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今年の文化祭はこれにて閉会というアナウンスが校内に響き渡る。あんなにたくさん居た大勢の外来も徐々に履け始めて、校内には総北の生徒だけが残った。
今年も終わっちまったなぁという寂しさもあるが、それよりも文化祭の最中にあの男を一花ちゃんに近寄らせずに済んだし、ただ楽しめたという状況ではなかったがそれでも少しは楽しんでくれていたようでよかったという安堵感の方が強かった。

そんな気を張っていた文化祭も終わって、これから一花ちゃんと一緒に行こうと約束した後夜祭が始まる。青春ドラマや漫画ではお馴染みのフォークダンスとかそういうラッキーなイベントは無いが、一花ちゃんと後夜祭に参加するっていう事だけでもう特別な事でオレの頭は浮ついていた。一花ちゃんもそれを楽しみにしていたことを知っている。「どんな物やるのか楽しみです」と笑っていたし……自惚れかもしれないけど多分、オレと一緒に参加する事も。

だからこそ、後で一花ちゃんには平謝りしなくちゃいけないな。

オレは、一花ちゃんとの約束を破ってしまったのだから。




「よぉ。何してんだよこんな所で。ウチの生徒以外はとっくに帰る時間だぜ?」
「……」


今オレと一緒にいるのは一花ちゃんではなく…彼女を追い回して苦しめている男。目の前のそいつは黙ったまま、ギロリとオレを睨み付けている。

一花ちゃんと別れた後、一度自分のクラスの模擬店で使っていた教室に戻ってある程度の片付けを進めていた。どうせ休み明けに授業潰して片付ける時間が設けられるんだし別に今やんなくてもよくね?なんて思いながら適当に片付けを進めていた。オレの頭の中は早く一花ちゃんとの待ち合わせ場所の体育館前に向かって、後夜祭に行きたいとそればかりだった。早くおわんねぇかな、そうため息を吐きながらふと窓から体育館前の方を見下ろした……その時、物影に隠れているこの男の姿を見つけてしまった。
もうとっくに外来は帰されている時間なのにどうしているのかとか、なんで隠れているのかなんて事は考えなくてもわかる。コイツは一花ちゃんを待ち伏せしているんだと。ここまですんのかよ、どんだけ一花ちゃんに執着してんだよコイツ!と血の気が引くようだった。このままじゃ彼女が危ない……そう認識したと同時にタイミングよくかかる「今日は終わり」の合図。それを聞いた直後にオレは教室を飛び出した。
男のいる場所まで向かいながら、一花ちゃんに『時間かかりそうだから場所取っといてくれ』とメッセージを送って。時間かかりそうっつーか…多分、行けないだろうけど。すぐに返ってきた『了解です!いい場所取っておきますね!』という彼女の笑った顔が浮かんでくるような返事に心が痛みつつも頭の中で「ごめん」と返して。

一花ちゃんに接触させず、この男に粘着をやめさせるのに絶好の機会だと思った。こんな待ち伏せなんかする奴だ、もう何をしてくるかわからないけど一花ちゃんを危険に晒すよりはずっといい。多分青八木にはそんな危険な事一人でするなって怒られるだろうけど。


「んな怖い顔すんなよ。少し二人で話そうぜ?」


あまり下手に刺激しないようにと出来るだけ冷静に声をかけてみるがあまり効果はないらしい。「お前と話すことなんてない」と言いた気に男はこっちを強く睨んでいる。オレも正直「一花ちゃんに近寄るな」と怒声をあげたい所だが、折角後夜祭のお陰で周りに人もいねーし、できる限り穏便に済ませたい。自転車部のキャプテンが他校生と喧嘩してたなんて事が広まっちまったら面倒だし、何より一花ちゃんへの根も葉もない噂が立ってしまいかねない。それだけは何としても避けたい。
とは思ってはいるが……コイツを睨み付けないようにするのだけは無理なようだ。


「…待ち伏せなんて趣味の悪い事よせよ、一花ちゃんだって嫌がるだけだぞ?」
「うるさい!僕と一花の邪魔をしているお前にそんな事言われる筋合い無い!!」


オレを睨んでいた目がカッと見開いて、狂犬のような形相で怒鳴り声を上げた。わかっちゃいたがオレはコイツに相当邪魔者扱いされているらしい。現に今日もコイツから一花ちゃんを遠ざけていたしな…多分オレに対して相当キレてんだろうなという予想は見事に的中したようだ。こりゃ一発二発殴られる事は覚悟しておくべきかもしれない。


「まぁ、お前の邪魔してた事は認めるわ。けど…LIMEしつこく送りつけたり付き纏ったりとかして一花ちゃんが困ってたの、お前気が付いてねーのかよ」
「そんな訳ない!!勝手に決め付けるな!お前が一花に付き纏っているんだろ!?僕の一花に!!」


やっぱりコイツは一花ちゃんを自分のものだと思い込んでいるようだ。正直この目を血走らせた顔を一発殴ってやりたくなるが…殴ったらこっちの負けだ。

体育館からは『後夜祭を始めまーす!』というやたらテンションの高いアナウンスが聞こえてくる。あーあ、これでとうとう一花ちゃんとの約束破っちまったな……今頃約束をすっぽかしたオレを怒ってるだろうか。いや…心配させちまってるだろう。さっきからポケットの中でスマホが震えている。きっと彼女からのLIMEだろう。…ごめんな、一花ちゃん。今はちょっと見れねぇんだ。


「僕はただ一花に好きになって欲しいだけなんだ!!誰よりも一番僕が一花の事を愛してるんだ!!」
「だからってお前、こんなやり方で一花ちゃんに好いてもらえるだなんてマジで思ってんのかよ!」
「うるさい!うるさい!!どうせお前だって一花の事が好きなんだろ!?」


コイツの言葉に、一瞬息を詰まらせた。
そう、コイツの言う通りだ。


「ああ…そうだよ……オメーと同じだ。オレも、一花ちゃんの事が好きだ」


オレもコイツと同じで、一花ちゃんが好きだ。コイツと同じように一花ちゃんに好きになってもらいたいと思っている事も事実だし、笑いかけられる度に心のどこかで彼女を一人占めしてしまいたいって思っちまってる事も、一花ちゃんに守ると言った事だって、彼女の気を引きたいという下心が少なからずあった事も素直に認める。
オレも多分、大概コイツと変わらないのだと思う。一花ちゃんへの気持ちを抑えなきゃと頭ではわかっているのに、膨らむばかりで抑えることなんて全然出来てない。一歩間違えれば、もしかしたらオレもコイツと同じようにやり方を間違えていた可能性だってある。

オレの言葉を聞いていた男は一層眉間の皺を濃くしてオレを睨みつけてくる。けどそれに構わずオレは話を続けた。


「だからお前の気持ち、すっげーよくわかるんだわ。彼女を誰よりも好きなのは自分でいたいし、振り向いて欲しいって気持ちもな」


けどさ、とオレは続けた。男は「一緒にするな」と言いた気に睨んできているが一応オレの話を聞いてくれてはいるらしい。


「1日にLIME何十通も送ったり、帰り道待ち伏せしたり、彼女の気持ち決め付けたりってさ……それはもう度を越えてんだろ!?お前も一花ちゃんが好きなら考えろよ!」
「それの何がいけないんだ!!好きなんだからこれくらい普通だろ!?どんな事をしたって僕は一花を自分の物にしたいんだ!」


思わず絶句した。これが普通だって…?だからコイツは全く悪びれる様子が無かったのかよ……。
コイツの独りよがりの感情のせいで一花ちゃんがどれだけ怖い思いをしたか、きっとオレが思っている以上だろう。怖かっただけじゃない、思ってもない事をコイツに決め付けられて腹も立ってたはずだ。そんな風に彼女を追い詰めてまで、コイツは一花ちゃんに好きになって欲しいのか……いや、この男は一花ちゃんの事なんて何一つ考えちゃいない。ただ自分の物にしたいとか、支配したいとか……そんな事しか考えていないのは確認せずともよくわかる。

オレは一花ちゃんの彼氏でもなんでもないただの先輩だし、コイツと同じく彼女に片想いをしているだけだっつーのに何様だよって自分で自分にツッコミを入れたくなるが……やっぱり、こんなヤツにだけは一花ちゃんを渡したくないと改めて強く思う。これ以上コイツを一花ちゃんに近寄らせたくない、近寄らせちゃいけない。


「お前だってそうだろ?一花の事を自分だけの物にしたいって思ってんだろ!?誰の目にも触れないようにしたいって!だからこうして僕の邪魔をしてるんだろ!?」
「……そうだな。一花ちゃんがオレの事だけ見てくれたら、そりゃたしかに最高だよ。独り占めできたら、なんて考えてる事も否定しねぇよ。けどよ」


そんな事を考えているのはこいつと一緒だ。けど、その為にこいつみたいに一花ちゃんを苦しめたり怖がらせるような事は絶対にしたくない。
確かに一花ちゃんの心細そうな姿には何が何でも守ってあげたくなるような、そう、強い庇護欲が沸いてくる。彼女を好きだと自覚したのだってそれがきっかけだった。けど、オレが一番好きなのはいつも明るく笑っている一花ちゃんだ。あったかくて明るくて、まるで陽だまりみたいな彼女が大好きなんだ。

そんな一花ちゃんを、自分の物にしたいという欲だけで壊せるか?


「一花ちゃんの事傷付けて自分のものにしようなんて、んなの間違ってんだよ!」


確かにオレとこいつには一花ちゃんが好きだっていう事も、自分を見て欲しいと思ってる事だって同じだ。けど、オレとこいつは違うと断言出来る。

何故なら、オレは彼女にずっと笑っていて欲しいと思っているからだ。自分の一方的な感情や欲だけでその笑顔を壊したくないから。
そうだな……悔しいけど一花ちゃんがそうやってずっと明るくいてくれるなら、幸せなら、オレの側にいてくれなくても…多分暫くは再起不能になりそうだけど、オレじゃない誰かの側にいたとしても構わないと思っている。


「本当に一花ちゃんの事が好きなら、ちゃんと彼女の気持ち考えろよ!今お前がしてんのはただの度を超えた嫌がらせでしかねーんだよ!」
「っ、違う!!お前なんかに何がわかる!お前に一花の何が」
「何がわかるんだ、って?そうだな、少なくともお前よりは一花ちゃんの事わかってるし」


男の言葉を遮って嘲るように言えば、顔を真っ赤にしたそいつはふるふると肩を震わせていた。今にも殴りかかってきそうな雰囲気だけど気にせずオレは言葉を続けた。


「お前よりオレの方が一花ちゃんの事、好きだわ」


自分の方が一花ちゃんを好きだろうがなんだろうが、彼女に選んでもらえなきゃそんなの何の意味もない事くらいわかっている。もし今対峙している恋敵がもっとまともな奴ならこんな意味のない事は言わないだろう。
だけどつい口からするりと滑り出てしまった。だが本心だ。オレはこいつよりもずっと一花ちゃんの事を理解しているつもりだし、こいつよりも彼女への想いが強いという事は自信を持って言える。


「…お前みたいな奴にだけは、一花ちゃんの事渡さねぇよ」


気が付けば眉間に力が入っていた。オレはきっと今誰にも見られたくないような顔をしてこいつを睨んでいるんだろう……そう気が付いたとき、何かを叫びながら男がこっちに向かって走って来るのが見えて次の瞬間にはガツンと重たい衝撃を頬に感じて視界が揺れた。衝撃で体が後ろにふらついたが、どうにか倒れないように咄嗟に後ろ足で踏ん張った所で漸く状況を把握する。
どうやらとうとうオレは殴られたようだ。口の中も切っちまったのか若干血の味がする。けどまあ一発は殴られる事を覚悟していたからそこまでの驚きはなかった。
ジンジンとする頬を手で抑えながら視線を男に向けると、呼吸を荒げながら顔を真っ赤にした男が血走った目でオレを睨んでいた。

「いてぇじゃねぇかよ」、とでも言ってやろうかと痛み始めた唇を動かしたがそれより先にこっちへ真っ直ぐ近付いてくる一つの足音。体育館から漏れる賑やかな声やら音楽やらに紛れていても鮮明に聞こえるこの足音が、誰の物かは確認せずともすぐにわかる。

……なんで来ちまうんだよ、せっかく鉢合わせないようにって思っていたのに。



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