく謝りたいのに、怖くてLIMEも送れていない。
あの件の後も保健室の先生を探しに行ったお兄ちゃんがすぐに戻ってきて、手嶋さんは「一人で平気だ」って足早に保健室に向かってしまったからちゃんと話もできてない。本当はちゃんとお礼もしなくちゃいけないのに……

本当にダメだな、私。

髪を整えようとドレッサーの鏡の前に立つと、何とも情けない顔をした自分が映る。こんな顔じゃ何も言わなくても「何かありました」って言っているのと同じだ。
はあ、とため息を思わず漏らしながらヘアブラシを手に取って、のろのろとした手つきで髪をとかしてからブラシを元の場所に戻すとキラリと光る何かが視界に入った。

手嶋さんに買ってもらった、大きさの違う星が並んだヘアクリップ。

一昨日まではこれを着けた自分の姿を見る度にニヤニヤしていたのにな。文化祭が終わった後もこれを着けて登校するのが楽しみだったのに、今は視界に入る度に胸が痛む。

今思えば、私は調子に乗ってたんだ。
「守るから」なんて言ってもらえて、お家に招いて貰ったりお兄ちゃんの代わりに送ってくれたり、文化祭でも一緒に周ってくれたし……私といるだけで、楽しいとも言ってくれた。だから私は期待してしまっていた。手嶋さんも私の事を好きなんじゃないかな…って。少なくとも彼の側に今一番近くにいる女の子は私だと思っていた。

だから、このヘアクリップを買ったアクセサリーショップの模擬店で「どれがいいか迷っちゃって」なんて嘘をついた。
本当は最初から手嶋さんに選んで欲しかった。どうしても形に残る物で彼と二人で文化祭を過ごしたっていう思い出がほしくて。
手嶋さんならきっと真剣に私に似合うと思う物を選んでくれると思っていたし、その手嶋さんが選んでくれたアクセサリーを身につけていれば彼に一番近い女の子は私なんだとこっそりと主張出来るような気がして。
この星のクリップを選んでくれたのは嬉しかったなあ…手嶋さんがいつもTシャツとかで身に付けている星を私にも選んでくれて。ただ単純に星が好きだからっていう理由だったのかもしれないけど、なんだかお揃いみたいで。

…なんて、今となってはあの時の自分を叱りたい。調子に乗るのもいい加減にしなさいって。


(部活だけは、ちゃんとやろう。なんでもないフリはずっとやってきたじゃん)


鏡に映る自分の顔を見ながら、言い聞かせる。
そう、なんでもないフリは手嶋さんに出会う前までやってきた事だ。事故で怪我して、ロードレースを諦めなくちゃいけなくなった悔しさとか辛さとか…結局お兄ちゃんにはバレてたけど、大丈夫って笑ってずっと隠してきたんだから。

大丈夫、失恋の辛さだって…きっと隠せる。

簡単な事じゃん、いつも通りに明るくしていればいいんだし、それに部活に打ち込んでいればもしかしたら失恋のことなんて忘れられるかもしれない。そう思うとほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。

そんな時にコンコンとノックされてからガチャリと開く背中側にある部屋のドア。


「……一花、行くぞ」


お兄ちゃんの声がする。笑わなくちゃ、笑わなくちゃ。笑っていつもみたいに返事をしなくちゃ。自分一人じゃどうにも出来なかったあの彼のことと違ってこれは私だけで解決しなくちゃいけない事で、誰にも心配かけちゃいけないんだから。


「…うん!早く行こ、お兄ちゃん!」



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